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暗闇柳



暗闇柳は普通の目では見ることが出来ない。

暗闇柳は眠っている時の目でしか見られない。

眠っている器に入り込んだ彼等が暗闇柳を探すのだ。

どうしてそんなことをするかって?

それはまだ教えてあげられない。

だって君にはまだ知る資格がないから。










変な夢を見て目を覚ました。

顔のない人間に話しかけられていたような気がするが、内容はもう頭の中から消え去った後だ。

のっそりと布団から這い出てカーテンを開ける。

朝特有の太陽光が容赦なく目に飛び込んできて、思わず眉をひそめる。

視線を床に移したまま部屋から出て洗面所へ向かう。

いつもと同じ朝のルーティン。

歯を磨いて顔を洗い、ご飯を食べて、出かける用意。

通常運転。

夢の内容さえ思い出さなければ、通常運転の朝だった。

ことは歯を磨き終わり、顔を洗った時に起こった。


不意に洗面台の鏡が陰り、後ろに何かが見えたのだ。

それは夢で見た顔のない人間に似ていた。

というより、そのものだ。

まだ夢の中にいるのかと思い、三回ほど目を擦り、それでも消えないので二回顔に水をかけた。

呼吸音が聞こえるくらい大きく息をする。

そして鏡を一瞥。

それはまだそこにいた。

しかし振り向くと、居るはずの場所には誰もいない。

どうやら鏡の中にだけ、それは存在しているようだ。

それの映っている部分の鏡にそっと手を触れる。

冷えている鏡の感触しか、そこにはなかった。

目を凝らして顔のない人間を観察する。

本当に夢で見たのと同じで、目もない、口もない、鼻もない、眉もない。

でも、と思い出す。

何もないのに何か言っていた、と。

どうしてそれが聞き取れたのだろう。


夢だから?


そう考えるのがきっと妥当だ。

頭を振って洗面所から離れる。

正確には離れようとした。



強いめまいがして思わず膝をつく。

頭の中で声が響く。




暗闇柳を見つけたんだ


やっと見つけた


三年もかかったよ


さ、もういいだろう?


交代だ


今度は君が見つける番だ


暗闇柳を見つけるまで、器には戻れないよ


それじゃ、頑張ってね







頭痛がして強く目を瞑った際に何も見えていないはずの目の奥で、一瞬だけあの顔のない人間に顔が浮かび上がるのが見えた気がした。

それは紛れもなく、自分の顔だった。

自分の顔を見間違える人間なんていない。

でも、あれが自分だったのなら、今、この考えを巡らせている自分は何者なのか?

ふと周りを見ると暗くなっている。

先程まで朝だったはずなのに、カーテンを開けたはずなのに、洗面所で歯を磨き、顔を洗ったはずなのに。

全部が違う。

全部。

カーテンをもう一度開ける。

知らない街並みが窓の外にある。

遠くの方にゆらゆらと揺れている細長い木が見える。



クラヤミヤナギ……



そんな言葉が口から出た気がした。






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