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小さい穴を見つけたなら、直ぐにふさぐこと。

見てみぬふりをしたり、後回しには決してしないこと。

もし直ぐに修復しないのならば、あなたに危険が及ぶことを忘れてはならない。



両親、祖母、司祭や教師たちに小さい頃からずっと教え続けられた生きていくためのルールだ。

どうして今頃になって思い出したのかと問われれば、ワタシがコミュニティから抜けたことに関わってくるかもしれない。

とはいえ、コミュニティを抜けたのはもう一ヵ月も前なのだ。

コミュニティを抜けようと心に決め、抜ける日も決定した。

わりととんとん拍子でことが運んだのに違和感を覚えたが、さっさと抜けられるのならそれでいいと思って気にも止めなかった。

コミュニティを抜ける三日ほど前、ワタシは小さな穴を見つけてしまった。

それは協会の一番後ろにある長椅子の隅にあった。

もうコミュニティを抜けるワタシには関係がないと思い、修復はしていない。

そして小さな穴の存在を誰にも伝えていない。

協会は毎日のように人が訪れる。

ワタシが報告しなくても誰かが気がついて修復するだろうと思ったのだ。

だからワタシはそのままコミュニティを抜けて、妙なルールのない新天地でのびのびと過ごしていた。

しかし、最近になってあの穴の存在を思い出し、それからずっと気にかかっている。

一ヵ月だ。

流石に修復されているはず、そう思っているし、願っている。

迷信だと思ってはいるが、ワタシに危険が及ばないように修復されていてほしい、と。





新天地に来て二ヵ月が過ぎた。

最近、ワタシの周りでは変なことが起きている。

ワタシがどこへ行っても、先々で小さな穴を見かけるのだ。

道を歩いていてもブロック塀や街路樹にお店の看板や電柱。

ワタシの家の中にも十はいかないが、それくらいの数の穴がある。

それから街全体に虫の被害が増えており、農作物にも影響を及ぼしている。

季節外れの強風。

動物たちが街から消えた、あのカラスでさえも。

街に暗い影がかかっているようだ、とワタシは感じた。

この街に来てから二ヵ月しか経っていないが、新しい街に移動するべきなのかもしれない。

そんなことを考えながら、ワタシは穴の増えた家で眠りについた。





夜中。

ワタシは左足に激痛を感じて目を覚ました。

ベットサイドのランプを付けて明かりを確保する。

そして上半身を起こし左足を引き寄せて何が起きたのか確認すると、何かに噛まれたような跡が見えた。

もう少しよく見ようと足に顔を近づけるが、その前に部屋の異常に気がついて短い悲鳴をあげる。

部屋の中に大量の虫が這いずり回っている。

しかも全て見た目からして近づかない方がいいような虫たちだ。

ワタシはベッドの上に小さな蟻が数匹いるのを認めた。

床と接している部分から上がって来たのだろうと考えていると、耳元で羽音が聞こえて体が跳ねる。

出くわしたくない大きな蜂が部屋の中に飛んでいる。

しかも数がだんだんと増えてきている。

原因はわからないけれど部屋から出なくては、と思い急いでベッドの近くにある靴に足を入れようとした。

しかしその瞬間、首筋に激痛が走る。

ワタシはそのまま床に顔から倒れてしまう。

床を這いずる虫たちが、見たくなくても見えてしまう。

遠くの方にいる一匹の蟻と目があった気がした。

蟻はそのままワタシに向かってくる。

恐怖を感じて目を閉じる。


羽音が増えているのを聞き取って、そろりと片方の目をそろりと開ける。


そこには、遠くにいたはずのあの蟻が目の前にいた。





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