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新事業成功の鍵を握る"Why now"‐大企業が間違いがちな市場選択の基準‐

大企業の新事業開発において市場を選択する際には、"Why now""Why us"という2つの重要な問いを考慮する必要があります。"Why now"は、なぜ今その事業に取り組むべきなのかを問い、市場のニーズ、技術の進歩、社会の変化などを踏まえた適切なタイミングでの事業化を重視します。一方、"Why us"は、なぜ自社がその事業を行うべきかを問い、自社の強みや独自性、競合優位性を明確にすることを重視します。

これらの問いは密接に関連しています。"Why us"の問いに答えることで、自社の強みを活かせる事業領域を特定できますが、その事業を成功させるためには、"Why now"の問いにも答える必要があるのです。つまり、自社の強みを活かせる事業であっても、市場のタイミングを見誤れば、成功は覚束ないのです。市場選択においては、先行優位性だけでなく、「今だからこそできる」というタイミングを見極めることが成功の鍵を握ります。

しかし、多くの新事業開発では、"Why us"の検討に偏重し、"Why now"の重要性が十分に認識されていないのが現状です。この記事では、新事業開発における"Why now"の重要性に焦点を当て、その具体的な考察方法について考えていきます。では、いきましょう。


新事業開発における"Why now"の重要性

大企業の新事業開発では、自社の強みや資源を活かすことを優先するあまり、市場のタイミングを見誤り、事業機会を逸してしまうケースが少なくありません。

よく挙げられる事例ですが、デジタルカメラの技術を早くから保有していたKodakは、フィルムカメラ事業の利益を守ることを優先し、デジタルカメラ市場への参入が遅れました。その結果、市場の変化に対応できず、破綻に至ってしまいました。これは、"Why us"には明確な答えがあったものの、"Why now"の検討が不十分だったことが原因と言えます。デジタル化の波を的確に捉え、適切なタイミングで新事業に舵を切ることができていれば、Kodakの運命は大きく変わっていたかもしれません。

一方、Appleは、iPodやiPhoneを展開する際、音楽配信サービスやスマートフォン市場の成長を的確に捉え、最適なタイミングで新事業に参入しました。自社の強みであるデザイン力や使いやすさを武器に、市場を席巻することに成功しました。Appleの事例は、"Why us"と"Why now"の両方を深く考察し、適切な市場参入戦略を立案することの重要性を示しています。iPodの成功は、単にAppleの技術力やデザイン力だけでなく、音楽のデジタル化という大きな流れを捉えたタイミングのよさにも依るところが大きいのです。

このように、新事業で成功するには、"Why us"と"Why now"の両方に答える必要があるのです。自社の強みを活かせる事業領域を特定しつつ、市場のタイミングを的確に捉えることが求められます。

"Why now"を考察する際の視点

では、ここから市場の選択の際に"Why now"を考察する視点について考えていきましょう。新事業のプロジェクトを支援していると、「既に先行者がいるのでこの事業アイデアはよくない」や「潜在的なニーズを捉え新市場の創出を狙うべき」といった"常識"をよく耳にします。しかし、これらの考え方は本当に"正しい"のでしょうか?

視点1:先行者と侵略者

視点1:先行者と侵略者

先行者と侵略者の選択は、"Why now"を考察する上で重要な視点です。自社が先行者となる場合、市場を創造し、スタンダードを確立できる可能性がある一方で、市場の不確実性が高く、失敗のリスクも大きいです。一方、侵略者となる場合、先行者が開拓した市場に後から参入し、シェアを奪うことを目指します。

EV市場では、Teslaが先行者として市場を牽引してきました。EVの性能や利便性を高め、充電インフラを整備することで、EV市場の拡大をリードしてきたのです。Teslaの成功は、単に技術力の高さだけでなく、環境意識の高まりや、ガソリン車に代わる新たな選択肢を求める消費者のニーズを的確に捉えたタイミングの良さにもよるところが大きいと言えるでしょう。

一方、GMやVWなどの大手自動車メーカーは、侵略者としてEV市場に参入しています。Teslaが築いた市場インフラを活用しつつ、自社の量産技術や販売網を武器に、シェアを拡大しようとしているのです。彼らにとっては、EV市場の成長が加速し、参入の機会コストが下がったタイミングを見計らうことが重要です。

このように、先行者の存在が新事業の機会を閉ざすとは限りません。不確実性が高い市場に対する意思決定が苦手な大企業にとって、先行者の存在は、市場の存在を示す証拠となる場合もあります。重要なのは、先行者との差別化を図り、自社の強みを活かせる領域を見出すことです。

