私は一生、母の娘(湊かなえ著『母性』を読んで)
※恐らくネタバレは含まれていませんが、こう見えてベースが読書感想文なので全く内容に触れていないわけではありません。ご了承ください。
母とのことで、どうでもいいけどハッキリ覚えていることがある。
ちょうど今の一軒家に引っ越した頃のこと。まだ幼稚園児だった私は、ある日怖い夢を見てわんわん泣きながら起きたことがあった。確か休日だったと思う。
それに気付いた母は、階段を駆け上がってきて2階にある寝室に飛び込んできた。
その時、私は思った。
「朝、起きる時に1階に聞こえるくらいの声をあげれば母が来てくれる」と。
だから特に用がなくても、休日の朝目覚めるや否やテキトーに「わー」とか「あー」とかバカデカい声をあげて、母が階段を登る音を聞いていた。
なんでこんなことを始めたのかはわからない。
ただ、社会人になった今でも「わー」とか「あー」とか声をあげると母の階段を登る音を聞くことができるはずだ。私の母はそういう人だから。
私には下にきょうだいがいる。お兄ちゃんお姉ちゃんの使命かは分からんが、今まで自分にだけ手にかけてもらっていたのにある日急にそれが下の子に分散されて少し寂しい思いをすることがある。
正直、私は全然手をかけてもらっていた方だと思う。私が放置されていたことなんて殆どない。
例えば小学生の頃、中学受験のために塾に行っていたのだがそれ以外の自己学習のスケジュールは母が立てていた。
とはいえ、母は中学受験の経験こそあるものの、いわゆる高学歴というわけではない。父も同じだ。
親の学歴に子供の学歴が比例することはあるが、私の家の場合は短大卒と高卒から四大卒が2人排出されている。どこかの番組でとても素敵な東大生の方が仰っていた「鳶が鷹を産んだんじゃなくて、鳶からは鳶が生まれたけれど親鳶の育て方が上手だった」というのは、ちょっとだけ私の家にも当てはまるのかもしれない。
私の母は教育ママというわけではなく、ただ無償の愛でそうしていただけのように今となっては思う。
おそらく下の子よりも私の方を手にかけてくれていたと思う。
だが、そう思えるようになったのは大人になってからだ。
中学受験をして、大学までエスカレーター式に進学して、小学1年生のころからピアノを習って、高校生になったらバイオリンを始めて…。
好きなアイドルをバカみたいに追って、私の影響で家族全員が無駄にアイドルに詳しくなって。
家は一軒家で、家計が火の車というわけでもなく(私が知らないだけで火の車だったらごめん)、普通になんの不自由もなく生きている私。
嘘偽りのない私のプロフィール。書いていて幸せそうすぎて涙出てきた。
そんな私の略歴だけ見て必ず人々が口を揃えて言うことがある。
「お嬢様だ」と。
んなわけあるか!とずっと思っている。
高い学費を秒でぽんと払えていたわけではないし、私はあんまり知らないだけで苦労をかけることも多かったと思う。
社会人になってからも「お嬢様」と言われ続けている私はもう否定すらしなくなった。
私だって自分のことを客観的に見たらそう思いそうだから、もういいや…となってしまった。
「お嬢様」と言われるのは、きっと両親のおかげだろう。ぱっと見では曇りのない学生生活を、お金どうこうは後にしてやりたいようにやらせてもらったのだから。
あと感謝しているのは、絵本の読み聞かせを積極的にしてくれたこと。おかげで今の私の夢がある。
母に対して「私のこと嫌いなんかなあ…」と思うのはよくあることだろう。特に「あんたのためを思って!」とか言われると、私のためを思ってんなら一旦黙ってくれよとか思ってしまうことも普通にある。
私のためじゃなくて自分のためなんじゃないか…とか。
そういう"よくある"すれ違いがずっと続くと歪となって、一生すれ違ったままになるんだろうな〜とか、そういうことを『母性』を読んで思った。
私はまだ母の娘でしかない。誰の母でもない。
だが、私の母は、私の母であると同時に私の祖母の娘である。
どんな感じなんだろう…と想像するけれど、わからない。私はまだまだ"娘"だし、"娘"という立場に甘えているから。
果たして私が、母のためを思って行動したことがあるだろうか。母を守ろうとしたことがあるんだろうか。
分からない。
だけど、私はずっと母に守られていたと思う。それは今も。
母の姿を見ていると、私はああなれないかも…と思うことばかりだ。
子供を産んだだけでは母親になれないというけれど、本当にその通りかもしれない。子供が産まれただけでは母性とやらが私の中に備わることはないのかもしれない、しらんけど。どうやったら備わるのか、というのは『母性』を読んでも全く分からんかった。
だが、もし備えたとしても、その母性が子供にとって必要であり有益なものになるとは限らない、むしろ毒になり得ることもあるということだけは分かった、多分。
愛能う限り なのかは母本人に聞かないと分からないが、母が私に向けた"母性"は、毒でもなんでもない直向きなものだと思う。
お姉ちゃんなんだから、と放置されたことなんてない、むしろ過保護過干渉気味なのではというくらいの私の母であるが、私は自分の母がこの人で良かったんだろうな、と思う。
最後に。
下の子に内緒で「お母さんが人生で1番嬉しかった時は、あなたが産まれた時だ」と言う母へ。
車のナンバーに弟の背番号が入っているのは目を瞑ります。
※私の母はこのnoteアカウントを知っていますが、おそらく存在を忘れているのであんま考えずに投稿しています
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