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Fifth memory (Philia) 16

「……? あの……貴方は……?」
「少年よ、力が、欲しいか?」
「はい?」
「強くなりたいのかどうかって聞いてるんだよ」

 この男は、出会い頭にいきなり何を……。

 見た目は、どこにでもいる……いや……ボロボロの服と下駄……それに釣竿という組み合わせはあまり見ないかも知れない……冷静に見るとかなり怪しい風貌だ。

 ただ、僕はその男の瞳の中から放たれる謎の威圧感に、いつの間にか目が離せなくなっていた。

 見た目に騙されてはいけない……この人はかなり強い……。

 アインによって研ぎ澄まされた僕の直観がそう告げていた。

 今このタイミングで訪れた僕が強くなれる可能性の種。

 なりふり構っていられない僕は藁にでも縋るような思いで男に叫ぶ。

「……強く、なりたい……いや、ならなければならないんだ! 彼女の……いや、僕自身のために!!!」
「……ふーん、嫌いじゃねぇな……そういう目をするやつはよ……ついてこい」

 男に言われるまま、後についていくと森の奥地へと辿り着いた。

 奥に行けば行くほど暗くなる、はずなのだが……何故かその場所だけ開けており、日の光が辺りを照らしている。
 ほどなくして、とても視界の開けた場所へと辿り着く。
 男は足を止め、その辺の木の枝を折り、小枝を僕の目の前へと放り投げる。

「そいつを使って、どこでもいい、俺に一撃当てて見ろ。良いかどこでもいいぞ」
「……」

 男は、半笑いを浮かべながら僕にそう告げる。

 僕は、男の方をじっと見据え、その棒を構える。

「いいねぇ、良い構えだ、お前さん、割と筋は良さそうだな」
「……あなたは……構えないんですか?」
「……んー、一撃当てたら、考えてやる」

 あの時のツヴァイと同じような言葉に、思わず下唇を噛む。

 舐められている……以前の僕ならそう感じたその言葉を今は……とても恐怖に感じる。

 この人もツヴァイと同じく、わかっているんだ……僕の実力では自分に一撃すら与えれないことを……。

 ふいに、風が吹く。強くないはずなのにその風に体が揺らされる。汗なのか冷や汗なのかわからないものが顔を伝って地面に落ちる。

 隙がない……間違いない……この人は僕より、遥かに強い。

「……」
「安心しろ。お前の実力はわかる。遠慮はいらんぞ」
「……なら……」

 でも、僕に後退の二文字はない。逃げれば何も手に入れることはできないが……立ち向かえば何かが、手に入るかも知れない。

 アインとの修行で僕が学んだこと……それは……。

 何事にも恐れずに、立ち向かう勇気を持つことだ!

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 姿勢を低くし、脚に力を込める。できるだけ大きく最初の一歩を踏み出し、そのまま一直線に男の方へ駆けて、間合いを詰める。

