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65 剣技・乱降雪(エルハスノール)



 ティルスが怪物達の中でも大型のウルフェンに酷似した個体を切り捨てながら生徒達の乱戦の間の駆け抜けて通過した後。
 未だに生徒達の悲鳴が周囲から上がりつづける。ドッヌに酷似した個体は一般的な力量の生徒では対処しきれない程の強さがあった。

 巨躯を持つ個体はサブリナと連携しながら倒していくティルスだが流石に一人でこの場の全ての怪物を倒して回れるわけではない。
 マキシマムは即座にティルスが駆け抜けた後にいる生徒達の助けに入り怪物を遠くへと蹴散らし時間を稼いでいく。
 どこまで持つかは分からない。でも今は瞬間的な判断でその場の対処を最善にしていくより他ない状況だった。

「ティルスがやつらを倒せるとはいえこれでは……焼け石に水、じゃな」

 マキシマムの脳裏には再び焦りが生じていく、無念の表情で呟く。

「ち、またしてもワシは、力及ばずだというのか……」

 思わず弱気な台詞が口から出てくる。不測の事態に備えて自らを鍛え直していたマキシマムはその現実に直面し拳を強く握り込んだ。

「あの方に託された未来、ワシには守れんというのか。何のためにあの時から再び鍛え直してきたというのだ」

 だが、沈みかけたその心を遠く僅かに視界に入るティルスが再び灯す。彼女が次々と怪物を両断していく様子。
 その勇姿にマキシマムも少しづつ勇気づけられて冷静さを取り戻していく。

「ふふ、プーラートン。ワシらの時代ももう終わりなのかもしれん。お前の剣技を受け継ぐのは、あのティルスなのかもしれんな……」

 再び冷静になった頭をフル回転させる。考えて戦う事は不慣れな事だがそうもいっていられない。マキシマムは大きく再び深呼吸をした。

「これまでの経験と現状を照らせ。ティルスの何が他の生徒と違う??」

 マキシマムが糸口を探し始める中、混乱する戦線を走り抜けつつティルスの脳裏にもある1つの仮定が浮かびはじめていた。他の生徒達の奮戦を眺め視界に入る全ての情報を整理し続けて飛び掛かってくる怪物を切り裂いていく。

「なぜか私だけがこの怪物を倒せるの。どうして? 他の生徒にはなくて私にあるもの? 血筋? というのは、、、さすがに関係はない。と思いたいわね」

 槍で突かれても、斧で両断しても、サブリナの鎚ような打撃武器で吹き飛ばしても、弓で射っても、拳で叩き潰しても、怪物たちは復活してくる。

 周りの生徒達の如何なる攻撃手段でも目の前の怪物たちは倒せていない。

 
 その時、ティルスは周囲の生徒達をみていてようやく気づく。戦っている生徒達の中で剣を使っているのが自分だけであることに。

 もしかしたら、という考えが脳裏をよぎる。だとすればまだ可能性はある。
 
 神話の物語の本の中の一つにも書かれていた記述の一つを思い出す。記憶に残るのは特定の武器や攻撃をもってしなければ倒せないゴジェヌスが存在していた事。
ただ、ゴジェヌスは神話の中の怪物であって目の前の怪物とは似て非なるものであるはずだ。確証はない。

 だが、今はどんな方法でも活路があるならば試すしかない。ティルスは大きく怪物を剣で薙ぎ払うと息を吸い込んで叫んだ。
 後方から戦いを見ながらサポートをしていたマキシマムの声も同時に響き渡る。状況から彼も同じ結論に達したのだろう。
 
「剣を使え!!! 剣を所持しているなら剣で応戦しろ!!」
「剣を使いなさい!! 剣を所持する者は剣で戦いなさい!!!」

 逃げ惑うしか出来ない生徒も多い中で、僅かに剣を持っている生徒はいてもその恐怖から剣を取っては戦えない者も目に入ってくる。恐慌状態ではまともに剣は振れない。

 ここまでの戦いの最中にケガをしたものも既に多くいてこの場は大混乱となっている。足をやられて動けない者や、地に倒れ伏す生徒も徐々に増えてきている。

 今はまだ辛うじて死んだ者は居ないようだがそれも時間の問題だと言える。負傷した者達の救護が遅くなればなるほど、倒れている生徒達の生存確率は下がるであろうことが容易に想像がついた。

 何か打開策を講じなくてはならない。

 可能性がある。試す理由はそれだけで十分だった。

「イヤアアアアアアアアアアア」

 再び遠くでで女生徒らしき悲鳴が上がる。

「く、流石に一人で全員を助けには向かえない。この様子じゃ、きっとこの区域だけじゃなく他の区域も同じような事態になっているかもしれませんわね」
「ティルス様、はぁはぁ」
「ッッサブリナ!? 大丈夫? 少し休みなさい!!」
「でも……」
「息を整えて!!」
「は、はい」

 その間に戦い続ける生徒達の一画から声が高らかに上がる。

「やった、やつらの傷が消えない! ティルス様やマキシマム先生の言うとおりだ!! 剣なら倒せるかもしれないぞ!」

 ここでようやくティルスの中でこの選択判断が確信に変わった。
 今はなぜなのか理由などどうでもよかった。自分が剣を使っていなければ気付くことは出来なかったと思うと恐ろしさが込み上げる。まだ間に合う。大勢をひっくり返すことは出来る。

