見出し画像

3Dプリントフード初(?)のレシピブックを公開しました2

今回の記事では、前回に引き続き「デジタルフードデザイン」に関する取り組みをまとめたレポートの内容を紹介します。

レポートのイメージ画像
64ページフルカラーの冊子を部数限定で作りました。

はじめに

私はフードデザインリサーチャーとして、エスノグラフィー調査やワークショップを通じてユーザーの発話や行動を分析し、ありうる食体験を探求してきました。
 今回ご紹介するような作品群は、デザインしたものを通じて議論を促すことを目的としています。予測と言うには粗末なものですが、「こんな未来もあり得るのでは?」という食に関するシナリオ(仮説)を、写真や3Dモデルで表現しています。これまでには、未来の食卓を描いた映像を制作したりもしました。

デザイン分野で近年用いられるキーワードに、スペキュラティヴ・デザインリサーチ・スルー・デザインコ・デザインSFプロトタイピングバウンダリーオブジェクトデザイン・フィクションデジタル・ファブリケーションなどがあり、これらを研究の軸としています。

作品紹介

さて、今回紹介する3作品のうち、一つ目は、未来シナリオ作成で用いられるスキャニング手法を基にしたリサーチから作ったものです。残りの二つは、生成AIを起点に、ありうる未来の食を想像したものです。

スター選手

一つ目は、推しのスター選手を食べて応援する、というストーリーです。
世の中には、さまざまな3Dデータが流通しています。その中には有名なスター選手の胸像や全身の3Dモデルが存在しており、無料のものもあれば数十ドルで販売されているものもあります。また、スター選手ともなると、大事な試合でゴールを決めた後のパフォーマンスがさまざまな角度から撮影され、それらを元に作成されたであろう3Dモデルさえ流通しています。オリンピックやワールドカップなどでは、数年前から複数のハイスピードカメラを用いた多視点映像や、その映像から機械学習によって関節位置を推定し、動きや姿勢をトラッキングする技術も実用されるようになってきました。こうしたエンタメの高度化と、3Dプリンタの普及が組み合わされた時、スポーツバーや自宅で、推しのスター選手をプリントして食べることもあるかもしれない?ことを示唆しています。
 3Dプリンティングの歴史(一般の人々も利用しやすくなった比較的短いもの)の中では、これまでに自分の顔を食べられる素材で3Dプリントするという実験的な試みはいくつか行われてきました。これをスター選手、つまり偶像的なものとして捉えたときに、その人を食べるということはどういう気分になるのか?果たしてそれは嬉しいこと、楽しいことなのか?また、権利はどこに帰属するのか?といったことまで想像を広げることができます。
 さらに、フードデザインの文脈には、〈某有名映画のキャラクターを模した肉塊を食べることで他種・リアルなもの・架空の存在との関係性を問うBBQ〉や、〈有害なものと思われがちなバクテリアの重要性を問い直すために、著名人から採取したバクテリアで作ったチーズ〉などの作品があります。有名な存在、ある種の偶像的な存在を人間が食べるという行為によって、何を得るのか?あるいは何を得たいのか?、また食べものの見方も変わるのか?を考えさせられます。
 他にも、人の乳から作ったチーズや、自らの細胞を培養して作った人工肉などの作品は、自分自身が食べものにもなり得るか?を検討しています。この背景には、都市の食品生産の可能性を探求するにあたり、バイオテクノロジーの進歩が人間の体を生産と消費の場としてどのように変えるか?という問いかけや、人間と動物の間の消費者主義的ヒエラルキーを解消し、食糧供給に対する新しい視点を提案するという目的があるとされています。
 このように、主体としての人間が食べると言う行為だけでなく、人間が他の生物のエサになれるか?また、人間の側の身体や食事、感情を変化させて味を変えられるのか?を調査、議論したインスタレーションなどもあります。具体的には、涙を飲む蛾のための「Moth Bar」や、人間の死んだ皮膚細胞を食べる魚を使用した「AnthroAquaponics System」、人間の体を探索するマイクロオーガニズムやウイルスのための「AlterGastronomy VR room」などのプロトタイプが制作されました。
 このようにして、固定された先入観から少し離れたところで、これまで食べていなかったものを食べられないか?もしくは、食べ方を変えてみるような仕方で、当たり前を問う働きをする作品が、フードデザインの一環として存在しています。そして、特にちょうど食べれるか、食べれないかの境界にあるような見た目や食べ方の場合、「食べる」ことを再認識させる力があり、とても面白いなと感じています。