 小さな枝。このリーチの短さだ……間合いを詰めなけばそもそも当てられる確率すら皆無に等しい。

 草がかさりと音を立てるより早く、僕は男との距離を詰めた、もしかしたら、このまま当てられる!? そう一瞬、思考が走った、直後だった。

「いない!! どこだ!!!」

 ゆらりと、陽炎のように男の姿が残像となって視界から消え、霞のようなその身体を小枝が通過していく。思わず前のめりになった体勢を踏ん張り足を止めて周囲を見回す。

「後ろだ」
「っつ!!!」

 声のした方へ振り返るよりも早く男の拳が目前に迫っていた。
 だが、軽く撫でるような動きであるため慌てることはない。

 僕はその左のパンチを、右腕で受け止める。

 ツヴァイとの戦いのダメージがまだ残っており、撫でるような攻撃にも関わらず完全に勢いを殺すことは出来ず、その場に崩れ落ち膝を着く。

「……良い反応速度だ。やはり、あの女よりは見どころあり……か……」
「っつ……なんて早さだ……」
「だがっ、惜しいな」
「なっ!?」

 地面に俯きながら感じていた男の気配が再び消え、突然、男の足が地面に向いていた視界に入り込んできた。

「いっ、いつのまーー」
「男……なんだよなぁ……」
 
 鉛のような重い一撃が腹部にまともに入って、意識が飛びそうになる。

 あんな細い腕のどこにそんな力があるというんだ……。

「ほい、今日のレッスンはここまでだ。また、明日、気が向いたら相手してやるよハッハハ」

 その男の笑顔を見て……僕は何故か……サロスを思い出した。

 今は、思い出したくない、かつての親友の顔を……。

 
 ……謎の男は気が向いたらと言った割には、僕が訪れると短い時間ではあったが立ち合いに付き合ってくれる。 

 いつもこの場所に来ればどこからともなく現れる。

 本当に初めての時は、動きすら捕らえられなかったが、日を重ねるごとに一撃一撃をいなしたり、かわしたり出来るようになっていった。

 それは以前のアインの特訓の成果かも知れないが……とにかくこの男との立ち合いは一切の気を抜けない。張り詰めたままの緊張感に毛穴が逆立つような感覚をいつも覚える。

 常に、自分がここで死ぬかもしれないという危機感に晒される……この男から放たれている異常なほどの殺気のせいなのかも知れない。

 笑顔は絶やすことなく、それでいて殺気のこもったその一撃一撃。

 その恐怖は生への執着心を呼び起させた。それは考えることではなく、感じること。

 お行儀の良い、教科書のような動きではない、動物的な変則性……。

 受けること、いなすことは出来ても、それはスポーツやルールに乗っ取った上での戦いであれば有効ではあるが、こと生死をかけるような極限での戦いにおいては如何にして早く相手の動きを制する一手を打てるかが求められる。

 僕のこれまで行なってきた、セオリーだけの戦い方ではあの団長の三人に勝つことは出来ない……。

 とにかく、研ぎ澄ますんだ……僕の、僕だけの……勝つことへの執着を。

 
「今日はこの辺にしとくか、少年」

 謎の男との修行は早いもので、気が付けばもう一週間が経っていた。

 光明が見えないわけではない、今の僕は自分でもわかるほどに戦いの中で成長している。

 だとしても、相変わらずあの男に一撃を入れることも叶わず、日に日に自分の生傷ばかりが増えていた。

「……いや、まだ、だ……」

 痛む体を奮い立たせ、立ち上がる。

「熱いねぇ……嫌いではないんだが、焦りは、時に成長を遅らせる。また、明日気が向いたらーー」
「僕は!! 僕には時間がないんだ!!! こんなところで浪費する時間なんて!!!」

 僕のその一言に男は、大きくため息をつき、そばに置いてあった釣竿を担ぎ、僕に背を向け歩いていってしまう。

「まっ、待て!! 僕は!!!!」
「……一つ教えておいてやる。今のままじゃ100年経ったって、俺に一撃入れることは不可能だ」
「なん、だと!!!」

 僕は、怒りで男に飛び掛かろうとするが、足が思うように動かずもつれ、その場に転倒してしまう。

 男は、その様子を見て、再び大きなため息をつくと、あごの辺りを中指でかき、面倒くさそうに口を開いた。

「……あんまり、男相手にヒントなんか出す義理はないんだが……。はぁ、仕方ねぇ……良いか? 今、もつれて転んだみてぇにお前はそもそも足元がまるで見えていない。だから、まずは遥か先の目標より自分の現状を知るところから始めろ」

「なっ!?」

「心は、今のように熱く燃えてていい。が、頭は常に、冷静に、クールにだ。自分らしさのないがんばり! 方向性を見失ったがんばり!! お前はがむしゃらに頑張って強くなるような単純なクソ野郎とは、違うタイプのクソ野郎だ。じゃあお前みたいなタイプのクソ野郎はどうすれば強くなれると思う?」
「……」

 言われずともわかっている……がむしゃらにやることが自分には合わない方法であることは……僕は、サロスとは違う……誰よりも冷静でいなければならないんだ……感情に任せてはいけないんだ……。

「相手を見ろ、そして、その全ての動きを真似る事から始める。最初に必要なのはそれだけだ。簡単だろ?」
「……言うだけなら、本当に簡単なんですけど、ね……」
「おっ、減らず口を言う余裕は出たな」

