見出し画像

影の日


影の日が近づいている。

そのせいか街の子供たちは、普段よりも少しばかり暗くなっていた。

いつも意味もなく喚き散らしているあの子供たちが静かだと、街の活気もなくなってしまった気がする。

特に驚いたのは、子供たちのなかでも取り分け能天気で明るい子が不安げな表情でおどおどしていたことだ。

あの能天気な子でさえも、影の日は怖いものらしい。

たかだか数十年に一度の日で、それが子供たちの通過儀礼の日と重なっただけだというのに。


そんなことを考えながら、儀式の準備をしていると後ろの扉が開いた。

重たい石で出来ているの扉を開けることができるのは、そうそういない。

教祖様かそれとも……。

一度手を止めて振り返ると、そこに居たのは思いもよらない者たちだった。


せんせい……


小さな声でそう言って子供たちが近づいてくる。

よく石の扉を開けることができたなと感心しながら子供たちの様子を眺める。

ここに来たのは三人。

本や機械が好きで図書館や博物館、街工場にも頻繁に足を運び知識を蓄えている真面目な子。

いつも静かだけれど急に狂ったように体内に蓄積された力を発散する子。

そしてあの、能天気で明るい子。

この三人が一緒にいるのは珍しいなと思いながら声をかける。


どうしたの、君たち

通過儀礼の日はまだ先だよ?

うん、あのね先生にお願いがあって来たの

うん?

あの、えっと……

ああもう、早く良いなよじれったい!

う、ごめんなさい……

いや謝る必要ないよ、今のは頭でっかちが悪い

誰が頭でっかちだよ!

あんた以外に居ないでしょ!

なんだと!

なによ!


相変わらず一緒にいると、真面目な子と能天気な子は言い合いをするのだなとこちらも呑気に考えていた。

そして久しぶりに聞いたなこれ、と。

最近静かだったから、妙な懐かしさがある。


ほら、喧嘩しないで


二人の間に割って入るように体を動かし、距離をとらせる。


それで、どうしたの?

……先生、通過儀礼の日なんだけどさ

少し早くできないかな!

せめて影の日の前!

お願い!

無理ですね


真面目な子と能天気な子の必死な物言いと下げられた頭を見ても、通過儀礼の日を変えることは出来ないので即答した。


通過儀礼の日を動かすなんて出来るわけないでしょう

君たちは教祖様のお話しをちゃんと聞いてなかったのかい?

何千年も続いている伝統の日を急に変えることなんて出来ません

そもそもね、この通過儀礼の日がどうして特定の日になったのかとい

あーーーー!

ストップ、もういい!

いいです!


能天気な子は叫ぶとそのまま石の扉から外へ走り去る。

その脱走というか逃亡の様子を見て、残った二人もそれに続く。

いったい何をしに来たのだかと愚痴をこぼし、中途半端に開いている石の扉に近づく。

きっちりと扉を閉め、今度は外側から開けられることがないように細工をする。


これでゆっくり準備ができる。

私は祭壇へ戻り、先程の続きに手を付け始めた。



影の日を通過儀礼の日に呼び込むための大切な儀式の準備だった。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?