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バイト先のファミレスで青春を見た話|水色、ときどき、青[連作短篇]
高校生が青春してる姿を見るのは、どこか愉快でかわいらしく、懐かしさもあって、当時の自分との違いに自虐気味になったりもする。まぁ、比べるものではないとわかってはいるんだけど。
ほら、アレだ。人間観察。キモいとか思わないでほしいんだけど、バイト先の水沢ってヤツが、見てると面白くて、最近お気に入りって話。
俺より三つ下の水沢がバイト先のファミレスに入って来た時、細くてひょろっとしていて、それでいて肌は白くて目は大きく、整ったキレイな顔をしていたから、最初は男か女かわからなかった。名前も水沢一慧だし。いちえと読むらしい。正直なところ、ぱっと見ではどっちだよって思った。まぁ、声を聞いたら男だったんだけど。
水沢は口数が少ないけど暗い感じではなくて、話しかければそれなりに会話は弾むし、仕事を覚えるのも早かった。水沢はホールスタッフだけど、キッチン側の人数が足りない時はヘルプで入ることもあった。俺と同じマルチ要員だ。無遅刻無欠勤で勤務態度もよく、社員からの信頼も厚かった。で、女子たちからは陰でモテていた。
「水沢って、彼女いんの?」
休憩時間が被った日に俺が質問したら、いつもは表情をそう変えない水沢が、珍しく目に驚きを浮かべた。
「や、単純に気になったから聞いただけ。深い意味はないから」
俺の言葉に、水沢は「そうですか」と返して、今はいませんと答えた。
「そ。俺も今はいない」
水沢はまた目に驚きの色を浮かべる。俺は少し戸惑う。これは変な誤解をさせてしまったか?
「光さん、いないんですね。意外、でした」
元々声に抑揚がないタイプだけに、水沢の意図してるところが読めない。ふとした好奇心でこの会話を始めてしまった自分を軽く呪う。
「いそうに見えた?」
「はい。途切れないイメージというか……」
「それ、チャラそうって言ってる?」
「いえ、恋人がいないイメージがただないだけです。だって光さん、カッコいいじゃないですか」
俺の頭の中は一瞬でファンファーレ状態となった。この瞬間、水沢は俺の中でいい奴認定、しかもそのトップに躍り出た。
「水沢だけだよ、そんなこと言ってくれんの」
「本心なんですけどね」
ここまでが、ファミレスのスタッフルームで話した内容。そして、俺たちの会話を聞いていた誰かが瞬く間に広めた噂といえば、「水沢は現在彼女募集中」ということだった。いや、水沢は募集してるとかひと言も言ってなかったけどね? 人伝てって怖いよね。
それからは水沢に話しかける女子の姿を目にすることが多くなった。あの子もこの子も狙ってる状態。女子たちから聞いた話によると、水沢は同年代のお客から連絡先を渡されることもあったようだ。パントリーにいると、ホールでは吐けないぼやきを聞けるのも面白いところだった。趣味の人間観察が捗ってしまう。
「水沢、モテてんね」
その日も、水沢が連絡先を渡されたらしいとバイト間(主に女子たちの間)で囁かれていたので、からかいまじりに話しかけてみた。
「本気じゃないですよ。会話のネタにされてるだけな気がします」
「一目惚れってこともあるんじゃない?」
「そういうの、あんま信じてないんで」
「クールだな」
「もししたら、信じます」
「やっぱクールじゃん」
それからひと月ほど経っただろうか。水沢にどうやら彼女ができたらしい。これもやっぱり、噂話で聞いたことだった。
「もう、すんごいショック」
「告ればよかったじゃん」
「彼女いるって言ってんのに無理くない?」
「結婚してたらヤバいけど、付き合ってるだけなんだから全然アリでしょ。選ぶのは向こうなんだし。奪っちゃえ」
「そりゃそうだけど……」
女の子達の会話は、時々、エグい。スタッフルームの隣は、薄い壁を隔ててワークスペースになっている。バイト歴が長い俺は、店長から時々データ入力や資料整理などの雑務を頼まれたりしていた。つまり、スタッフルームでの会話が勝手に聞こえてくるってわけ。
「だって、ずっと好きだったんでしょ?」
「まぁ……」
「だから、紹介とか合コンとか断ってきたんでしょ? 私が誘っても来てくんなかったじゃん」
「……普通に過ごしてる中で、そういう人と出会いたかったんだもん」