大企業は、先行者と侵略者の動向を注意深く観察し、自社に適した戦略を選択する必要があります。先行者戦略では、市場の不確実性に対処するため、小さく始めて素早く学習し、軌道修正を行う柔軟性が求められます。一方、侵略者戦略では、市場の成長段階を見極め、自社の強みを最大限に活かせるタイミングを逃さないことが重要です。

noteでも話題となった「メルカリ 小泉さんからのエグい学び」という記事では、先行者であるフリル(現ラクマ)に対して、侵略者であるメルカリがどのように市場を攻略していったのかが、当事者の視点から生々しく描かれており、非常に参考になります。この事例におけるメルカリは、既存市場の代替(視点2として解説)における侵略者としての参入ですね。


視点2:既存市場の代替と新市場の創出

視点2:既存市場の代替と新市場の創出

既存市場の代替と新市場の創出は、"Why now"を考察する上で欠かせない視点です。既存市場の代替では、新技術や規制緩和などの外部環境の大きな変化を捉え、既存の製品・サービスを陳腐化させ、新たな製品・サービスに置き換えることを目指します。一方、新市場の創出では、社会の変化や技術の進歩によって生まれる新たな需要を掘り起こし、これまでにない製品・サービスを提供することを目指します。もちろん、大きな成長機会をもたらす可能性がありますが、同時に大きなリスクも伴います。新市場の需要を的確に予測することは容易ではなく、事業化までに長い時間を要する場合もあります。

Airbnbは、デジタル技術の発展、特にスタートフォンの普及が引き起こしたシェアリングエコノミーの台頭やミレニアル世代の価値観の変化を捉え、既存の宿泊市場に代替サービスを提供した好例です。当初は、ホテルに代わる安価な宿泊オプションとして注目を集めましたが、次第に、"暮らすように旅をする"という新たな旅行スタイルを提案することで、宿泊市場とは異なる新市場を創出したのです。Airbnbは、単に安価な宿泊オプションを提供するだけでなく、現地の文化や日常生活を体験できる"場"を提供し、旅行者と地域コミュニティをつなぐプラットフォームへと進化を遂げました。

このAirbnbの事例から分かるように、新市場の創出を目指す際には、外部環境、特に技術要因による既存市場の代替に着目することも重要です。技術の進歩が既存市場の代替を引き起こし、それによって価値観やニーズが大きく変化することで、新市場が創出される可能性があるからです。

しかし、いきなり新市場の創出を狙うのは難しい場合もあります。既存市場の代替によって、競合他社がプラットフォームとしてのネットワーク効果、ブランド力を構築し、有利なポジションを既に確立している可能性があるためです。この場合、後発で新市場に参入しても、大きな果実を得ることは難しいかもしれません。

そのため、大企業としては、まずは技術革新を契機とした既存市場の代替を目指すことも一つの選択肢といえます。技術の進歩が既存市場に与える影響を見極め、自社の強みを活かせる領域で既存事業の代替を図ることで、市場におけるプレゼンスを高めることができるでしょう。

その上で、既存市場の代替で築いたポジションを活かし、新市場の創出に向けて着実に歩みを進めることが重要です。既存市場の代替で得た顧客基盤や技術的な知見を活用し、新たな価値提案を行うことで、新市場における優位性を確立することが可能となります。

大企業が新事業開発で成功するためには、このように段階的なアプローチを取ることも有効です。技術革新がもたらす市場の変化を的確に捉え、既存市場の代替と新市場の創出を適切に組み合わせることで、持続的な成長を実現することができるのです。

NEWhでは、既存市場の代替を検討していくフレームワークとして「デジタル・トランスフォーメーション・レンズ」を提供しています。デジタルを活用したサービスに共通している特長や強みを視点集にして、誰でも使えるようにしたのがDXレンズです。4つの方向性と21のデジタル視点を活用することで、テクノロジーの知識があまりない方も、デジタルをうまく活用したアイデアが発想できるようになります。NEWhのプロジェクトでは、新事業の初期段階におけるアイデア発想の際によく活用しています。

DXレンズ
方程式2:競争優位と利用ハードルを圧倒的に削除する


視点3:新事業参入における3つのリスク

新事業に参入する際、大企業は市場リスク、技術リスク、ビジネスモデルリスクの3つのリスクを適切に管理する必要があります。これらのリスクは、"Why now"の意思決定と密接に関連しています。

市場リスクとは、新しい市場の需要や成長性を見誤るリスクです。先行者戦略や新市場の創出は、市場のリスクが高くなります。そのため、市場調査を入念に行い、需要予測の精度を高めることが重要です。"Why now"の観点から、市場の成長段階や競合の動向を注意深く観察し、参入のタイミングを適切に判断する必要があります。具体的には、市場の規模や成長率、競合他社の参入状況、顧客ニーズの変化などを分析し、自社が優位性を発揮できる市場セグメントを特定することが求められます。

