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書けない人の頭の中

今回は、文章が書けない私の頭の中で、何が起こっているのかを書こうと思う。上手く書けたかはわからない。


ただ、うまく書けていないだろうと思う。うまく書けていないから、こんな文章を書くことになったのだから。

これは、自分が1ミリでも前に進むために書いた。


文章が書けない事を書く

下手な文章も書き続けていれば、失敗を経験値にして、上手く書けるようになる。これは、なんだか、RPGの主人公になったような気分で、私のモチベーションは、最初は高かった。


しかし、書く事も思い浮かばず、何とかひねり出した言葉も、書いては消しの繰り返しで、記事の公開は、週一回のペースがやっとである。


そして、書いては消しの繰り返しで、疲れきり、とうとう文章が書けなくなってしまったのだ。


そうなると、

  文章が書けないから、文章が上達しない。

  文章が上達しないから、文章が書けない。

という堂々巡りとなる。


ただ、文章が書けないと言う事を、文章が書けないという一言で片付けていれば、何も進まない。


書こうとする事によって、文章という形にはなっていないが、頭の中では何かの変化が起こっているはずだ。


書こうとするとどうなるか?

私は、国語のテストの成績は、悪くなかったが、学生時代から、作文や読書感想文が苦手だった。


学校から課題を与えられた場合、大半が与えられた課題に興味を持てず、書くことが思い浮かばなかった。空白である。


そして、面白かった・楽しかった・可哀想だった程度の一行感想文程度しか思い浮かばなかった。


逆に、自分に興味がある課題だった場合は、頭の中に、言いたいことがたくさん思い浮かぶ。しかし、考えがまとまらず、上手く言葉にならない。そして、その言葉を文章にも出来ない。


つまりは、どちらに転んでも言葉が出てこない。


それでも、課題を提出する為に、文章を書かなければならない時は、ずっと考える。そうすると、断片的な言葉がバラバラ出て来る。


言葉を、組み立てようとすると重労働になる。文章をうまく組み立てられないため、順番を変えたり、言葉を足したり、色々な試行錯誤を、総当たりのような感覚で、無理矢理組み合わせる。


いうならば、設計図がなく、現場監督がいない状態の、建築のような物だ。その結果、不格好な文章を、人の数倍の時間をかけてやっと形にしている感覚だ。


与えられた課題が、長文や複雑な事象になればなるほど、自分の言いたい事と、表現できる事が、解離して苛立ちを覚えていた。


ただ、私も、設計図から書こうとしたりしたが、どうやっても、文章の設計がうまく行かなった。


ここの部分は、うまく説明できない。


言葉を使うのが苦手だった

その他にも、日記を書くことや説明することが苦手だった。かといって、学校の勉強の成績は悪くはなかった。ただ、正解には、たどり着けるが、それを説明できないのだ。


理由は、公式を覚えて、当てはめる暗記型人間だったからだと自己分析をしてみる。


言葉にして、論理的に考えて結論に至るように、本当の意味で言葉を使ってこなかったから、ここまで、書くことが苦手になったのではないか。


それは、問題と解答の間にある論理を考えず、暗記というもので飛び越えていたせいだろう。何度か似たような問題を解いていれば、暗記で事足りるから、深く考えていなかったと思う。


結局足りないものは

私は、書ける・書けないの間にあるものは、以下の四点だと考える。


読解力

思考力

言語化能力

文章力


●相手の主張したい事はわかるか?

これは、難しい内容でないならばわかる。テストのように、何が知りたいかを聞いてくれれば、それに対して答える事は出来る。

一応文章は読めているようだ。


●次に頭の中で、いいたいことはあるか?

興味が無いことに関しては、“知らねぇよ”で終わり、頑張って一行程度。


興味の有ることには、あれもこれも言いたいことがあり、自分なりの意見がある。しかし、上手く形に出来ない。ただ、上手い角度から質問がくれば答えられる。

また、他人の書いた文章をみた時に、これが言いたかったんだ。という悔しい思いをした事が度々あった。


思考は一応は発生している。言葉に出来ていないが、考えてはいるようだ。


●そして、その言葉を上手く形に出来ているか?

出来ない。


●終わりに、出て来た言葉を文章に出来るか?

出来ない


という感じだろうか。


おわりに

文章を書くためには、複数の能力があり、私には、複数個の能力が欠けているだろう。だから、優先順位をつけて、鍛えていきたい。


私に足りないのは、大きく分けて、

  ●言葉を形にするまでの言語化能力

  ●形になった言葉を上手く組み立てる文章力

の二段階があると考える。


だから、後者に属する、下手な文章と上手い文章を分ける、表現力のようなものは、いったん忘れよう。


取りあえずは、色々な事に関心を向けて、自分の感情・思考と向き合おう。そして、思考を整理し、言語化する訓練から始めていこう。


そして、質より量だ。


これが当面の目標だ。


あとがき

ノートを始めて、1ヶ月になった。そこで感じたのは、私は、文章を書くのは、得意ではなかったが、ここまで、ひどいとは思っていなかった。というのが、正直な感想だ。


下手な文章でも書き続けると言う、文章を書くと言うスタートラインの手前にいる事に驚いた。


私は、適応障害で心療内科を受診したとき、知能試験を受けた。その時に、発達障害のグレーゾーンだと言われた。ひょっとすると、文章が書けないのも、学習障害の影響かもしれないとも考えたりもした。


そして、一生克服できないのかもしれないと諦めているふしもあった。


ただ、主治医に相談すると、学習障害が原因とは言い切れないので、練習をしてみるべきと言われた。


今時点では、単に経験不足なだけか、学習障害で、専門的訓練が必要なのか。ひょっとすると一生克服できないものかも知れないかはわからない。


私が、将来文章がかけるようになるか、諦めるかはわからない。ただ、分かっている事は、表現になっていないかもしれない、表現をしばらくは続けてみようという事だ。


以上、ノート開始1ヶ月、五里霧中、色々と悩んでいる1利用者の声でした。

|д゚)チラッ