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「ガッツだけで社会は変えられない。」

「ガッツだけで社会は変えられないんだよ。」

24歳で社会人2年目になる友達(女性)とズームしていた。
このコロナ禍で、これからどうしていきたいと話していて
20代半ばになる中で、その子が口にした言葉だった。

学生から社会人へ。これは人生の中で大きなシフトチェンジ。
それに伴って、ワーク(キャリア)に加えて、ライフへの見方も変化し、
自分の中のあらゆる行動と社会との接点が可視化される。

だから、社会課題とか言って仕事と向き合うだけでなく、
ライフという自分の生活に根差した事とも
一緒に向き合う必要があるのかもしれない。


自分とキャリアに仕事。そして、社会。

「将来のビジョンを教えてください。」

就職活動の面接で決まり文句のように聞かれるこの質問。
この質問に答えるためだけではないが
就活では、この先自分がしたい事について精一杯考えた。

その影響からか、SDGsや持続可能性、社会課題など
社会との関わり方を考える際、
いつも仕事やキャリアといった切り口で見ていた。
いや、正確にいうと、その切り口しか知らなかったのかも知れない。

30歳あたりになって、自分のしたい事が形に出来て、
社会課題に向き合い、世の中を前に動かしていけるような人になるために、
汗水流して20代は量をこなす。

軸はブラさず経験を積む中で、誰の為になっているのかを想像して
目の前の仕事を1つずつこなしていく。
そんな、がむしゃらな20代になるんじゃないかなと。
そんな青い時間になるんだと自然と勝手にそう思っていた。


しかし、社会との関わり方はそれだけなのだろうか。
仕事やキャリアの切り口だけで、考えるには何かが足りないと感じていた。


結婚に出産。ライフの存在。

もちろん人によるのが大前提だが、女性にとって出産を考えた時、
どうしても30歳は生物的に節目になる時期で、
医療が発達しても、生まれてくる子や自身の体を考慮すると
出産のタイミングが難しい部分であるのは事実なのかもしれない。

それがキャリアなどに響くようなジェンダーギャップはあるべきでないし
自分らしく生きるために、望む選択肢をとれるよう、
ジェンダーギャップを促す制度や風習は変えていかなくてはならない。

とは言っても、今までにない距離感で社会と関わる中で
どうしても男性より女性の方が
20代半ばに差し掛かり、視界にちらつく数字な気かもしれないし、
家族を持ちたいと思う、そのパートナーにとっても身近な話な気がする。

こんな事を考えていると、

今までキャリアの目線で社会を見てきただけあって
その目線だけではカバーしきれない
ライフや社会の側面の存在感が大きくなってくるのを感じた。

ある意味、今までは自分を中心に
世界のいろんな国を旅行して、ちがう仕事も経験してみたい。
もっと面白い人たちと出会ってみたい、
新しいあれこれに挑戦したいと、自分のこれからに想像を馳せてきた。
その友達も、他の学生たちもきっとそうなのではないだろうか。

そうして、会社に入り、上司とキャリアについて話し合うと
その友達いわく、
支えてきた軸の中に自分でない、他の大切な存在が浮かぶ。
同性であるほど、その共感や将来は解像度が上がる事があるらしい。

様々な希望やワクワクを巡らせて計画して
目の前の物事を積み上げてきて、いざ社会人になったら
キャリアではない側面が、自分の視界に入り、新しい幸せのカタチが登場する。

ただしこれは、誰にとっても起こりうる話だと思う。

末っ子である僕自身もそうだった。
大学に入ると両親が60代になり、祖父母は90歳になった。
兄には子どもが2人、姉には1人いる。

24歳にして、“おじさん”という、今までにない立場にたった時、
兄と姉の姿を俯瞰して自分が築きたい家族、
これから出会うパートナーを無意識に考えるようになった。

「自分はどんな人と一緒に時間を過ごしていくのだろう。」
「家は建てるのかな。子どもは何人?そもそも欲しい?」
「子育てとキャリアをきちんと両立しやすい社会になっているのかな。」

ほんの数ヶ月前まで
自分のビジョンや生き方について真剣に考えてきたはずなのに
社会人に近づき、自由が広がるにつれて、どこか違う場所から、
幸せや自分らしさ、社会との向き合い方に新しいベクトルを感じる。





