この人何歳?
最近気づいたこと。
何かを挑戦している人、例えば起業だったり移住だったり。
思い切った挑戦や冒険している人を見ると、「かっこいい」「うらやましい」と思うのと同時に、この人何歳?と検索してしまう自分に気がついた。
この行動の先にあるのは、
「ああ、まだ20代だから飛び込めるのね、私も若い頃にこんな生き方があったらやってただろうな」
という思いが見え隠れする。
なんて意地悪。
さしづめイジワルなお局のような見方だ。
たしかに私が20代の頃はSNSはここまで勢力を拡大させていなかったし、SNSで一般の人が稼ぐこともあったかもしれないが主流ではなかった。
私が世界一周しているときにインスタがあれば、イタリア留学してたとき、カナダにワーホリしてたときにSNSをやっていれば、今頃この子たちのようにフォロワー10万人とかいってインフルエンサーになってキラキラした生活を投稿していたかもしれないのに。
と、ありもしない「たられば」を繰り返してしまう。
まあ若さは行動力の後押しになるのは確かだろう。
だけど彼女たちは今まで生きてた人生で一番年寄りなのだ。
「これからの人生で今が一番若い」
というのが決断するときの王道フレーズである一方で、決断する時はいつも「今までの人生で一番年寄り」なのだから。
29歳でも、25歳の時にやっていればよかった、と思う気持ちは少なからずあるのではないだろうか。
わたしが25歳で世界一周を決断した時もそうだった。
帰ってから仕事あるかなとか、周りが結婚したりキャリアを積んでいる中、こんなことしてていいのかな、とか。
そういえば思い悩んでいたな、と。
41歳の私から見れば、その時の私に、
「25も15も変わらん。考えてる時間が無駄だから行ってこい!」と言うだろう。
60歳の私が今の私を見たら、同じように言っているかもな。
特に20代はライフステージが大きく変わる頃でもあるので、20代は20代で40代とは違う葛藤があるかもしれない。
何歳であっても、大きな決断をするときに、レストランで今食べるものを選ぶように、「決めた!」と言える人はそうそういないでしょう。
何歳であっても人生の岐路は怖くて、それでいてちょっぴりワクワクするものでもある。
そもそも自分で行き先を選べるってなんて幸せなことなのだろうと、平和な日本に生まれたことに感謝しなきゃ。
決断さえすればどこにでも行ける環境がそもそも恵まれてるのだから。
贅沢な悩みだよな。
とはいえ、挑戦している人が自分より年上だと勇気をもらえるのも確かなのよね。
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