 ただ、同時に暗く脳裏をよぎるのは他の区域は大丈夫だろうか? ということだ。ティルスはここに来て浮かび続けていたその想像に心からゾッとする。
 ここでは偶然にもティルスが剣を用いた事でこのような怪物たちの弱点に気付くことが出来たが他の場所では剣を持つ生徒がそれに気づくという保証はない。剣を使うのが効果的だという情報が共有できない、、、。

 最悪の可能性。

 この区域以外は全滅という結果が浮かび大きく頭を振ってその考えを霧散させる。


 勿論、他の区域にも監督者である教師がそれぞれいるはずだが、この混乱が他の場所でも起こっているとなると教師達にとっても経験のないであろう事態に違いない。
 戦闘向きではない教師も中には居る。十分な対処が取れない事も容易に察する事が出来た。
 戦闘向きの教師の中でも指折りであるはずのマキシマムの様子を見ていれば自ずと今の状況の厳しさは伺える。

 自分が西部学園都市個のディナカメオスの現生徒会長、そして、この国の双爵家の娘であるという矜持が彼女の身体を巡る。
 目の前で起こっている事は国の危機にも繋がりかねない。この事態の中で最後の最後まで自分が諦める事だけは許されない。

 活路は見出せたものの次の問題が浮上していた。剣を所持している生徒が少なすぎて、焼け石に水の状態となっている。加えてまともに剣を振れる生徒が少ない。

 剣を使い始めた生徒達の動きの稚拙さがティルスでも分かるほどに視界に入り込んでくる。

 これほどまでに剣を使える生徒がいなくなっているとは誰も思っていなかったのだ。
 それもそのはず、時代は移り変わり、様々な武器が今では生み出されている。戦い方の多様さと引き換えに、東西で剣を持つ生徒の減少が示唆されていたのは知っていたが実際に目の当たりにするとその数が異常なまでの少なさであることが窺えた。

 予備に剣自体を持っているだけの者ならば少数見つかるが最早、騎士の見習いである事を誇示する為のお飾りとして所持している者ばかり。
 まともな使用に耐えうる練度で剣を扱える生徒が少なすぎた。

 周りの生徒達では怪物たちに傷は付けられてもティルスのように倒しきる事まではとても出来ない。

「これ以上は打つ手が、ない」

 ティルスの頭に再びよぎる全滅の二文字。目の前で倒れていく生徒達は徐々に増えていく。数だけならこちらもまだ負けてはいないがとにかく倒せる手段が限られている現状と先の見えない戦いに体力だけでなく精神力も削られているというのは非常にまずい事だった。

 そこでここに来る前の出来事。ティルスはその時の会話を思い出していた。

「そういえば、ショコリーは? 時間は既に相当に稼げているはずだけど、何をするつもりだったのかしら」

 あの時の彼女の真っすぐな眼が浮かぶ。ティルスはふっと笑みを浮かべて構え直し、飛び込んできた怪物を両断した。

 返り血なのか、怪物から飛び散った体液がティルスの制服に浴びせられていく。不快である事この上ない。

「今は、信じるしか、なさそうですわね。ここで私に出来る事は、、、全力で、時間を稼ぐことかも、ね」

 両断された怪物は呻きながら消えていく。

 その直後ティルスは綺麗に剣を目の前にかざし立てて構えを取る。下腹部の前に構えた手から真っすぐに剣が顔の前に掲げられその刀身にティルスの姿が写り込む。

 小さく息を吐き出して、細く長く息を吸い込み凛としたその声に乗せられた言葉が静かに空気を振動させる。

「エニュラウス流、剣技、、、乱降雪(エルハスノール)」

 呟くと滑り駆けるような滑らかな動きで化け物達を薙ぎ払うべくプーラートンから習得した技を用いるティルス。その姿から踏み込まれた土が舞い上がりひらひらと舞う粉雪のように周囲を埋め尽くしていく。

「降りしきる雪のように空へと舞い踊れ!!」

 軽やかに音もなく地を蹴り出して、まるで舞踏会のように優雅な踊りのようにティルスは滑るように移動する。その動きの導線上にいる怪物達の傍を次々と蛇行しながら通過し、駆け抜けていく。

 いや、駆け抜けるというより最早、すり抜けるという表現の方がただしいかもしれないその動きがぴたりと止まる。

 ティルスが剣を初動の位置に真っすぐ戻したのち、手首だけをくるりと内側に返した。カチャッという金属音と共に剣の向きが変わる。

 刃の向きが変わる際に再び陽光を照り返して剣は白く反射した。

 途端に周囲の怪物達が切り裂かれ、その身体が一気に煙のように薄らいで消え去っていく。近くにいた生徒達は歓声を上げる。

「ティルス様ぁああああ!!」
「ティルス様さえいれば俺達は大丈夫だ」

「次っ」

 ティルスが次の動きに入ろうとして、深く身体を沈め膝を折ったその時だった。


 パチパチパチパチ


 駆け出そうとするティルスの耳へと場違いな拍手の音が茂みの奥から響き渡って聞こえてきたのだった。




続く



作 新野創
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