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先輩のためにできることはあったかなと振り返った話

誰に聞いても
「仕事が早くてすごいよね!」
「患者さんにとても優しいよね」
と言われている先輩がいた。
何を聞いても笑顔で対応してくれる、頼れる先輩。
好ましく思う一方で、この人みたいにはなれないなと勝手に比較して落ち込んだ覚えもある。
こんな素敵な先輩でも解決できないものがあると、若かった私は知らなかった。


問題児が来た


ある日、勤務していた病棟に他の病棟で厄介払いされた問題児がやってきた。
ルールを守れず、スタッフからも患者さんからも苦情が上がるような強者。
「うちに回されても困るよね……」
「見てないところで何かしでかしたら、対応できないよ……」
彼はうちの病棟に来ても、プライドが高くて指摘を素直に受け入れられず、上司は手を焼いていた。
先輩は彼の指導者となり、なんとか一人前になれるようにと熱心に指導していた。
「さすがだね!」と同僚と彼の変化を楽しみにしていたのだが。

変わったのは彼ではなく先輩の方だった。
ある日の会議で先輩は
「彼にも考えがある、もうちょっと見守ってやってもいいんじゃないか」
と提案し、私たちは一様に衝撃を受けた。
もうすでに方々に迷惑をかけ、看護師としても社会人としてもお手上げ状態だったのに。
ここは仕事場であって学校じゃない。
まして、小さなミスが命に容易に直結する。
信頼関係も構築できないのに、どうやって見守れると言うんだ。
先輩が彼を擁護する根拠も薄く、ほとんどのスタッフが彼女の意見に困惑していた。

苦悩と闇


ある日の夜勤中、同僚から
「先輩とあの彼、夜一緒に歩いていたんだって~」
「は……?」
先輩には夫と子どもがいる。
彼にも恋人がいると聞いたことがあった。
先輩が彼を擁護していた理由は恋愛感情なのか…?
と、考えたときに彼女の人間性と闇が少し理解できた気がした。

先輩の中にある不安定な部分。
先輩は女性よりも男性スタッフの方が付き合いやすそうだった。
男性スタッフも先輩の分け隔てのない様子に、好感を持っている人が多かった。
今から思うと、先輩は男性に隙をわざと見せていたように思う。
辛い現実や満たされないものから目を背けるように。
大人同士だから他人が咎めることではないし、勝手にしてくれと思う部分もあった。
先輩を完璧だと思い込んでいたこちらも良くない。
だが、自身の不安定さと指導をごちゃ混ぜにし、職場に持ち込んだのがとても嫌だった。

先輩の抱えていたもの


その後、先輩は離婚した。
彼が原因だったのかは他人には分からない。病棟も先輩の希望で移った。
「向こうの病棟でも馴染んでないみたい。やりたいことを無理に押し通しちゃうみたいで」
と同僚が教えてくれた。

先輩の対応はいつだって心地のいいものだった。
今でも懸命に患者さんに向き合っていると思う。
でも、どうしても個人プレーになりがちだった。
先輩は、周囲に理解してもらうことを諦めていたように思う。
仕事は1人ではできないし、チームで当たるものだから歩調を合わせる必要がある。
1人で突っ走ってしまっては、いいことも実行できないし誰もついていけないのに。
人間同士だから周囲の理解を疎かにすると当然のように反発が上がる。
先輩は
「どうせ、何を言っても分かってくれない、それなら一人でやった方がいい」
と、壁を作っていたことにすら気づいていなかったのかもしれない。

今でもできることはないかも


先輩の辛さを今の私なら分かち合えただろうか。
当時は疑問と不快感で、私は先輩の痛みには向き合えなかった。
先輩は両手にあふれるほどの荷物を持っていた。
子育て、大黒柱、PTAの役員、病院の委員会の仕事、そして指導者。
荷物を分けてもらおうと思っても、「大丈夫」だからと本人が頑なに断り、何もできない。
壁が高すぎては助けに入れないし、壁を壊す余裕も一介の同僚にはなかった。

先輩のことをときどき思い出す。
彼女に救われる患者さんは多いだろう。
でもどうか自分のことも大事にしてほしい。
スタッフ全員が同じ志を持っていることはない。
でも、理解しようとする気持ちは少なからずあると思う。

先輩、お元気ですか?
今、幸せですか?


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