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Fifth memory (Philia) Last

 次に目が目覚めた場所、そこは良く知っている場所……自警団の医務室だった。

「おはよ、目覚めはどう?」

 どうやらアインが僕の手当てをしてくれていたようだ。

 頭の上に乗せられた氷嚢が冷たかった。

「……悪くはない……かな……」

 ゆっくりと起き上がる。と、同時に頭の上の氷嚢が脚の付け根へと落ちた。

 額では冷たいと思っていたが溶けた氷の感じからすると、だいぶ前に乗せられたものであるということがわかる。

 僕は、いったいどのくらい気を失っていたのだろうか……。

「起きたばかりのところ、悪いんだけど……一つ聞いてもいい?」
「?」
「フィリア、あなたは、私があの瞬間、銃を撃つと最初からわかっていたの?」

 アインにしては、珍しく少し焦っているようにも、怒っているようにも見えた。

 よほど、自分の考えが読まれたことが予想外だったんだろう。

「……正直、賭けの部分はあった……でも、思わず冷静さを失ってしまう……そう、予想外な展開で命に関わるような……そんな危険を感じれば、アインは反射的に最も安全に対処可能かつ使い慣れている銃を撃つと予想した……団内の決闘という認識で望んでいてくれることが前提だったけどね」
「……そう、つまり、今回、私は、まんまと、あなたの策にはめられた……というわけね」
「最初から僕を決闘で負かすのではなく、この場で殺すくらいのつもりで望まれていたら結果は違ったかもしれない」

 アインは僕の説明で納得してくれたのか、少し笑って肩を落とした。

 その様子から、アインは相当悔しいと思っているのだということはわかった。

 アインは、ツヴァイやドライ以上に容赦のない人物だ。そんな彼女に……本気の彼女にさえ僕は勝つことができた。

 遥か先だと思っていた、背中にようやく追いつくことが出来た。

 ただ、決闘でない状況下で本気のアインに敵うかどうか……は別の話だ。

 今回は、あくまでも決闘という形であったからこそもぎ取れた勝利だ……でもそれでいい。
 
 やはり、彼女を……いや、あの三人を敵に回すことだけは今後もできれば避けていきたいと今回の決闘を通じて改めて思った。

 そして、僕の目的の達成に必要なことはこれで終わりではない。あくまでも最初の一歩に過ぎない

「……フィリア、あなたの願いを叶えるために、後一人あなたが勝たなければならない人物がいるわ」
「わかってる」
「あいつは……決闘なんて生易しい形での結果でなんて多分納得してくれないわよ」
「それも、わかってる」
「……今晩、この場所に行きなさい」

 アインが、一枚の紙切れを渡してくる。この場所に行けばあの人に会える。
 
 いつぶりだろうか。
 
 いや、今は感傷に浸るようなタイミングじゃない。

「あいつが待っているわ。あたしたちがしてあげられるのはここまでよ」
「……ありがとう」
「……あなたなら、きっとあいつにだって負けない……だって、本気のあたしをこんなに悔しい気持ちにさせたんだから」

 アインは、小さく笑って、そう言うと、医務室をゆっくり出ていった。

 あれはきっと彼女なりの激励だろう……兄さんはどこまで強いのだろう……自警団に居る時の兄さんの様子を多くは知らない僕には想像すら及ばない。

 僕が知る兄さんは、そのほとんどが家族としての兄さんだ……自警団の……団長としての兄さんについて僕は余りにも知らなすぎる……

 考え出すと、途端に体が震えた。

 ……怯えているのか? ……それとも……これは武者震いだろうか?
 
 僕はもしかしたら兄さんとこうして戦えることをどこかで嬉しいと思っているのかもしれない……。

 なんにせよ……夜に備え、可能な限り、体を休めておいた方が良いだろう……僕は、もう一度、湧き出る感情を押さえつけ、目を閉じた。

 しばらくして目が覚め、軽食を取った後、僕は紙に書かれた場所へと足を運ぶ。

 かさりかさりと草を踏み分け、たどり着いたその場所は、あちこちに折れた木の枝や木刀が散乱していた。

 昔、誰かが訓練をしていた場所、だろう……その誰かは言うまでもない。

 僕が来た反対側から、かさりかさりと草を踏み分ける音が聞こえ、思わずその方向に顔を向けた。

 視線の先、その先には、全身を黒いローブで覆い、顔の見えない一人の男が立っていた。

「……」
「……敢えて、何も聞かない。今なら、あなたの気持ちが少し、わかる気がするから……」
「……」
「僕は、あなたのように逃げたりしない。天蓋から目を背けたりなんかしない!!」
「……」
「行きます……あなたを超えて、僕は、天蓋を守り抜いてみせる!!!!」

