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八重洲ブックセンター

ミラーレスカメラを久々に持ち出した。
一時期はカメラにかなりハマって毎日のように持ち歩き、SNSに写真を挙げていた。レンズも安物だが何個か試したり、RAW現像などいろいろ経てミラーレスの写真の魅力は十分感じていた。でも結局持ち運びの大変さや撮影後のRAW現像の手間と、出来上がる写真のクオリティを天秤にかけた結果、スマホで十分じゃね?という結論になってしまった。最近では旅行の時ですら、機動性を重視してカメラを持っていかなくなっていた。

しかし最近高校の時の先輩に会い、その先輩がカメラを常に持ち歩いていると聞いた。別れ際の集合写真などもそのカメラで撮っていた。その先輩はSNSにたくさん写真をあげているわけではないのだが、純粋にカメラを楽しんでいるようだった。それをみて急にカメラっていいなあと感じた。
スマホのカメラ性能も上がって、スマホの画面で見る上ではミラーレスと遜色のない写真が撮れるし、そもそもどこかに公開するわけでもないのにそんなにきれいな写真を撮る必要なんてないのだが、なんでもない瞬間でも自分のためにきちんとカメラで撮っておく。という行為に魅力を感じた。

昔カメラにハマったときには、正直SNSでいいねをもらえることがモチベーションだった。だからがんばってきれいな写真を撮っても、もらえるいいねには限界があるということを認識してカメラを持ち運ぶのをやめてしまった。だが今回改めて、将来のために振り返る記録を少しでもきれいなものとして残しておく。というモチベーションでカメラを持ち出してみた。

あてもなく外出したが、東京駅でふと八重洲ブックセンターのことが頭に浮かんだ。八重洲ブックセンターは2023年3月31日で44年の歴史に幕を閉じる。八重洲の再開発のための一時的な閉店で、再開発が終わればまた新店舗として営業が再開するようだが、これだけ建物にも歴史のある超大型店舗が閉店するのはなかなかのニュースだ。
閉店が発表されてからも何度か足を運んでいて、記録としてスマホでてきとうに写真は撮っていた。改めてミラーレスできれいに記録を残しておこうと思い立った。

前に来たときにはあまり気に留めなかったが、店内には著名人からのメッセージボードや、誰でも自由に書けるメッセージボードが設置されていた。

メッセージボードに八重洲ブックセンターへの感謝の言葉が並ぶ

八重洲ブックセンターは、僕もかなりお世話になった本屋だ。
初めて知ったのは大学二年生のとき。八重洲の出版社でアルバイトをしていて、昼休憩に社員の方からその存在を聞いた。そのとき僕は本をほとんど読まない人間だったので、「大きめの本屋」くらいの認識でしかなかった。
そのときから今にいたるまで、東京の本屋は着々とその数を減らしていった。自宅の近所にあった大型の書店は閉店してしまった。六本木の青山ブックセンターが閉まった。渋谷の丸善ジュンク堂もこの間閉店してしまった。いつからか一番身近な大型書店は八重洲ブックセンターになっていた。自宅からのアクセスでいえば有楽町の三省堂書店のほうが近い。でも有楽町に出たときは、せっかくならと大体八重洲ブックセンターに足を伸ばしていた。そうさせる魅力が八重洲ブックセンターにはあった。

八重洲ブックセンターに行けば欲しい本はだいたい手に入った。特にマイナーな本を今すぐ欲しいというときには重宝した。オンラインで在庫検索できないことだけは不満だった。

八重洲ブックセンターには凶器になりそうなほど分厚くて、難しそうな、でもとても読んでみたくなる本が沢山あった。そしてどんな本でも読めそうに感じてしまう空気感もそこにはあった。それは僕の積読に大きく貢献してくれた。

一階のドトールにもよくお世話になった。席数が多いからなのか、席が空いていることが多かった。東京駅付近で時間を潰すときにはいつも最初にこの場所が思い浮かんだ。衝動買いした難しすぎる本を、ワクワクしながらここで開いたこともあった。そういえばあの本は家に帰ってからは開かれることなく本棚に鎮座している。

いつもならきっとしなかっただろうが、僕はメッセージカードを手に取り、この場所への思いをペンで書いた。小さい字で書き始めたせいで、下半分に不自然な余白ができてしまった。そこにすこし大きめの字で「ありがとうございました」と書いた。それも控え目で、まだスペースが余ってしまった。

その不器用なカードをセロハンテープで壁に貼り、持ってきたカメラで丁寧に撮った。背景がボケるような奥行きがあるわけでもない。望遠で撮るわけでもない。色彩が豊かなわけでもない。これこそスマホで撮っても変わらない写真だなと思った。でもそれはカメラを持ってこなかったら撮れなかった写真だろう。

外に出たらすっかり暗くなっていた。隣にはつい先日オープンした東京ミッドタウン八重洲が輝いていた。そちらに比べると、ここを照らすのはずいぶんと地味な蛍光灯の明かりだ。でもそれはまわりのどの明かりよりも、あたたかく感じた。


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