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#私が一番恐ろしかった本

Xで『 #あなたが一番恐ろしかった本 』がトレンド入りをした。
恐ろしかった本と言われて真っ先に思い浮かぶのは小野不由美さんの『残穢』というドキュメンタリーホラー小説だ。

『残穢』は造語のため辞書には載っていない。しかし漢字から推測できるよう、『残った穢れ(けがれ)』を表す。

家、または部屋に残された穢れ。簡単に言うと事故物件ということなのだろうか。小説のあらすじをかいつまむと...

あるミステリー作家のもとへ1通の相談の手紙が届く。それは彼女の住むアパートの一室の和室から畳を擦るような奇妙な音がするというもの。調べるうちにそれは数十年という時を経て前の住人達にも数々の不穏な事件を引き起こしていたことが次第に明らかになっていくのだ。

なぜこの本が怖いか。それは私も同じような経験をしていたからである。

当時引っ越し先を探していた時に、ある不動産屋さんから郊外の一軒家を提案された。見学に行ってみると、庭は植物もなく無機質だけれど車がゆうに6台は駐車できそうなスペースがある。
家の中はアンティークな家具付きのダイニングキッチンに古風な縁側のついた和室、ガラス張りの音楽室、寝室、清潔なバスルーム。そして北側に倉庫がわりにでもしていたのか、荷物の置かれた20畳ほどのフローリング。
これで家賃は5万円だという。田舎あるあるで、市内から多少遠ければそこまで家賃も高くない場所ではある。
築10年目、一応事故物件でないことは確認したが、1つだけ条件があった。それは家主さんの荷物であるいくつかの段ボールや骨董品など諸々、例のフローリングの部屋に少しの間置かせて欲しいというもの。

少しの間ならと承諾して住むことになった。住んでみないとわからないことってよくある。
最初のうちは広々とした部屋でご近所のかたにも気兼ねなくピアノを弾いたり音楽を聴いたりできて快適だった。

そのうち慣れてくると色々なことが目につくようになる。まず和室が南向きで大きなガラス戸があるにもかかわらず、昼間でも電気をつけないと薄暗く、どことなく湿っぽい。その部屋から外に洗濯物を干すのだが、ある日たたんでいたら数匹毛虫が出てきた。木も何もないのにと不思議に思い、家の周囲を見て回って目を疑った。北側の壁一面の色が変わるほど、うじゃうじゃと毛虫が蠢いていたのだ。後にも先にもこんな光景を見るのは初めてで思わず悲鳴をあげ家の中に逃げ込んだ。

北かべの内側は何となく不審に思っていた家主の荷物が置かれたフローリングの部屋。よく見ると外へ向けてドアがついている。
あとからフローリングを貼ったのか、そのドアは半分フローリングに埋まって開けることができない。
なぜ最初に気づかなかったかというと、ドアの前には家主の荷物が積んでいたからだ。そういえばもう3ヶ月にもなるのに取りにくる気配がない。
そっと荷物をずらしてみると、下のフローリングには奇妙な染みが広がっていた。
まさか、フローリングの下に何かあったりしてね...などと友達に電話して笑い合うも、とりあえず気味が悪いので不動産屋さんに連絡する。

「いつ荷物を取りに来られるんでしょうか?」
「いやぁ、なんだか仕事が忙しいとかで時間が取れないらしいんです、すみません」
「..............」

そうこうしているうちになんとなく気の滅入る日が多くなり、体調を崩したのをきっかけに母に泊まりに来てもらうことになった。和室に布団を並べてたわいもない話をしながら眠りについた翌朝、母がポツリと言った。
「ここはいかんね、早く引っ越したほうがいい」

結局半年住んだあと、ご近所のかたに再び引越しのご挨拶に伺った。
引っ越すことを告げると、ため息混じりに思いがけない言葉が返ってきた。
「あぁやっぱり....あの家、家主さんも建てて1年も住まずに貸家にしたんだけどね。みんなすぐ引っ越すのよ。あなたの前に住んでいたご夫婦も離婚されて出て行ったんだったわ」

前の住人が家主ではないとすると、あの荷物はずっとそこに置かれたままだったということだろうか。
特に家の中で事件や事故があったというわけではなさそうだ。でも皆、早々に出ていく。私は廊下や音楽室に張り巡らされた赤い絨毯にいくつも長い髪の毛が絡んでいたことを思い出した。何度掃除機をかけて粘着テープで取っても、次の日には黒い髪の毛が下から浮かび上がるように絡まっている。当時ショートカットだった私の髪でないのは明らかだった。

住んではいけない家というものはたしかに存在するのかもしれない。穢れは家が原因とは限らないことが『残穢』を読むとよくわかる。

引っ越し後しばらくして家の前を車で通ってみると次の住人が入った様子が伺えたが、今は再び空き家となり、数年人影もなくひっそりと佇んでいる。

というわけで、私は小野不由美さんの『残穢』が一番恐ろしい本として記憶に残っているのだ。
ホラーのお好きな方も小説、映画共に明るい昼間に鑑賞されたほうがよさそう。







山本周五郎賞

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