 懐にもぐりこもうと、地面を駆ける。一気に距離を詰め、奇襲に似た速攻で、一気に片をつける。

 しかし、そんな僕の浅はかな考えを許してはくれない。

 残像のように残る人影が、目の前でゆらりと消え、視線より早く、体がとっさに動く。

 いつの間にか僕の懐へと潜り込んでいた男の重めのパンチが、僕の腹部を捕らえ、重い一撃が僕の体を軋ませる。

 ツヴァイほどの威力はないが、逸らしていなければこの一撃で僕は気を失い。その時点で勝負はついていただろう……。

「僕は! あなたのその痛みも、後悔も背負って見せる!! 失ったものすら糧にしてみせる!!」

 離れる前にその人物の右腕をとり、そのままの勢いで投げ飛ばす。

 僕のとっさの動きに反応できなかったのか……それとも僕の言葉に動揺したのかはわからないが、この程度の攻撃なら見切れるはずのその人物は僕の攻撃を受け、鈍いうめき声が小さく漏れた。

 そして、右腕を掴んだまま、僕は左手で小型のナイフを抜き、その人物の首筋に突きつける。

「あなたは、僕を幸せ者だと言った!! 待っているべき人がいるからと!! でも、それは……あなただって、あなただって同じ。決して諦めてはいないはずだ……だから、あなたは名目上団の仕事として、天蓋を調べていた」
「……」
「そして、探し続けている。失ったものを……アカネさんを取り戻す方法を!!!」
「……」
「だから、あなたはそんな黒いローブを羽織り、アインの団で身分を隠していたんですよね?」
「……」
「……だんまり、ですか……それでも構いません。ただ、僕は、天蓋を!! ヤチヨを守りたいだけだ!!!」
「……」
「ナール兄さん……」
「……」

 ローブの男は、何も言わずに僕の手を振り払う。言葉はなくとも伝わる。
 
 好きにしろ。そう言われた気がした。

 そして、拘束を解いた僕に背を向けて、またどこかへと去っていった。

 兄さんはきっとあの段階……一撃を耐えきった時点でもう戦うつもりはなかったのだろう……あくまで兄さんが知りたかったのは……僕の気持ち……。

 団を背負うための僕の覚悟を確認したかったのだろう……。

 僕の気持ちが伝わったかどうかはわからない……ただ、きっと、認めてはくれたのだと思う。

 天蓋を守るための許可を……

「ありがとう……ナール兄さん」

 ナイフをしまい、結果を報告するため、僕はアインの部屋を訪れた。

 何か団員と楽しく談笑していたみたいだったが、僕の姿を見ると、アインはその団員との会話を打ち切り、その団員は疎ましそうに僕を見た後。部屋を出ていった。

「……お邪魔しちゃった……かな?」
「いいえ、あなたが来てくれて助かったわ。それで?」
「これを」

 僕は、兄さんが去った後、倒れた場所に落ちていた指輪をアインの机に置いた。

「……なるほど……前団長から許可は得た、ということですね」
「やはり……この指輪は、そういう意味のものか……」
「えぇ……私が昔、ナールにあげたものよ……それをフィリアが持って帰る……それが、自分の団を譲る条件……だって……」

 そう言ってその指輪を握り締め、寂しそうな表情を浮かべた。
 
 アインは兄さんにこれをいつまでも持っていて欲しかったのだろう。

「良いでしょう。私からはもう何も言いません。天蓋に関する、全ての判断はあなたに一任します。これは、あなた用のエルムの腕輪よ。肌身離さず身に着けていてね」
「ありがとうございます……」

 初めてエルムの腕輪をはめた瞬間、全身から力がふっと抜けたような気がした。
 
 なるほど……仕組みは確かにわからないけど……僕もなんとなく実力を出し切れない感覚がある気がする。

「ただ、正式な団として活動するには団長含め、最低三人必要です。もちろん、私や、ドライ、ツヴァイはあなたを一団長として扱うので、手は貸しません。また、正式な団としての活動を始めるまでは引き続き私の団で活動してもらいます。良いですね? フィリア」
「……わかりました」

 自分を含めて最低三人……知り合いは団内にそんなに多くはないが、正式に活動するためにはなんとしてでも後二人……見つけなくてはならない。

 新たな、課題はできたけど……もう一歩……あと一歩で……。

「……他に、何か、言いたいことはありますか?」

 自分の世界に入っていた僕の思考をアインのその一言が呼び返す。

「……アイン、僕は例え、一人であっても天蓋を守り続ける……」
「……ヤチヨさんのためですか?」
「……約束したんです……あの日、僕たち四人は…………いつまでも一緒にいる……そう、誓ったんです……だから、ヤチヨがあの場所から出てくるまでは、僕が天蓋を守るってそう、決めたんです」
 
