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Fifth memory (Philia) 12

「でもね……私個人としては合格点を上げてもいいかな」
「えっ!?」

 思わず、顔をあげた。アインはさっきまで発していた冷え切った空気感からは考えられない笑顔を浮かべていた。

 ほんの数秒で空気感を変えられるアインにこの頃は少しばかりの恐怖を抱いていたような気がする。

 まぁ未だにアインが何を考えているのか、わからないことは多いのだが……。

 この頃の僕は、どんな理由であれ自警団に入団が出来るのだと、強くなれるのだと、嬉しさを感じていた。

「ありがーー」
「ただし! こーれ」
 
 立ち上がった僕へアインが、ボロボロのノートを手渡してきた。

 ノートを一ページめくると、そこには見たことのある字体で何かがぎっしりと端の端まで書き込まれていた。

「これ、は……?」
「このノートに書いてあることを、そうねぇ……今から、二ヵ月……ちょうど夏休みまでにこなせるようになって」
「二ヵ月……」
「もしそれが、無理って言うなら自警団に入団するなんてーー」
「わかりました」

 僕のその発言にアインは目を丸くして、驚いていた。

 どんなことが書かれていようと、自警団になるためなら……ヤチヨやみんなのためなら何だってやってやる……それが僕が今できることなのだから……と決意を込めて返事した。

「良い目ね。楽しみにしてるわ」

 そう言ってアインは、口角を少しだけ上げていた。

 もらったノートを改めて見てみると、過剰な量の課題が書き込まれており、その過酷さに訓練初日は、流石に弱音を零した。

「こっ、これをたったの二ヵ月で、なんて……無理だ……」

 体を鍛えることなんて一度もしたことのなかった僕には、ノートに書かれていたこと全てが無理難題だと思えた。
 
 無理だと何度投げ出しそうになったかはわからない、でも、その度にみんなの顔が頭をよぎる。

「……こんな姿、みんなには見せられない……な……」

 自分に活を入れ、課せられた課題を、少しずつ少しずつ焦ることのないように。
 でも、停滞することなく、前進できるように意識する。

 継続は力なりとは言うけど、それは本当のことだったと日に日に気付いていく……。

 あんなにきつくて、苦しかったトレーニングも体力がついてくると同時に、長く回数を続けられるようになった。

 そんな一人ぼっちでの特訓を初めて、ちょうど一月程が経った頃、突然、ツヴァイが僕の家を訪ねてきた。

 アインに言われて、サボっていないか、成長できているかどうか、様子を見に来たらしい。

「悪りぃな、フィリア、いきなり押しかけちまって……アインのやつがうるさくてよ。ちゃんと嘘なく報告しねぇといけないもんでな……じゃねぇと後で、何言われるかわかったもんじゃねぇからそのーー」
「ツヴァイさん、どうぞ、コーヒー大丈夫ですか?」

 ツヴァイの前に、入れたてのまだ湯気が上るマグカップを置く。

「おっ、おぅ、サンキュー……んでよ、フィリア、お前って誰かと稽古したことってあるのか? 
「いえ、ありません。この一ヵ月ずっと一人でしていました」
「そうか……うし、ものは試しだ! フィリア、俺と模擬戦、しようぜ」
「えっ、えー!!!!」

 驚く僕とは対照的に、ツヴァイは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 家を出て、少し離れた場所で手ごろな木の棒を持って、無言でお互いに見つめ合う。

 だが、ツヴァイはふと棒を降ろし、僕に話しかけてきた。

「なぁ……言いだしっぺの俺が言うのも変だが……その……大丈夫か?」
「……確かに誰かとの稽古なんて初めてです……でも、この一月、ただ遊んでいたわけではありませんから!」

 

 まさかこうしてツヴァイと戦うことになるとは思っていなかったが、修行の成果を確認するにはこれ以上ないくらいに良い機会だった。

「そうか……じゃあ、遠慮なく行くぜ!!」

 ツヴァイが、僕に向かって真っ直ぐ飛び込んでくる。まるで大きな獣のように前進を弾丸のようにして……動きは確かに、想定よりずっと早い。

 でもーー!!!

「なっ!? 初めてなのに目線で追えている……だと!?」

 その動きの全てが、見えないわけではなかった。

 毎日やっていた、沢山の木を避ける訓練の延長だと思えば、いつもより少し早いくらいだった。

「そのっ! タイミングなら!!!!」
 
 大きく縦に振った棒が、ツヴァイの武器を弾き飛ばす。

 ツヴァイはその僕の動きに、しばらく口を開けて放心していたが、やがて立ち上がり、僕の方へと歩いていた。

「やられたぜ……なぁ、お前、本当に今まで稽古して来なかったのか?」
「ツヴァイさん? どう、ですか? その……評価は……」
「もっちろん! 合格だ! へへへ、すげぇなお前」

 ツヴァイがそう言って笑い、その訓練を終えた日からちょうど一月経った頃、アインが僕の家に団員の人と共に訪れた。
 アイン曰く入団するための最初で最後の試験をしにきたとのことだ。

 そして僕は、人生で二度目となる誰かとの試合を行い、ツヴァイより圧倒的に弱い、その人に僕は圧勝する結果になってしまった。

 やられた当人は、信じられないといった表情で僕を見つめ、その様子を見て、アインは大笑いしていた。

 後に、聞いた話だが、アインが連れてきた人は自身の団のナンバーワンの実力者だったらしく、攻撃がかすりでもすれば充分だったとのことだ。
 
 本当に、あの人は……。

 こうして、僕はその試験を見事に突破し晴れて、自警団へと入団した。

 そして、入団後すぐ、アインは僕にとんでもないことを言ってきた。

 それは、あのノートの秘密だった。

「えっ!? あのノート! 兄さんの!?」
「そう、ナールが私たちと同じ自警団にいた頃にこなしていた自主練メニューよ」
「それ……僕ができると思って渡しました?」
「ううん、無理だろうなってと思って渡したわ」
「……だと、思いました」

