【短編】口内の乱
「大した被害はない。そう大袈裟に騒ぎ立てるな」
指揮官は冷たくそう言い放つと、再びモニタに向き直り、
「君の悪い癖だぞ」
と私に言った。
確かに戦況は悪くない。今回、辺境で発生した口内の乱(口内炎)は、やや重度ではあるものの、この身体世界全体を揺るがすほどのものでないことは自明だった。
しかし、一昨日からの食事量の低下と、言葉数の減少。この事実は否めない。私はそのデータを指揮官に報告する機会を失い、司令室を後にした。
司令室から緊急警報が発令されたのは未明のことだった。
「異常塩分!異常塩分!・・・」
警告は鳴り止まない。
「何だと!一体何が起こっているのだ!」
司令官は苛立ちを隠せない
「口内炎部分に大量の塩分を検知!繰り返す!口内炎部分に大量の塩分を検知!」
「現場につなげ。相手は誰でもいい。大至急だ!」
「前線の兵士と繋がりました」
「戦況はどうだ。手短に報告しろ!」
「ひいいぃ!塩が、塩がたくさん・・・何だこの塩分は、のわああ!」
「ば、ばかな!」
口は身体世界において、食料を第一次的に外部から取り入れる重要な器官ではある。しかし、ここに口内炎のような多少の炎症があったところで、別段、身体世界の存続に大きな影響はないと考えるのが通常であったろう。勿論、司令官もそう思った。
しかし、事件は起こった。
口内炎が治りかけの状態。つまり最も痛みの発生する状況となった時点で、突如として患部に大量の塩分が付着し、雑菌と交戦中の兵士達が壊滅状態に陥った。
「くっ、この程度の炎症など大したことは無いと考えていたが、これ程多くの塩分とは!ぬかったわ!ええい!兵を割け!手の空いた兵を全て口内炎に配置し、一刻も早く鎮圧するのだ!急げ!」
荒涼とした戦場では、敵味方の殆どが塩分で死んでいた。残存していた敵ももはや戦うことはできず、双方瀕死の体で対峙しているに過ぎなかった。
追加派兵された官軍は、患部を速やかに鎮圧した。
結果として、司令官が想定していたよりも戦ははやく終わったのである。
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