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純文学の水先案内人、福田和也さんを悼む

文芸評論家の福田和也さんが亡くなった。

以前「私に影響を与えた有名人」というリストをXでポストしたときに福田さんの名前を挙げたら、「意外ですね」と言われたことがある。

私は保守の論客としての福田さんを支持していたわけではなく、読書の幅を広げてくれたことに格別の恩義を感じているのだった。

そのきっかけはこちらである。

2000年3月に刊行されたときはずいぶん話題になった。

というのも、現役の作家100人(純文学50人、エンタメ50人)の代表作3〜5作を100点満点で採点するというとんでもない本なのだから。

実際、1点違いとかになると何がどう違うのか説明するのは困難だろうし、その矛盾はやっている本人が一番わかっていただろう。

それでもあえてやってみせたのは、文壇へのカンフル剤としての効果を期待していたのだろうか(爆薬という感じもするが)。

批評家もともすれば作家と仲良しになる。馴れ合いの文壇が福田さんには耐えがたかったのかもしれない。

私はこのころ、大検予備校に通っていた。私がそれまで読んできた作家はせいぜい以下の人たち。

灰谷健次郎……NHK教育テレビの「人間講座」で彼の教育論に興味をもって小説も何冊か読んだ。
沢木耕太郎……『深夜特急』ほか。海外旅行に対する憧れから。
筒井康隆……ちょうど断筆宣言のころだったと思うが、初期のブラックユーモア短編にハマる。
村上龍……庵野秀明監督の「ラブ&ポップ」を見たのちに原作を読み、他の作品も何冊か。
山田詠美……定番の『ぼくは勉強はできない』など数冊。

他にはエッセイを読むとか、そのくらいしか広がりがなかったので、『作家の値打ち』のおかげで「読むべき作家と作品」がわかったのはありがたかった。

クラシックでも名盤ガイドはあるし、小説でも名作ガイドはあるだろう。しかし、現役作家の名作ガイドは当時あまりなかったのではないだろうか。

『作家の値打ち』で最高点の96点をつけられたのは以下の3冊。
ちなみに90点以上は世界文学レベルと評されている。

福田さんとの出会いで一番ありがたかったのは、古井由吉を教えてもらえたことだ。

純文学好きには神様みたいな存在だが、一般的な知名度はない。このときに知る機会がなければ、又吉直樹が芥川賞を取ったときに初めて知ったかもしれない(又吉さんは古井さんを尊敬していて、よく話題に出している)。

私の本棚の片隅には古井由吉コーナーがあって、初版本が40冊近くある。蒐集癖はあまりないのだが、古井さんの初版本を集めるのだけはなぜか凝っていた。

続いてこちら。

作家としての石原慎太郎を誰よりも評価していたのが福田さんであったろう。

政治家やタレントとしての印象が強く、芥川賞作家であり芥川賞の選考委員でもありながら作家と見なされていなかった石原慎太郎。

福田さんの推薦で『生還』『遭難者』なども読み、純文学作家としての石原慎太郎を早くから知れたのはよかった。

私は村上春樹を初めて読んだのが大学に入ってからという遅さだった。

村上龍は読んでいたのだが、高校時代、春樹という名前の教師に嫌な思いをさせられたせいもあるのかも😓

『ねじまき鳥クロニクル』から入るというのも凄いが、大学時代に大学図書館にあった『村上春樹全作品』を一冊ずつ読み進め、代表作はだいたい読んだ。

『作家の値打ち』に出てくる作家は、名前も聞いたことがない人が多かった。

例えば、小島信夫や河野多惠子。

純文学の大家に出会わせたくれたのが『作家の値打ち』だったのだ。

この本に出てきて読んだ本で、記憶に残っているものを挙げてみる。

他にも読んだはずだが、『作家の値打ち』のおかげで初めて読んだ作家は数多い。

ある程度の数の作家を読めば、あとは芋蔓式に広がっていくものだ。

福田和也さんはまさに私にとって小説の、特に純文学の水先案内人であった。

宇野功芳がクラシックの水先案内人であったように、福田さんのおかげでどれだけ小説の面白さを知ることができただろう。

別に読み方を教わったわけではない。「この本とこの本は読んでおくといいよ」と言って、毎週本を貸してもらった感じ。当時そんな人は私のまわりにいなかった。

訃報を聞いて懐かしくなり、『作家の値打ち』をネットで買い直した。

最近すっかり本離れしてしまっている私はこの本を初めて読んだ二十歳のころの自分を思い出せるだろうか。

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