ひとつめの作品ページ
推しの選手の顔を食べるとは、どのような感覚でしょうか

バナナを撮る

二つ目は、バナナ好きの主人公が、毎日撮影していたバナナの写真から3Dモデルを作成し、それを食べるというストーリーです。
バナナが絶滅する可能性を孕んでいるという有名な話をもとに、もし食べられなくなった場合でも、写真さえ撮っておけば再現可能なのでは?というコンセプトで展開しました。このプロジェクト当時、特に注目されていたPoint-Eというモデルを利用して、image-to-3Dの生成を試しました。2ヶ月間、実際に毎日食べる前にバナナの写真を記録し、それを用いて3Dモデルを生成しました。当然このデータを印刷して食べることはできていませんが、理論的には今でも実践可能です。食感をバナナそのものに近づけるのは難しいですが、データ生成自体は比較的簡単です。
 今回はアイコニックなバナナという食材を題材にしましたが、お気に入りの喫茶店のケーキや、思い出の料理などをとにかく写真で記録しておけば、未来の世界で再現できる可能性があります。これはある意味、民俗学的な試みでもあります。多くの人がスマホで食べ物の写真を撮ることが当たり前になったため、あまり意識する必要はなく、むしろしっかり保存することのほうが大事かもしれません。
 この半年だけでも、新たにShape-Eというモデルが利用できるようになり、より自然な形状を生成できるようになりました。多くの人々にとって写真撮影が身近な行為になったように、3Dスキャンのハードルも今後下がるでしょう。そうなるとAIの学習データも豊富になり、確実にimage-to-3Dの精度も上がります。そんな未来に期待を寄せながら、いまの食事をコレクションする行為は、新たな食の楽しみ方になるでしょうか?そこにはどんなニーズが現れるでしょうか?デジタルフードの可能性と、食べ物の写真の意味の捉え直しを示した、そんな作品でした。

ふたつ目の作品ページ
バナナのimage-to-3D

呪文で注文

三つ目は、text-to-3Dのモデルで食べものを生成するというストーリー。
これも先ほどと同じくPoint-Eのモデルで生成した食べもののコンセプトです。[sweet, fruit]という単純なプロンプトや、甘さを足すという意味で[sweet++++, fruit]、特定の料理名、レシピの食材を入力、真夏の〜という修飾語を入れたり、さまざまなパターンのプロンプトで実験しました。
 結果的には、まだまだ謎の形状の3Dモデルがオブジェのような見た目で生成されるにとどまっていました。とはいえ、よくよく考えると、甘いに対応する特定の形状の要素は明確に定義されているわけではありません。ブーバ・キキのように、音と視覚的な情報が甘いや酸っぱいといった味の感じ方に影響することはわかっていますが、絶対的な指標というわけではありません。年齢や食文化違い、また場面によっても味の感じ方は変わってきます。
 しかし、それは裏を返せば、これから定義していける可能性があるということでもあります。その過程をヒトとAIが対話的に進めていく面白さが、このコンセプトには含まれています。もちろんストーリーとしては、VUI(Voice User Interface)を通じて、料理を作れる未来のワンシーンを描きました。しかし、調理する本人が自由に味付けを変えるように、プロンプトの入力をアレンジすることで、少しずつ自分専用の料理に3Dモデルをキャリブレーションしていく関係性を見出しています。
 デジタルフードの研究においては、機械を用いた調理の自動化だけでなく、機械と人のコラボレーションの可能性も模索されています。生成AIによって、想像力を掻き立てられたり、思わぬ美味しさを発見したりする関係性もこれからのフードデザインの主要なトピックとして注目されるでしょう。

三つ目の作品ページ1
Point-Eを使って表した3D食品と各プロンプト
三つ目の作品ページ2
Point-Eを使って表した3D食品と同じプロンプトを画像生成AIに入力して得たイメージ画像

以上が、未来の食に対する実験的な取り組みと、そのためのプロンプト集の紹介でした。今回掲載した食品は、現在の技術を使えば(いくらか工夫は必要ですが)フード3Dプリンタで印刷し、実際に食べることが可能です。このようなリアリティと妄想が交錯する環境で、今回は主に「インプットの可能性」に焦点を当てました。しかし、これらの食品を実際に食べる際には、情報がどれだけスパイスになるのか、または手触りがどれだけ重要な要素なのかといった側面も考慮する必要があります。このような多角的な視点から望ましい食体験を探求する旅は、今後も続いていきます。

──
本記事の内容は私見によるものであり、必ずしも所属企業の立場や戦略、意見を代表するものではありません。

この記事が参加している募集

AIとやってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?