 アインはそう言って変わらず楽しそうに笑っていた。こっちは笑えないほどきつかったと言うのに…… 

「でも、こなしてしまった。あんなバカみたいなメニューを、団長を除く今の自警団じゃ誰も成せないあのメニューを」

 事実としてそうだが、あんなの普通の人には無理
 ーーんっ? とそこで気が付いた。

「今、何かおかしなこと言いーー」
「いつから入団する? やっぱ、卒業ーー」

 アインのおふざけを遮るように、真っ直ぐに声を飛ばす。

「いえ! 今年の夏休みからでお願いします」
「なっ、夏休み!? 学院はどうするの!!」
「学院は、辞めます」
「……それ、本気?」
「もちろんです」
「良いの? 弟君の、将来に関わることなのよ? ……後悔しない?」

 アインが珍しく僕のことを心配した表情で見つめていた。しかし、その心配をかき消すようにアインに向けて言い放つ。

「……ヤチヨが今いるあの場所を……天蓋を守ることが、今の僕にとって出来る全てなんです!!!」

 その一言を放った瞬間、アインの感じが変わる。さっきまでの真面目な雰囲気からおふざけをしているときのようなラフな空気感を醸しだす。

「……ねぇ、聞かせて? 弟君がそこまで天蓋に、ヤチヨちゃんって子にこだわる理由を?」

 からかわれるのは間違いないが……この人に嘘はつけない、

 ほとんど話したことはないが、この人のことは、ずっと昔から知っている、

 兄さんの……苦手な人。そしておそらく僕もーー。

「今、天蓋にいるヤチヨって女の子は僕の大切な友人なんです……」
「そう、なの?」
「はい」
「本当にそれだけ?」

 アインが、そう言って楽しそうに笑う。

「……初恋の、相手です」
「あらー!! 青春じゃない!! じゃあ、もしかして出てきたら、告・白・とかしちゃったりするつもりなのー?」

 アインのおふざけがフルスロットルで回転している。

 だが、そんな空気感とは真逆の空気を纏うように僕は小さくぽつりと呟いた。

「……いいえ。彼女には他に好きな相手がいるので……」
「そーんなの、奪っちゃえばいいのよ!! 最初から弱腰なんてつまらーー」
「勝てないんですよ! 僕じゃ……サロスには!!!!!!」

 サロスは、今も、きっと諦めたりしていない……困難も無理難題も関係ない……自分の道をひたすら信じて前進する、それが……サロスだ。

「……ねぇ~弟君、自警団に入る条件一つ加えていいかしら?」
「条件?」
「入団したらぁ、プライベートの時は、私のことだけ考えなさい!!」
「えっ!? えー!!! あっ、アインさーー」
「アーイーン」
「えっ?」
「二人っきりの時は、呼び捨てで呼ばなきゃダメよ。恋人なんだから」

 その言葉に一瞬、思考がフリーズする。えっ? 今なん--。

「いやちょーー」
「と、いうわけで今日からあなたと私は恋人よ。よろしくね、弟君、いいえ、フィーリア」
 
 アインから出されたその変わった条件に驚きはしたが、自警団に入団できるなら何の問題もなかった。

 アインの団の候補生として入団し、他の候補生と同じく基礎訓練をしつつ、その後は、アインに直々に稽古をつけてもらっていた。

「……」 
「こーら!」

 ポカっと、頭を軽く叩かれる。

「もーまーた、私以外の子の事考えてたわね?」
「いや、ちがーー」
「フィリアって、見かけによらず、意外と気が多いのね」
「だから、ちがーー」
「ほら! よそ見しないで! 集中する! じゃなきゃ、次は本気で痛いわよ」

 アインの修行は、ふざけているように見えてかなり厳しいものだった。

 その容赦のない攻撃に、避けることに慣れない間は、全身筋肉痛とつけれたアザだらけになっていた。

 アインは僕と同じ、もしくはそれ以上に動いているはずなのに、息一つ切らさず、動きを覚えさせるような一定の動きを繰り返していた。

 そんな模範的な訓練を続けて、半年ほど経った頃だった。もはや動きの全てを覚えたと言えるほどに慣れ切ったころだった。

「だいぶ、良い動きになってきたわね、フィリア」
「……アイン、そろそろそんな機械的な動きはやめて、少しは本気を出してーー」

 言い終わるより先、アインの鋭い一撃が僕の腹部を捉える。

「ごふっーー」
「生意気、言うじゃな~い。でも、まぁ、第二ステップでもいいかなぁ……」
「第二ステップ?」
「本気アインちゃん、40%ばーじょーん」

 そう言った日からの修行はこれまで以上に厳しく、そして大変なものだった。
 
 動きを追うのがやっと、そんな感じだった。

 だが、修行を続けて一年、目で追うだけでなく、体が順応していった。

 目で追うだけでは、アインの動きは捕らえられない。ほとんど反射のような勢いで体を動かし、自分でもその動きをコントロールできるようになったころーー。

「はぁぁぁぁ!!」

 僕の一振りが、彼女の髪留めを弾いた。


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