レストランを転職した理由④-三ツ星の料理-
研修スタート。
まずは店の料理を食べることから始まった。
毎日満席なのにも関わらず、1人分の席を空けてくれた。
初めて食べる三ツ星の料理。
味はもちろん美味しかった。
しかし自分が感動したのは味ではない。
皿から伝わってくる技術、付加価値、食材への愛。
食材が1㎜単位で綺麗に切り揃えられている。
一皿の価値を上げるために莫大な時間をかけているとすぐに分かる。
一切の妥協が感じられない。
自分の料理でも似たようなことを意識し実行してはいたが、
意識レベルの差が大きすぎる。
一瞬でそう思った。
L'Effervescenceと言ったら料理業界で周知されている料理がある。
それがカブの料理だ。
レストラン好きの人なら1度は見たことがあるのではないだろうか。
楽しみにしていた料理の1つだった。
サービスマン曰く、低温で4時間ほど火入れしているらしい。
味はカブそのもの。味に対して特に驚きはない。
ここまでは想定内。
しかし、カブにナイフを入れた瞬間、そして咀嚼した瞬間だった。
カブの中からとんでもない量の水分(カブ汁とでも言おうか)が出てくる。
口に入れ咀嚼するたびに口の中がカブ汁で満たされる。
言うなれば、カブの形をしたカブのジュース。
それなのに全く形が崩れておらず、食感もしっかりしている。
意味が分からなかった。
そもそもカブは火が入りやすい食材。
低温とはいえ4時間も火入れしていたら確実にぐちゃぐちゃになるはず。
それなのにしっかり形を保ち、食感まである。
挙句の果てにカブの中に異常なまでの水分を保持させている。
1つの野菜にここまでの付加価値を付けられるのか。
一体どれだけの時間、カブと向き合ったのだろうか。
ただ味に関しては「普通に美味しい」。
意識が飛ぶほどのものではないのが正直なところ。
世論でよくある、レストランだからすごい、みたいな先入観は、
店の雰囲気にのまれてるが故に生まれるものなのか。
雰囲気さえ出していれば料理がおいしいと錯覚するのだろうか。
それとも自分がひねくれているだけなのであろうか。
やっぱり某アニメのような、「おいしさのその先」なんてものは存在しないのであろうか。
こんなことを考えてしまう時点で、料理人として終わってしまっているのであろうか。
なにか他に大事なことだったり、「これだ」と思えるものがある気がする。
ここでも迷いが生まれ、天秤がまた家族のほうに傾いた。
食事も終え、いざ厨房へ。
まず驚いたのが、ほとんどの人が笑顔で「はじめまして、こんにちは。」と言ってくれる。
これは偏見かもしれないが、周りからの評価が高い環境に身を置いていると、いわゆる「驕り」が生まれ、人として大事なことを忘れがちになる。
「自分はすごいんだ」と勘違いをして周りを見下し、人として大事なことを疎かにする。
しかしこの厨房にはそれがない。
以前、別の星付きレストランにお邪魔したことがあるが、人事の1人を除いて、誰一人として挨拶すらしてこなかった。
自分はお邪魔している身のため、もちろん挨拶をするが返ってこない。
いくら星を取ろうとも、「人」としての部分で
「終わってるな」
そう思った。
だから今回も似たようなことになるのではないか不安があったが、
一瞬でその不安は取り除かれた。
なんだかんだ大事なのは「人間性」。
料理のために人間関係の優先順位を落としていた自分が、急に恥ずかしくなった。
簡単な自己紹介をした後、すぐに仕事を振られた。
当然だが、細かい仕込みだったり、下処理がメイン。
ペティナイフを使って、柚子皮を飾り切りをしたり、エシャロットを1㎜角に切り揃える。
さすがに腰は痛くなったが、集中力には自信があったため、難なくこなせた。
むしろ三ツ星の料理に、自分の切った食材が盛られると思ったら少し緊張した。
日を追うごとに少しずつ周りを見る余裕が出てきた。
誰がどんなことをしているのか、どんな食材の扱い方をしているのか、どんな火入れをしているのか。
最も感心したことは、全ての食材を余すところなく使うこと。
異常なまでに徹底されている。
柚子を絞った後の皮は、まかないの煮込みの香りづけに。
松茸の軸もギリギリで落とす。
野菜の端っこ、形が悪い部分はペーストに。
魚の骨はフュメ・ド・ポワソンに。
肉の端材は溜めて溜めて美味しいまかないに。
ゴミ箱を見ると、1日営業しているのに生ゴミが異常に少ない。
食材を端から端まで大事にしているのが伝わる。
これが店で食事をした際に感じた、食材に対する敬意・愛の正体だった。
料理人としては至極当然のことであるが、ここまで徹底されていると圧巻である。
長年料理をしてきて、包丁の技術はプロフェッショナル、と勝手に思っていたが、この厨房での1切り1切りがとても繊細でなくてはならず、「包丁で切る」という基礎の基礎の基礎である行為に緊張を覚えた。
厨房に入るせっかくの機会。
ただ「疲れた、大変だった」で終わらせる気は毛頭ない。
技を盗もうと心に決めていた。
魚の火入れの手法、鴨肉、鹿肉の火入れ、有名なカブ料理の調理法。
目の前で観察したし、しつこく質問もした。
一瞬の隙を見てメモを取っていたら、メモ帳を半分消費した。
あまりに興味深い仕事ぶりに見惚れた。
それでも仕事をしながらいろんなことを考えた。
自分がこのレストランで働いたとき、どんな料理人になるのだろうか、どんな生活が待っているのか、力をつけて独立するのであろうか、そして、家族との時間とお金を犠牲にしてまで、本当に東京に来なければならないのであろうか。
数日間の研修が終了し、シェフと1対1で話した。
「体力ややる気、包丁の細かい技術は全く問題ないね。君さえ良ければこの面接の話を進めたいと考えている。一週間以内に返事をください。」
三ツ星レストランで働けるチャンス。
最初で最後のチャンス。
再び家族と料理を天秤にかける。
ありとあらゆるシミュレーションをした。
料理人としてどうするのが正解か。
夫、父親としてどうするのが正解か。
頭が破裂しそうになるほど悩みながら東京を発った。
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