本当の意味で“ワークライフバランス”と一緒に
社会の中の自分を意識するようになった。



キャリアと社会課題。そして、ワークライフバランス。


多くの人は歳を重ねる毎に、自分が扱える自由は広がっていく。
その自由が広がるにつれて触れる社会の側面は多様化し
今まで見えてこなかった幼い自分を支えてくれてきた、
その恩恵が今後も続くようにと、その当事者となる。
そうすることで、自分が見てきたニュースや考えてきた意見が
自分の一部となり、より地に足がついたリアルな考えに変わる。





キャリアや仕事。
正解や不正解、常識より自分が信じる答えを持ち、
それに共感をしてくれる人たちと一緒に
社会と向き合うことが、社会課題、SDGsに貢献できると僕は考えてきた。

就活を終えて、社会課題に関わる熱量が濃くなってきた割に
どこか、それは空虚とまではいかないけど
何か、大事なことを忘れているというか、見落としているような気がした。




それがライフだった。







衣食住に人間関係、社会の仕組み・制度など
世の中に支えられてきた部分を、今度は逆に支える立場にもなる。

そして、当然そこには
社会の利便性やちょっとした感謝の気持ちといったポジティブな場面、
実は存在していた社会の不均衡や課題といったネガティブな場面、
社会の多様な場面の当事者になり、普段の日常に対する見え方が少し変わる。

キャリア、働くということは
ライフを充実させるために存在することが多い。


だからこそ
キャリアや仕事から、社会が乗り越える課題を考える事だけでなく
自分が普段、生活する中で出会う状況に身を寄せることが、
社会を変える意味のある希望が生まれる。

ワークとライフをリンクさせる。


社会に貢献するためには、
ワークだけでなくライフの切り口も合わせて
視野に入れることも大切だとして、どうしたら、それらをリンクさせられるのか。


これは僕がお世話になっている
ビジネスプログラムでよく用いられる方法、キャリアデザインシート。

ここに、年齢と一緒に自分のキャリアに加えて
ライフイベントと自分、
そして誰か身近な人の年齢と一緒に自分のこれからを図式化する。
上にいけばいく程、キャリアより、下にいく程、ライフイベントよりになる。

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例として僕が以前、そのプログラムの中で書いたものになる。
考えていたら、時間がなくなりざっくりした感じになってしまったが
やり方の雰囲気は伝わると思う。

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こうやってキャリアと他の要素を合わせた図式化によって
それぞれの人生のタイミングが
どのように作用しているのかをより現実的に俯瞰できる。


そのため、いざ書いてみると
「あれ、これとこれをやりたいけど
その頃にはこの年齢でキャリアはこの状態か…」というふうに重なったりする。

親との年齢の関係は感慨深かかった。
自分が結婚する頃には、もう70を超えてる可能性がある。
孫を心待ちにしてくれてると思うと、
自分のキャリアに対する考え方も少し変わる。

自分のライフイベントや大事な人とのタイムラインを合わせて
図式化するため、自分の人生の軸を改めて考え直せる。


余談になるが、これを友達としてお互いに質問して掘り下げると
お互いの理解を深め、自分の新しいところが見つけられる。
他人の目線が入るだけで、自分の目の前の生き方に対する視点が変化する。

「ガッツだけで社会は変えられない。」

ここまで読んでくれた、あなたにとって
今、この言葉はどんな映え方をしているだろうか。

まだ見えていない世界の方が多い僕たちにとって
いろんな予想外の場面がこれからの生きる中で存在すると思う。

その中には、キャリアや仕事の視点から見える事もあれば
ライフの視点からしか見えない事だって存在する。

社会が克服する課題を、社会課題と位置付けるのは
1人1人が、その人らしく生きるための自由を束縛しているからだと思う。
そして、その束縛からの解放をするためには
僕たちは仕事だけでなく、普段の生活であるライフにも想像を広げる必要がある。
だからこそ、歳をとることで自分が担う自由が増えて
あらゆる社会の側面に対する当事者意識が芽生える。

それは、今まで見えてこなかった
社会の不均衡と新しい希望に触れ合えることを意味する。




だからこそ、社会に意味のある変化と貢献を目指すために
「ガッツだけで社会は変えられない。」は、
就活を終えた新社会人の僕にとって、心に刺さった言葉なのかもしれない。

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