「今からでも遅くないって」
「遅いよ。もう、遅い。彼女いるって本人から聞いた時、泣きそうになってんのバレてたし」
「そうなの?」
「うん。多分、好きなのもバレた」
あー、これは切ないやつだ。水沢、いつの間にそんなことに。スタッフルームで繰り広げられる恋バナに意識を持っていかれ、ついタイピングする手が止まってしまう。データを打ち込まなきゃいけないというのに。
「光さん」
その時、渦中の水沢がワークスペースにやって来た。
「水沢、どうした?」
俺はわざとらしくない程度に声のボリュームを上げた。
「バイトの募集って今してました? 友達が興味あるみたいで」
「今、その友達が来てんの?」
「あ、はい」
「ちょっと見たいかも」
俺はホールとパントリーの境界ギリギリのところから、こっそりと店内を覗いた。
「どこ?」
「あ、四卓に一人でいるヤツです」
「へぇ〜」
俺たちの視線に気づいたらしく、水沢の友人がこちらを振り返った。類は友を呼ぶのか、これまたモテそうな雰囲気の持ち主だった。彼は俺と目が合うと、笑顔で会釈した。どこか飄々としている水沢と違い、コミュ力が高そうな気配を感じた。
「キッチンに人が足りてないって店長が言ってたから、水沢の紹介ってことで面接してもらえるかもよ。今不在だから、あとで連絡するって言っといたら?」
「わかりました」
「念のため、名前と連絡先だけ聞いといてもらえる?」
「はい」
ありがとうございます、と水沢は軽く頭を下げた。
「やっぱ、光さんがいるとほっとします」
「そう?」
「そうです。いつも余裕があるっていうか、光さんがいたら大丈夫っていうか」
「信頼されてんね、俺」
茶化すと、水沢は真面目な顔で頷いた。
「してます、信頼。すごく。」
じゃ、と友人の元へ向かう水沢と、その場に残されて耳まで熱くなる俺。
(何これ……)
ストレートな言葉の威力というのは、正直、ハンパない。
それから数日後。水沢の友人がキッチンスタッフとして仲間入りした。斉藤椿くんというらしい。つばきくん。中性的な名前まで、水沢と共通していた。やっぱり、類は友を呼ぶのだ。
「俺も光さんって呼んでいいですか?」
「いーよ。斉藤くん」
「イチが、あの人の言うことを聞いてれば間違いないって言ってました。これからいろいろ教えてください」
イチ……? と一瞬頭の中にはてなマークが浮かんだが、水沢一慧のイチかと数秒で理解した。
「ただバイト歴が長いだけなんだけどね。まぁ、よろしく」
俺が斉藤くんと挨拶を交わす傍らで、女子たちが何やらそわそわしている気配を感じた。アイドル顔の男子が入ったのだ、気持ちはわかる。しかも、水沢の友達だし。
ポーカーフェイスがデフォルトの水沢が、俺と斉藤くんの姿を目に留めるなり、ふっと頬を綻ばせた。
「頼みます、光さん」
その瞬間、肌の上を何かが這うように駆け巡った。なんとも、こそばゆい。水沢のこういうところが、俺は少し苦手かもしれない。嫌いというわけでなく、ペースを乱されるという意味で。
「はいはい、任されました」
返事をすると、水沢は目を細めて今度は斉藤くんに視線を移した。
「椿、がんばれ」
「うん、がんばる」
二人はそこでごく自然に互いの拳をコツンと触れ合わせた。
(え、何これ。青春が過ぎない?)
ちょっと眩しいんですけど。
バイト先のファミレスのパントリーで、新しい風が吹くその中心に、なぜか俺もいた。
この時に覚えた彼らの青春に巻き込まれていく予感は、その後、現実のものとなる。
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<あとがき>
ここまでお読みくださりありがとうございます。
思春期、青春、群像劇が大好きなこひなたです。
今回の話は、初めてnoteに投稿した「炭酸飲料と共に死ぬ。」という話と繋がっていたりします。
単話でも読めるようになっていますが、水沢くんを軸に、その周りの人々をこれからも書いていけたらと思います。
水沢くんは黒髪のキレイな顔をした男子です。表情のバリエは少なめなイメージ。
シリーズ名は「水色、ときどき、青」としました。(タグでは「#水色ときどき青」です)
気ままに更新していきますので、よろしければお付き合いください!
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