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Fifth memory (Philia) 01

「嫌だ! フィリア!! フィリアァァ!!!」
 
 ヤチヨの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 ごめんよ、ヤチヨ……でも、君にはヒナタがいる。寂しくなんかないはずだ。

 消えそうになる意識の中、ふと、今までのことを思い出す。

 楽しかったこと、怒ったこと、悲しかったこと色々あったはずなのに……そのどれもが色のないモノクロに見える。

「僕は、死ぬ、のかな?」

 吸い込まれるように天蓋の奥へ奥へと体が吸い寄せられていく。

 その時、初めて感じた死を覚悟した。

 死というのは、驚くほど呆気なくて、そして虚無だった。

 怖いとか、嫌とかでもない……何もない、まさに、無だった。

「母さんも父さんもこんな気持ちだったのかな? 最後の瞬間は……」

 両親の顔がふと、頭に浮かんだ。

「兄さん、今、どこにいるんだろ……?」

 心残りがあるとすれば……今もどこかにいるかも知れない兄とそして……。

「ヒナタ……ごめん」
 
 届くはずもないのに、謝罪の言葉をつぶやく。

 せめて、ちゃんとお別れを言えば良かった……。

 意識が徐々に自分のものでない何かに変わっていくのを感じる。

 これが、選人でないものが天蓋の中に入った罰。

 理を外れたものの末路か……。

 ヤチヨを逃がしたら、サロスのところへ向かう、僕自身が決めたこと。

 サロスを一人にするなんて僕にはできない。

 だって! サロスは僕の初めての、親友だから!!!!

 自分の意識が薄れていく中で、昔の記憶がふと思い出された。

 遠い日を思い出しては次々と消えてゆく。 薄れゆく意識は溶けるようにして朧げに、儚げに。

 少しずつ、少しずつ、僕の中から、散っていった。

「――――ア? ―――リア? フィリア! どうしたの?」

「えっ? あ、ううんっ? なんでもないよ! 母さん」

 僕がそう言うと、母さんは「そう」っと小さく微笑んだ。

「父さん、今日も帰ってこないの?」

「そうみたいね、お父さんお仕事、忙しいみたいだから」

「ふーん」

 兄さんは、納得したようなしていないような曖昧な返事をする。

 この日は僕と、兄さんと、母さん、三人だけでの食事。

 最近はずっとこんな日が続いていた。

 『天蓋』の様子がおかしいせいで、父さんは最近なんだか忙しいみたいだった。

 『天蓋』と言うのは、父さんの働いている自警団の人たちがずっと見守っている場所のこと。

 その『天蓋』の中には『わざわいをよぶもの』という怪物のような存在が封じ込められていると聞いたことがある。

 父さんたち、自警団の人たちは、その『わざわいをよぶもの』が『天蓋』の外に出てこないよう、見張り続けるのがお仕事らしい。

 でも、長い間、その『天蓋』には何の異変もなくこれまでは、平和、そのものだった。

 だから、いつの間にか自警団のお仕事の内容は、困っている人を助ける事が主な仕事となっていた。

 毎日、日が落ちて、暗くなって、帰ってきた父さんと一緒に、母さんと兄さんと僕の四人で食事をする。

 その時間が、僕の一番大好きな時間だった。 けど食事の時間はいつしか三人で過ごす時間になっていた。

「ごほっ、ごほっ」

「母さん!?」

「フィリア!! 俺は先生のとこに行ってくるから、母さんを頼む」

 そういうと、兄さんはすごい速さで家を飛び出していった。

「だっ、大丈夫。少し、咳込んだだけじゃない」

「母さん、横になって休んだ方がいいよ」

「ありがとう、フィリア」

 母さんは僕に笑顔を向け、よろよろと立ちあがり、ベッドに横になった。

 小さな手で横になった母さんの背中をさする。こんなこと位しか今の僕には出来ない。それがとても歯がゆかった。

「ナールは?」

「ヨウコ先生のところ」

「そう、ありがとう。でも、少し眠れば良くなるわ。ごめんなさいね、こんな身体で」

「ううん、そんなことない。早く元気になってね母さん」

 その言葉に答えるように、母さんは僕の大好きなその微笑みを向けてくれた。

 しばらくして、兄さんが息を切らせながらヨウコ先生を連れて帰ってきた。

 ヨウコ先生も焦っていたのか、長い髪も服装も少し乱れ気味だった。眼鏡も少しズレているような気がする。

 大きく息をしながら呼吸を整えつつ、ベッドへと先生は近づく。

「メノウ、あなた。また無茶したのね……」

「ごめんなさい、ヨウコ」

「まったく……いい? もう、あなた一人の体じゃないのよ」

「それは……わかっているんだけれど……」

「ヨウコ先生、母さんをいじめないで……」

 僕が、キュッとヨウコ先生の袖を引っ張った。

「フィリア、違うのよ。母さんが悪いの。ヨウコ先生は悪くないのよ」

 母さんは、先生の袖を掴んでいた僕の腕を優しくほどき、そのまま自分の手を僕の頭の上に手を乗せ、優しく撫でてくれた。

「フィリア君は、優しいのね」

 そう言って、ヨウコ先生も優しく笑った。

「とりあえず大きな問題はなさそうでよかったわ」「ごめんなさい。いつも」

「そう思ってるなら少し愚痴でも聞いてもらおうかな。メノウ、あなたのところの兄弟二人とも優しいし、素直でお母さん想いで羨ましいわ。うちの子は最近、早い反抗期なのか言うことも聞かないで本ばかりみているのよ? いや、まぁ、そりゃ旦那もあたしもめったにかまってやれないからさ。拗ねちゃってるだけかもしれないけど」

「……女の子だもんね。難しい年頃なのかも」

「たまには外に出て子供らしく遊んでくれたらなって思っちゃうわ」

「一度うちに連れてきてみたら? フィリアも良く本を読んでいる子だし、きっと仲良くなれると思うわ」

「そうね。言うだけ言ってみるわ。まぁ、無駄でしょうけどね。あの子、頑固だから、本当、誰に似たのかしらね……」

「うふふ」

「何か言いたそうね、メノウ」

「え、なんだか、昔のヨウコそっくりだなぁって思って」

「あぁ……そう? かなぁ。まぁ、そう言われてみれば……確かに、、、うーん。そう、かもねぇ~ふふ」

「でしょ?」

 母さんとヨウコ先生は二人で楽しそうに話しながら、クスクスと明るく笑っていた。


続く


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