  サロスと……ヤチヨ……それにヒナタとまた過ごす未来のために……僕はもう立ち止まりはしない……。

「……」
「あなたにとっては理解出来ないかも知れませんが……子供の頃の小さな約束に今も、しがみついているのが僕……それが、フィリアという人間です」
「……」

 アインは、否定とも肯定とも取れるような小さな笑みを一つ浮かべた。

 その浮かべた笑みにこめられた想いはわからないが、どこか納得した表情であることは伝わってくる。

「……わかったわ。好きにしなさい……」
「ありがとう……アイン……」

 そう言って、アインに一礼し、僕は団長室を後にした。 

「本当……どうして、みんな、こんなに不器用……なのかしらね……」

 

 足はいつの間にか、今は誰も住んでない、昔、家族と住んでいた懐かしいあの家に向かっていた。

 キィーという音と共に扉が開き、暗くて良く見えないが部屋の中は時間が止まったみたいにあの頃と何も変わっていなかった。

 少し違うのはあの頃よりも少しばかり埃を被っていることくらいか。

 一人、ソファーの埃を払って寝転がり、目を閉じる。

 これから先、僕は例え一人であったとしても天蓋を守り続ける。
 
 今まで、僕は本当に幸せ者だったんだろうと思う。

 母がいて、父がいて、兄がいて、友達がいて……必ず誰かが力を貸してくれていた。

 でも、これからは一人だ。誰の力も借りることは出来ない。

 いや……借りてはいけないんだ。これは、僕個人のわがままだ。

 そんなわがままに誰かを巻き込むわけにはいかない……。

 ふと、手を上に掲げる。

『あたしたち四人は最高!! いつまでも一緒にいる!! これは何があっても変わんない約束!!』

 いつだったか、ヤチヨが言っていた言葉が頭に響くと、自然と涙が零れた……。

「サロス……ヤチヨ……ヒナタ……」

 思わず、口に出してしまった名前に昔の弱かった自分の気持ちが顔を出す。

 僕は誰もいないこの場所で声も抑えず泣いた。

 だって、壊れずに前へ進むためには涙を我慢してはいけないから。

 僕は、その日、懐かしの我が家で眠りにつく。

 明日から始まる、ひとりぼっちでの戦いのために……。

 今だけは幸せな夢を……見るために……。

 母がいて、父がいて、兄がいて、サロスが、ヤチヨが、ヒナタがいたあの頃の夢を見るために。

 僕は、ゆっくりと目を閉じた。

「ここ……は?」

 目を開けた先、そこは辺りに何もない光の空間だった。
 長い夢でも見ていたような。
 そんな感覚だ。

「ここが……僕の行き着いた先……というわけか?」

 思わず苦笑いを浮かべる。ここが所謂、死後の世界というやつなのかもしれない。
 
 それならば、僕にできることは何もない……ただ、ゆっくりと死を受け入れーー。

「何、寝てんだよ! まだ、終わってねぇだろ!!!」

 聞き覚えのある声に、思わず耳を疑い、そして、目の人物の姿に目を疑った。

「サロ、ス? なんで? なんで君がここに!?」
「決まってんだろ? まだ、終わってねぇからだよ」

 そう言ってサロスが、にかっと笑う。

「終わってない?」
「あぁ、まだ何も終わってねぇ、だからちゃんと終わらせなきゃならねぇ! だから、フィリアお前の力を貸してくれ!! ちゃんと終わらせるために!! ヤチヨとヒナタの未来のために!!! 俺達が動き出さなきゃなんねぇんだ」

 サロスのその言葉に、今までなかった力が溢れだしてくる。

 生きる力が、みなぎってくる。

「サロス、僕たちは……今も友達? なのかな?」
「はっ、何寝ぼけた事言ってんだ? あったりまえだろ!! お前は、今までも、そしてこれからもずっとずっと俺の相棒だ!!」

 そう言って、サロスが僕の肩を抱いた。それは、昔のサロスと変わらない屈託のない笑顔だった。

「……相棒……か」
「んっ? なんだ? 不満か?」
「……いや、別に。最後の最後まで、僕が君の我儘に付き合ってやるよ」

 だから、僕も最高の笑顔をサロスに向ける。

「サンキュー、フィリア、終わらせようぜ!! 俺たち二人で!! 必ず!!!」
「あぁ、もちろんだ!!!」
 
 この後の未来が、どうなるのか? 僕たちがどうなるのかはわからない。

 でも、僕たちの願う未来はきっと一つ。

 ヤチヨが、ヒナタが、そしてみんなが笑っていられるあの頃のような未来。

 誰かが選人に、生贄にされるようなこの天蓋にまつわる歴史を、運命を、僕は認めない。

 必ず、終わらせてみせる。

 僕の目の前を眩しい光が包み込んでゆく。

 僕とサロスはその光の中へと飲み込まれ、そして、消えていった。

 

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