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ハートカクテルに酔っていた、すこし恥ずかしい話

徳島県神山町に『Hidden Library』という図書館がある。森の中にひっそりと佇む、とても小さな図書館だ。そこは、神山町の住人だけが使え、人生の節目である「卒業・結婚・退職」の時に一冊ずつ、その人の大切な本を預けることができる。1冊でも本を預けると図書館に入る鍵がもらえ、誰かの人生に影響を与えた本を借りることができる。

誰にでも思い出深い本があると思う。
僕にとっての一冊は、「ハートカクテル」。イラストレーターでもある、わたせ せいぞうさんの漫画だ。オールカラーの美しいイラストで描かれる大人のショートストーリーは、高校生の僕にとって憧れそのものだった。


高2の夏、コンビニでマンガ雑誌を立ち読みした時、4Pのカラーページに目が止まった。手書きのセリフと短編詩のようなストーリーに一目ぼれだった。アメリカの雰囲気を感じる色彩溢れるポスターのような一コマ一コマに心を惹かれた。同級生には「何がいいの?キザなセリフばかりじゃね?」とよく言われたけど気にしなかった。

確かに、キザなセリフは多い。

「これなァに?」
「たて18cm、よこ12cmの封筒に入った手紙さ...」

文字に起こすだけでムズっとするセリフ。
でも、そこがいいんだよ!と一人で力説し、小遣いを節約してスラムダンクなら3冊買える、一冊1200円のコミックを買い集めた。

ハートカクテルは毎回登場人物が変わるオムニバス形式のショートストーリー。男女二人を中心としたラブストーリーが多い。ハートカクテルが好きすぎて、マネをして、恥ずかしい失敗をした事が何度かある。思い返せば我ながらアホだなぁと思う失敗談を本編の一部と併せて紹介したいと思う。


「別れ池」
五年ぶりに再開した二人。
「私たちが別れたのは、あのボートに乗ったからよ」と橋の下を進むボートを指差す女。驚く男。
「知らなかったの? この池のボートに乗った恋人たちは必ず別れるらしいわよ」

長い沈黙の後、男が言う。
「もう一度あのボートに乗らないか?」
驚く女。
「だめになるかも知れない。けど、その前に付き合いが始まるのさ」
ボートの上で彼女は優しく微笑んだ。

僕が大学一年の時、夏休み直前に人生で初めて付き合った彼女にふられた。セミの抜け殻のように夏休みを過ごし、大学が再開した10月に学食で見つけた元カノジョに勇気を出して声をかけた。
「今度の日曜日、井の頭公園に行かない…?カップルが乗ると別れるって噂のボートがあるらしいんだ。」

この時の彼女の怯えた顔は今でも忘れられない。後で彼女の友達に呼び出され、二度とあの子に近づかないで!と釘をさされた。冷静に考えたら、ふった相手からこんな事を言われたら怖いに決まっている…
後日、仲の良い友達にこのことを話したら、7対0で「僕の行動はありえない」と認定された。

「和平ボタン条約」
ケンカをしてしまったあと、仲直りしたい気持ちを伝えるサインを二人は決めていた。
女「シャツの後ボタンを留めてくれる?」
男「ホットケーキを焼いてくれないか?」

ある日、二人は大きなケンカをしてしまう。
しばらくして、彼女が「お願い、ボタンをとめて」と聞くと、虫の居所が悪かった男は「イヤだっ!」と言ってしまう。彼女は家を出てしまった。シャツのボタンも留めずにどこに行ってしまったのだろう…

結婚1年目。
日曜日の朝に僕は妻と喧嘩した。部屋に閉じこもる妻に「ホットケーキを焼いてくれないかな?」と声をかけた。「焼く訳ないでしょっ!」と一喝され、一人で卵かけご飯を食べた。妻はハートカクテルを読んだことがないので伝わる訳がない。でも、その時は仲直りした後、「こんな話があってね」と会話するところまで想像しながら声をかけた。
ほんとバカだなぁ…
*ちなみに物語は、ハッピーエンドで終わります。

「こげ茶丸」
付き合ってた頃に、「犬を飼ったら(色)+丸」という名前をつけようと男が提案する。犬を飼う夢は叶わず二人は別れてしまうが、男の未練はなかなか消えない。数年が経ち「もう自分のことなど忘れてしまっただろう」と男は自分を納得させる。

ある日、男は別れた彼女の友達から偶然近況を聞く。彼女は最近「こげ茶丸」という名の犬を飼い始めたらしい。

男は彼女に会いに行くことを決めた。

この話が大好きで、僕はアカウント名を「こげちゃ丸」にしています。


ハートカクテルの中には親子を描いた話もいっぱいある。その中で特に好きなのが父と息子が初めてお酒を飲むはなしだ。

「5つ目のビアグラス」
家の裏の麦畑で父が旧友3人とビールを飲んでいる。高2の息子がビールを運びにいくと4人は父の昔の恋人の話をしていた。その日、父は席をはずせと言わなかった。

台所の母に呼ばれる息子。
「はい、枝豆持って行って。父さん達 何の話してるの?」
「野球の話だよ」

父は5つめのグラスをきれいにふいて、ビールを注ぐ。息子は青空の下、初めてのビールを飲んだ。

いつか、こんなふうに長男とビールを飲んでみたいなぁ、と思う。生真面目な長男は、「お酒はハタチになってからだよ」と真顔で言うはずだけど。

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