 そう言って、男が笑う。本当に腹の立つ笑顔だ……でも、そんな笑顔に僕はどこか救われている、そんな気がしていた。

 相手を見る、そして真似る。それはアインとの修行の時と同じだった……。

 ただ、そこに本気の、生死を賭けるような緊張感が伴う……何度も、同じように繰り返す……この男との修行……立ち合いの中でそんな甘い考えではいつか僕は死ぬ。

 本来、一度きりしかない戦いの中で相手を見るなんて行為は、自分の敗北、死に繋がるような愚かなことだ。 
 
 だから、本能のままに動きを真似て、覚えた動きで四肢を、肉体を動かしつつ、頭ではしっかりと相手を観察し続ける事。
 
 更には攻撃されたら即座に次の動きに対して最適解の行動を決定し、再度、本能でもって対処する……。

 そんなこと、本来は不可能な事だ。

 理性がある人間には反応反射で戦えるような身体的な能力、術は本来備わっていない。

 普通は感情のままに自分の身体を動かして自分の感覚だけで戦うこと。
 
 もしくは覚え込ませた動きで冷静に相手の動きに対処しながら戦うこと。

 そのどちらかしか行えない。

 逆のことをしているような戦い方。そう、そんな無茶苦茶な戦い方。

 これが男の言う、僕の戦い方の答えなのかはわからない。
 

 けど、修行を開始してから二週間程が経った頃。

「……行きます!!」

 一切の雑念を捨て、僕は初めて対峙した時と同じように男へと一直線に駆け出す。

 ゆらりと陽炎のように消えた瞬間、ビリビリとした殺意に反射的に上を向き、素早く転がり、着地点を逸らす。転がりながら近くの小枝を拾い、投擲し、体勢を立て直す。

 男は、僕が元居た場所へ着地すると同時に投擲された小枝を左手一本で掴み取り、僕へと投げ返す。

 最初に真似をすること。

 それを思い出して僕は投げ返された枝を再び掴み返す。
 そのまま咄嗟に空中へ高く飛び上がる。上空で回転を加えながら、男に向けて下に落下する勢いのままで蹴りを放つ。

 男は、その蹴りを左足で蹴り上げて受けとめ、僕の攻撃の勢いは相殺される。

 だが、ここまでは想定通り、僕は冷静だ。
 このタイミングを狙っていた僕は投げ返された小枝を男の額に向けて、もう一度投げつけた。

 男は、少し驚きながらも冷静に頭だけを右側へと逸らす。
 ここだ! 同時に僕は隠し持っていた小枝を反対の手で握り込む。

 僕の蹴りを受け止めている男の足を地面のように利用して力の掛かる方向へ踏み込んで空中で回転する。
 そのまま男に向けて枝が視界に入らない位置に身体を滑りこませながら、隙を見て振り下ろした。

「……どう……ですか?」
「……まっ、上出来、じゃねぇか?」

 わずか数ミリ、そんな僅かなものではあったが、僕はその男の額のハチマキを破ることに成功した。

「まさか……背中にもう一本忍ばせ、投げた小枝に意識を向かせ無防備になった頭を狙ってくるとは思わなかったぜ……」

「リーチの短さ、そして折って投げれば、視線は自然と投げた小枝に向く。更に、上空からの派手な一撃と、投擲した武器を処理すればもう他には何もない……その油断があなたの意識、注意力を分散させる、そう、思いましたから」

 男は、僕の考えを聞いて大声をあげて笑った。

 正直、勝算は五分五分だった。この男が僕のように他に武器を隠していたり、もしくは最後に投げた小枝をそのまま叩き落とされていたならこの作戦は成功しなかった。

 けど、これまで観察してきた結果この男は武器をまず持たない……そして、飛んでくる飛翔物に自然と視線が向く。いつだったか立ち合いの最中に飛んでいた虫を素手で捕らえ自慢してきたことがあった。

 おそらく、あれは意図的にではなく、この男の言わば習性みたいなものなのだろう。

「……見事……」
「……」
「俺の教えることは何もねぇ」

 そう言って、男はいつものように釣竿を持って森の出口へと歩いていく。

「えっ!?」
「じゃあな、少年」

 男は、一度振り返り、僕にあの眩しいくらいの笑顔を向ける。

「まっ、待ってください!! まだ、僕はあなたに掠るような一撃を入れただけでーー」
「でぇじょうぶだ。もう、お前さんはその辺の……そうだなぁ、本気度40%の俺には勝てるくらいには成長してるさ、なんたって少年は『生身の人間』なんだからな」
「どっ、どういうーー」
「こっからどうなるかは、お前さんの心、次第だ」
「いやまっーー」

 瞬間、男が放った見えない一撃を、本能のままに掴み、それを男に向かって投げ返す。
 
 投擲されたナイフだ。だが掴むまで何も見えなかった。

「んっなっ! 今、のは……」
「ほーら、な。不可視の一撃にすら、本能で対応が出来るようになってやがる」
「なっ……!? 今何をしーー」
「相手を倒すことを考えるな。お前は、相手の戦う力を奪う、それだけ考えりゃいい。それ、だけでいいんだ」
「待ってください!! あなたはいったい!!!!」

 その男は、ニッと笑顔を浮かべると突然吹いた、強風により巻きあがる砂埃と共に僕の前から煙のように消えてしまった。

「……何者だったんだ……あの、人は……」

 最初から最後まで謎だった強者の手ほどきを受け、自分の寮の部屋に帰ると、一枚の手紙が届いていた。

 差出人はツヴァイだった。内容はたった一言、明日楽しみにしているぜ。と目一杯大きな字で書かれていた。

 字が汚くて正確には読めないが多分そんな感じの事が書いてあるはずだ。
 もし何か他に重要な事が書いてあったとしたら文句の一つでも言ってやろう。

 そうか……気づけばあっという間に時は過ぎて、決闘の日を明日に控えていたのか。

 僕は、いつもより早く布団に入り、目を閉じた。明日が怖くないと言えば嘘になるが、僕はなんとかなる、出来る。という根拠のない自信が心を満たしていた。


続く

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