技術リスクとは、新事業に必要な技術を開発・獲得できないリスクです。既存市場の代替を新技術によって検討する場合は、技術リスクが高くなります。自社の技術力や新技術を客観的に評価し、不足する技術を外部から取り入れることが求められます。"Why now"の観点から、技術の成熟度や将来の進歩を見極め、適切なタイミングで技術投資を行うことが重要です。具体的には、自社の技術ロードマップと市場の技術トレンドを照らし合わせ、技術獲得の優先順位を決定することが求められます。外部との提携やM&Aも選択肢の一つとなるでしょう。

ビジネスモデルリスクとは、新事業の収益モデルが機能しないリスクです。複数の収益モデルを並行して検討し、その有効性を素早く検証することが肝要です。"Why now"の観点から、顧客ニーズや市場の変化に合わせて、柔軟に収益モデルを進化させていく必要があります。具体的には、顧客セグメントごとの価値提案や、収益の流れ、コスト構造などを詳細に設計し、小規模な実験を通じてその有効性を検証することが求められます。また、収益モデルの前提条件を明確にし、それが崩れた場合のシナリオを準備しておくことも重要です。

これらのリスクを適切に管理するためには、リスクマネジメントのプロセスを明確に定義し、リスクの評価と対応を組織的に行う必要があります。
大企業の新事業開発においては、確実性を重視するあまりにリスクの低い市場を選択しがちですが、注意が必要です。すべてのリスクが低い市場は、参入障壁が低すぎてレッドオーシャン化している可能性が高いからです。レッドオーシャンでは、競合他社との激しい競争が予想され、十分な収益を上げることが難しくなります。
重要なのは、あえて取るべきリスクを選択し、全体のリスク量をマネジメントすることです。新事業開発には、ある程度のリスクテイクが不可欠だからです。リスクを完全に排除しようとすれば、大きな成長機会を逃してしまうことにもなりかねません。

そのため、"Why now"の意思決定においては、これらのリスクを総合的に判断し、最適なタイミングで新事業に参入することが求められます。市場リスク、技術リスク、ビジネスモデルリスクのそれぞれについて、リスクとリターンのバランスを見極め、全体のリスク量が許容範囲内に収まるようにコントロールすることが重要です。

その上で、リスクテイクによって得られる成長機会を最大化するための戦略を立案する必要があります。例えば、リスクの高い新市場の創出に挑戦する場合、提携先との協業や、段階的な市場参入などの方策を検討することで、リスクを適切にマネジメントすることが可能となるでしょう。

新事業開発におけるリスクマネジメントは、"Why now"の意思決定において重要な役割を果たします。リスクを恐れるあまり、成長機会を逃してしまっては本末転倒です。リスクとリターンのバランスを取りながら、果敢にリスクテイクする姿勢が求められているのです。

Visionalの事業創出フレームワーク

これまで紹介してきた視点以外にも、新事業創出における市場選定基準には重要な要素があります。例えば、自社の経営戦略との整合性、市場の成長性、目標に対して十分な市場規模(TAM)の存在などは、新事業の成功に欠かせない前提条件と言えるでしょう。しかし、これらの基準はあまりにも自明であるため、本記事では詳細な解説は割愛させていただきます。その代わりとして、"Why now"の理解を深めていただくために、ビズリーチでおなじみの「Visional」が採用している事業創出フレームワークを紹介したいと思います。

FY2024/7 2Q 決算説明資料より抜粋

https://www.visional.inc/ja/ir/library/presentation.html

Visionalの新事業創出のフレームワークにおける「新規事業を創出する上での市場選定基準」は、これまで書いてきた"Why now"を考察するための視点が意識されているように感じます。

まず、「社会構造の変革や技術の進化により、今後日本市場の成長が期待される」という項目は、"Why now"を考える上で欠かせない外部環境の変化に着目しています。これは、技術革新がもたらす既存市場の代替の可能性や、社会の変化によって生まれる新たな需要を捉えることの重要性を示唆しています。Airbnbの事例で見たように、シェアリングエコノミーの台頭やミレニアル世代の価値観の変化といった社会構造の変革を的確に捉えることが、新事業の成功には不可欠なのです。

次に、「産業にデジタル・トランスフォーメーション(DX)のニーズが顕著」という項目は、技術革新がもたらす市場の変化に焦点を当てています。デジタル技術の進歩が、既存の産業構造を大きく変革する可能性を示唆しているのです。ポイントは「産業」レイヤーと捉えている点です。この定義によって規模の大きな市場を狙っていることがわかります。そしてこの変化を的確に捉え、自社の強みを活かせる領域で既存事業の代替を図ることが、"Why now"を考える上で重要な視点となります。

