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【超短編】死神の困惑

「オレはいつ死んでもいい」

 それが千葉の口癖だった。
 千葉はこの世を恨んでいる。彼はこれまでずっと、人を殺したいという欲望を持て余して生きていた。

「きっと、戦国時代なら自分を測ってくれるモノサシがあったはずだ」

 それも別れた妻によく言っていた言葉だった。曰く、

 仕事が好きな人と嫌いな人。この2者に本来優劣はない。仕事が好きだから仕事をする。仕事が嫌いだから仕事をしない。ただそれだけだが、社会は当然、仕事が好きな方を有用な人物として重宝する。

 人を殺したくて仕方のない、千葉のような人物は、勿論、現代社会では排除されるべき存在だが、戦国時代では有用な人材であったのかも知れない。

「だから人は祈って生まれてこなきゃならない。『自分の特性が、その時代のモノサシに適合しますように』と」

 千葉は離婚後、去年だけで30人以上の人間を殺した。彼にとって人生で最も輝かしい、充実した一年であった。
 被害者には悪い者もいれば、そうでもない者もいた。ただ、それは千葉にとってであって、同じ人間である以上、然程の差ではなかった。

「人を殺せば罪になり、たくさん殺せば死刑になる。そんなことは承知の上で人を殺す。それは自由だ。
 そもそも、俺は社会契約などした覚えはない」

 死刑判決の後、拘置所で教誨師にそう言って早々に見放された。


 いよいよ死刑執行の際、千葉は最後に殺した男のことを思い出していた。


 その男は死に際、千葉に何か言いたげだった。

「何や?言うてみい。いざ死ぬときになって何か言いたいっちゅうのは多分本物や。殺したモンの責任として聞いといたるわ」

 千葉は埼玉県出身の東京育ちだが、人を殺すときだけ関西弁になる癖があった。

「・・・う」

「なんやて?」

「あ・・・り・・・がと・・・う」

「なに?なにがや!何がありがたいんや!殺されたんやぞ!?なぁ!?何でや!ちょっと待ってくれや!おい!」


千葉の首にずしりと重い縄がかかる。

「ああ、そうか、なるほどこれはありがとうやな」

千葉がそういうと、床が開いた。


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