バッハの音楽に鼻息は必要か 上野通明の「B→C」
オペラシティリサイタルホールで上野通明さんの無伴奏チェロ・リサイタルを聴いてきました。
タヴナー:トリノス(1990)
クセナキス:コットス(1977)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012
森 円花:不死鳥 ── 独奏チェロのための(2022、上野通明委嘱作品、世界初演)
ビーバー:《ロザリオのソナタ》から「パッサカリア」
ブリテン:無伴奏チェロ組曲第3番 op.87(1971/74)
前半で帰ったので後半は聴いてません。
前半で帰ったのは目玉のバッハにがっかりさせられたからです。
理由は2つあります。
①鼻息、唸り声がうるさすぎる。
第1楽章の前半までは清々しさを感じさせてよかったです。
ロミオやハムレットほどの苦悩はないにせよ、何かの物語の青年が旅立つシーンのようにも聴こえました。
後半になって、鼻息か寝息のような呼吸音が目立ち、人の声らしき音も聞こえたので、誰かがいびきをかいていて、近くの人が注意したのかと思ったほどです。
第1楽章の真相はわかりませんが、だんだん後になるにつれて上野さん自身の鼻息や唸り声だとわかってきました。
そこで生じた疑問は、
①大きな鼻息を響かせないと弾けないのか?(体力あるいはテクニックの問題)
②鼻息も含めて音楽と考えているのか?
です。
前者なのだとしたら、肺活量トレーニングをしたらどうかと思いました。
私にはバッハの音楽の妨げにしか聞こえませんでした。
おそらく②の理由なんだと思います。
グールドは鼻歌を歌いながら録音してますが、あれは天才ゆえのなせる業です。
それに、録音とライブでは聴こえ方が違います。
上野さんは奏者が没入してる感じを醸したかったのでしょうか?
だとすれば、それは音楽表現とはまったく関係のない「演出」だし、ナルシシズムさえ感じてしまいました。
音を聴かせる演奏家がその音に重なる生理音を絶え間なく出し続けるのがよいとはとても思えません。
バッハの音楽に集中できないのです。
アスリートでも「頑張ってる姿」を見せないタイプの人はたくさんいます。
そこに美学があるわけです。試合でのパフォーマンスがすべて、それだけを見てほしいという姿勢です。
鼻息や唸り声を響かせながらバッハを弾く姿が果たして美しいでしょうか。
②オリジナルの解釈が感じ取れない。
これが2つ目の理由です。
「ここをこう工夫しました」「これが上野のバッハです!」という説明を聞きたいくらい、工夫のしどころを感じ取れませんでした。
バッハの音楽ってとてもロマンティックだと思うんです。
「G線上のアリア」なんかまさにそうですね。
いくらでも感情を乗せられるだろうに、伝えたいものが特にない人の演奏に聴こえました。
「カラオケバトル」や「のど自慢」でも歌自慢タイプは大勢います。
彼らが何を欲してるかというと「歌うまいですね!」という称賛なのです。
反対に、選曲からすでに「伝えたいものがあるんだろうなぁ」と感じさせる人たちもいます。
歌の技術が拙くても、私はそちらの歌の方が好きです。
歌自慢の人たちの選曲は概してテクニックが効果的に聴こえるものばかりです。
心のこもっていない(あるいは「褒めてほしい」という思いのこもった)歌を聴くのはつらいものがあります。
小学生男子が尾崎紀世彦の「また逢う日まで」なんか歌うと勘弁してくれと思います。
例外はいるにしても、大半は声量と音域自慢です。
チャンネルを変えてしまいます。
今回の上野さんは細かい音符が結構雑で、掠れたり濁ったりで美しく聴こえないし、フィナーレなんか田中祐子さんの「幻想交響曲」(YouTubeで見れます。学生オーケストラを振った映像です)のラストなみの雑さに感じました。
バッハの名曲は邦楽でいったら昭和の歌謡曲(それも阿久悠作詞)でしょうか。
堀優衣さんみたいに若くても昭和の歌詞に思いを乗せて歌う方もいる一方で、何の感情も伝わらず、修辞的な言葉だけが虚しく響く歌い手もいます。
バッハの無伴奏チェロ組曲は久しぶりに聴くので楽しみにしていましたが、演奏家としてだけでなく、人間として裸にされる怖い曲だということがよくわかりました。
塩だけしか使わない料理のように、ごまかしが利かないのです。
バッハのカーテンコールは1回でした。6番のカーテンコールにしては少ない気もするので不満の方もいらしたのか、あるいは演奏に比例して拍手も淡泊だったのでしょうか。
なぜ鼻息を響かせながら弾いてるのか?
テクニックがなくてそうなってるのか、それがいいと思っているのか。
私にとって鼻息はないにこしたことはありません。
必要最低限レベルの鼻息なら気にしません。
そういう度合いではなかったと思います。
バッハの無伴奏はチェリストそのものと言ってもいいでしょう。
私には前半で十分と感じたので後半は聴かずに帰りました。
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