さらに、「大きな市場ポテンシャル(TAM)が存在」という項目は、新事業の成長可能性を見極めるための重要な指標です。しかし、単に市場規模の大きさだけでなく、その市場の成長段階や競合の動向を注意深く観察することが求められます。これは、"Why now"の観点から、参入のタイミングを適切に判断するために欠かせない視点と言えるでしょう。

また、「海外でのトレンドや先行事例が明確に存在」という項目は、グローバルな市場動向を把握することの重要性を示唆しています。海外の先行事例を分析することで、自国市場の将来を予測し、適切なタイミングで新事業に参入することが可能となります。これは、先行者と侵略者の戦略を考える上でも重要な視点となるはずです。

最後に「大きく利益をあげている、既存の国内大手プレーヤーが存在」という項目は、一見すると新規参入の障壁となるように思えます。しかし、既存プレーヤーの存在は、その市場に魅力があることの証左とも言えます。重要なのは、既存プレーヤーとの差別化を図り、自社の強みを活かせる領域を見出すことです。これは、"Why now"を考える上で、自社の立ち位置を明確にするための重要な視点と言えるでしょう。

Visionalの市場選定基準は、かなり明確です。「日本国内の成長市場、かつDXのニーズが顕著である大規模な市場リスクが低い市場において、自社の強みである”MVPとリーンスタートアップの組織体制”で競争優位をつくり、既存市場の代替を狙うことで、新事業を2〜3年で育成し成功させていく」という意思が示されています。この明確な定義があることで、新事業開発の現場は自ら意思決定ができるようになり、迅速な事業創出が可能となるのです。

"Why now"を見極めるための取り組み

これまで書いてきたように、"Why now"を深く理解するためには、先行者と侵略者、既存市場の代替と新市場の創出という2つの軸を総合的に考察し、自社に適した市場参入戦略を立案することが求められます。また、新事業参入に伴う3つのリスク(市場リスク、技術リスク、ビジネスモデルリスク)を適切に管理し、最適なタイミングで参入することが重要です。

一方、その"Why now"の問いに的確に答えるのは簡単ではありません。新事業プロジェクトレイヤーではなく、経営、新事業マネジメントレイヤーとして以下の継続的な取り組みが必要となります。

市場インテリジェンスの強化:社会や市場の変化を常にモニタリングし、新たな事業機会を見逃さないための情報収集・分析体制を整備する。具体的には、専門チームを設置し、産業俯瞰、技術・政策動向、海外事例の調査に注力することが求められる。

技術トレンドの把握:自社の強みを活かしつつ、外部の技術動向を継続的に把握し、適切なタイミングで技術投資を行う。具体的には、社内の技術ロードマップと市場の技術トレンドを定期的に照らし合わせ、技術獲得の優先順位を決定することが重要である。

経営層の関与:経営層が"Why now"の重要性を認識し、タイムリーな意思決定を促進するための体制を構築する。具体的には、新事業開発の専門組織を設置し、経営層と現場の密なコミュニケーションを促進することが求められる。

柔軟な組織文化の醸成:失敗を恐れず、スピーディに行動し、学習し続ける組織文化を醸成し、環境変化に適応できる柔軟性を高める。具体的には、小規模な実験を奨励し、失敗から学ぶ機会を増やすことが重要である。

まとめ

"Why now"を深く理解し、適切なタイミングで果敢に行動することが、大企業の持続的成長の鍵を握っていると言えるでしょう。新事業開発に携わる意思決定者は、"Why now"という問いを常に意識し、自社の強みを活かしつつ、市場の変化に適応していく必要があります。

"Why now"の追求は、一時的な取り組みではなく、継続的な活動として位置づける必要があります。市場の変化はますます速くなっており、一度の成功で満足することなく、常に次の機会を探し続けることが求められます。そのためには、組織全体で"Why now"という問いを共有し、新事業開発に対する意欲を維持・向上させていくことが重要です。

さらに、"Why now"の追求には、長期的な視点が欠かせません。新事業の成果が表れるまでには、一定の時間を要するからです。短期的な業績の変動に一喜一憂することなく、長期的な成長を目指して、粘り強く取り組むことが求められます。そのためには、経営層のリーダーシップが不可欠です。経営層が"Why now"の重要性を強く認識し、新事業開発に対する明確なビジョンを示すことで、組織全体の意欲と方向性を揃えることができるのです。

新事業開発は、大企業にとって大きなチャレンジであると同時に、大きなチャンスでもあります。"Why now"という問いを道標として、自社の強みを活かしながら、自社にとって未知の領域に果敢に挑戦し続けることが、大企業の持続的成長の鍵を握っているのです。新事業開発に携わるすべての意思決定者が、"Why now"の重要性を再認識し、新たな価値創造に向けて邁進されることを期待しています。では、また。

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