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マシーン


色が見える。


夢に色がついている。


それは普通のことではない。


少なくとも俺にとっては。




三秒おきで彼はその言葉たちを口にした。

そのことを強く覚えていたので、夢でも同じ光景になったのだと思う。

私はその夢を見て目覚め、昨日から続いている風邪の影響を受けている体を無理矢理に起こす。

リビングに移動して、テーブルに出しっぱなしになっている水の入ったペットボトルを少し迷ったが口にした。

ぬる……

当たり前だが温い。

しかしそれを口にせずにはいられなかった。

立ちっぱなしだと疲労が襲ってくるので、床にどかっと座る。

そして夢の中の彼を思い出す。

姿は相変わらず二十代の頃のまま。

髪の毛も相変わらず前髪が長くて邪魔そうだったこと。

隙間から見える目はガラスのように透明だったこと。

ガラスのように、というより、彼は本当にガラスの目だったのだが。



ガラスじゃなくて機械、マシーンだ



空耳だろうか、彼の声がすぐ近くで聞こえた気がする。

座ったまま部屋を見渡すが、私以外は誰もいない。

各家庭に一台は必ずあるはすのロボット掃除機すらも私の家にはない。

静か。

時計だってデジタルで、この部屋で音を鳴らすものなど冷蔵庫くらいだ。

妙な夢見たせいだな……きっと

ため息を吐くと幸せが逃げるって、前にお前が言ってたぞ

は……?

やはり、どこかから彼の声が聞こえる。

もう一度部屋を見渡す。



夢じゃないぞ、こっちだ



テーブルの隅にちょこちょこと動く物体があり、顔を近づけてみるとぴょんぴょんとジャンプしている。

蜘蛛……いや、き、かい?

そ、機械、マシーンだ

は?

頭痛がしてきたので額に手を当てる。

その様子を見ているのか見ていないのかわからないが、状況を伝える彼の声が聞こえてくる。

俺、昔からマシーンとの適合率が高かったから

今は色々なマシーンに意識を移してこうやって動作確認をしてる

え……っと

頭痛がさらにひどくなるのを感じながら、蜘蛛……型のマシーンに話しかける。

あのさ、うん

君がマシーンを通じて私に話しかけているのはわかった、うん

でもさ、これって……

その……あんまりよくないんじゃないのかい

マシーンに意識を移行して動かすっていうのは、たぶん極秘案件なんじゃ……?

蜘蛛型のマシーンは飛ぶのを止めたかと思うと、それっきり動かなくなった。

頭痛がひどすぎてこれすらきっと夢だったのだと、そう思えてならない。

ベッドまで移動するのも面倒で、そのまま私は目を閉じた。







なんだかいい香りがして私は目を覚ました。

コトコトと何かが鳴っている。

私はいつの間にかベッドで眠っていたらしい。

体を起こしてリビングに向かう。


えっ……!

ああ、目が覚めたか

なんで、いるんだい?

そりゃあ、秘密を知られたからには保護するしかないだろう

ひみつ……?

マシーン、さ

彼は小さな蜘蛛を掌に乗せて私に見せる。

あれって、夢じゃ……

残念ながら夢じゃない

昨夜の動作確認中にお前が薬局からふらふら出てきたのが見えてな

服にくっついて部屋にお邪魔させてもらったのさ

彼は私が眠っている間に、部屋の中をくまなく捜索していたようだ。

そして私があまり楽しくなさそうに過ごしているようだったので、秘密をわざとばらして彼の仕事を手伝わせることにした、そういうことらしい。

……でも、なんで私なんだい?

んー、そうだな

お前は自分と人が見ている景色が違うことを理解できるし

違うことを認めることができる人間だったから、かな

そう話す彼の目は相変わらずガラス色だった。

すかさず彼が私の考えを読み取ってこう口にする。



ガラスじゃない、マシーンだ










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