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Seventh memory 02

「父さーーいや、先生。今日もよろしくお願いします!」
「……では、本日の稽古を始める。それぞれ、ペアになって準備運動をしておくように」

 そう言うとナールの父は彼らと一旦距離を取る。
 ペアを組み、準備運動の後すぐに実践形式の試合を行う。

 それが彼らのいつものルーティーンだった。

 それぞれがペアを決めようとまずは動き出す。

「よし! ナール、今日こそ俺とーー」
「ツヴァイはあたしと」
「……またかよドライ」
「今日こそ、あんたに勝つ!」

 ドライが小さな体を精一杯、大きく見えるように胸を張る。ツヴァイはやれやれと後ろ頭をかいた。
 
 周りで見ていたナールたちは、その光景を微笑ましく見ていた。
 やがてナールがツヴァイに近づき、その肩に右手を乗せる。

「可愛いお姫様からのご指名だ。答えなきゃ、男が廃るよな? ツヴァイ」

 ナールのその言葉にツヴァイがうっ、と小さく息を漏らす。
 彼もまた挑まれた挑戦を無下にできるほど器用な男ではなかった。
 本来の彼の信条である挑まれた勝負には応えるし、応えさせるというものに反するからだった。

 ドライに関しても自分たちよりも年下だからという扱いで彼女の気持ちを無視すると言うこともしたくはないと全員が思っていた。
 
「……まぁ、そうだよな……」
「ツヴァイ?」

 そんな難しい顔をしていたツヴァイをドライは不安げな表情で見つめていた。
 それが完全な決め手になった。
 
 彼は小さなドライの肩に優しく手をおき、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。

「そんな、顔すんな、ちゃんと相手をしてやる! ほら、やるぞ! ドライ」
「!!! うんっ!!!」

 ツヴァイのその言葉を聞いて、ドライが、今日一番の笑顔を見せる。
 その笑顔を見てツヴァイも安堵の笑みを浮かべる。
 彼女の手を引き、試合の準備に取り掛かる。
 
 一度だけ、ナールたちの方を向いて苦笑いを浮かべたのは、彼なりの照れ隠しなのかもしれない。

 それを見届けると試合用の木の棒をアインは拾い上げ、ナールたちに背を向ける。

「じゃあ、あたしはいつものように先生と組むから、ナール、イアードの面倒よろしくね」
「あぁ、わかった」

 イアードが見送るように、アインに大きく手を振る。アインは背中越しに左手を上げてそれに応えた。
 ナールはふぅっと一つ息を吐くと、目の前に転がっていた手頃な木の棒を拾い上げた。

「けっきょく、いつも通り、か。まっ、いいや。よろしくなナール」

 イアードも、その辺の木の枝を折って、ぶんぶんと二、三回と振ると、その木の棒をナールに向ける。
 それは、剣を向ける剣士のようだった。

「こちらこそ」

 それに応えるのが礼儀とばかりにナールも自身の木の棒をイアードの木の棒と交差させる。
 正直、彼女がペアとなることが今のナールにとっては最善の選択であった。

 それぞれのペア決めが決まると同時に、座っていたナールの父が立ち上がり、目の前の木の枝を折って、ナールたちの方へと歩いてくる。

「では、今日の訓練を始める。各自、怪我のないように思いっきりやりなさい。後、怪我をしたならすぐに私に報告すること。以上、始め!!」

 その始まりを告げる声で、彼らはそれぞれのタイミングで動き始める。
 1番早く動き出したのは、全員の中で最速の太刀筋を持つイアードであった。

 ナールはある程度予測していたのだろう。彼女の速攻に臆することなく、しっかりとイアードの姿を両目に映していた。

「今日こそ、あたしが勝つ!!」

 イアードが真っ直ぐに突っ込んでくる。それはある程度予測していたことだ……かわすか? いや、それ自体は簡単なこと……ではあるが……。

「その手には、のらないぞ!!」

 ナールは大きく動くことはなく、真っ直ぐに突っ込んできたイアードの攻撃を、木の棒で受け止めつつそのまま力の方向を自身の左側へ逸らし、無理なく逃がしていく。

 勢いのままで前のめりになるイアード。

「のわっ!?」
「隙あり!」

 体勢が崩れたのを好機と見てそのまま、最小の動きで手首を切り返し、イアードの頭を軽くコツンと木の棒で叩いた。
 
 勝負は一瞬のうちに決まる。
 
 訓練とはいえ、その勝敗は決まっている。
 判定基準は実に単純なものだ。

 勝利条件は2つ。

 相手の握る武器を落とすか、又は頭部を叩くこと。

「いったぁぁ!!!」

 大袈裟にイアードが声を上げる。
 ナールは少し焦った表情を浮かべて、イアードへと駆け寄った。

「えっ!? そんな強く叩いてはいないはずなんだが!?」

 その焦るナールの表情を見て、頭を抑えながらイアードが顔を上げると彼女はいっしっしと笑う。
 そこでナールは気づく。彼女にからかわれたのだということを。

「ほーんと、手加減なしだよな……ナールはさ」

 落とした木の棒を拾い上げたイアードが口を尖らせてナールに一言、文句を垂らした。
 その言葉を聞いてナールは一つ苦笑いを浮かべた。
 

「よく言う……手加減、なんかすれば問答無用で引っ叩くくせに……」

 一度、イアードにも華を持たせようと加減をしたことがあったがそのナールの情けに気づいたイアードは怒って力強く頭を引っ叩き、ナールは大きなたんこぶを作ることになった。

 加減するくらいなら本気で挑んできて欲しい、でなければ次はかち割ると脅され、それ以来ナールは叩く際の力の加減こそするものの、本気で挑むことにしたのだった。

「いっしっし、わかってんじゃん。もっかい!」
「あぁ、いいよ。何度だってかかってこい!」

 元気そうなイアードの顔を見て、ナールは再び木の棒を構え直す。
 
 次は、先程のように簡単に決めさせてはくれないだろう。
 ナールはイアードの目を見て、そう確信し。気持ちを入れ直して彼女の方へと向き合った。

「……」
「アイン、よそ見はーー」

 アインから一本を取ろうと、踏み込んだ瞬間。
 アインの剣先がナールの父の方へと向けられる。
 その予想だにしない一撃に、師であるはずなのに思わずナールの父はごくりと唾を飲み込んだ。
 
 アインはよそ見をしてはいたが、その実。しっかりと相手の動きに対して意識を向け続けていたのだ。
 死角をわざと突かせることにより油断を誘い、見事この試合の勝利への大きな布石の一歩をもぎ取ったのである。

「よそ見は……なんですか? 先生」
「……見事……」
「ありがとうございます。では、遠慮なく……」

 イアードとの二度目の試合の最中、ふと、ナールは偶然、アインが自分の父から一本を取るその瞬間を目にした。

 子供相手にある程度の加減していたとしても、一本を取れるアインは本当に天才的……とてもじゃないが、今のままでは追いつけないとナールは感じていた。

「てやっ! てやっ! てやぁぁぁぁ!!!!」
「んぐぐ」

 更に、別方向からはドライの激しい猛攻が見える。ツヴァイは一本こそ取られてはいないが、満足に反撃に出ることができないように見えた。

「こらっ、ナール油断大てーー」
「……どっちが、かな?」

 イアードは良くも悪くも太刀筋が真っ直ぐだ。だからこそ、その攻撃の軌道を読むことはナールにとって容易いものではあった。
 
 よそ見をしていたはずのナールの一太刀を受けて、イアードは本日三度目の敗北を経験することになったのだった。

「……たぁー……つっよいなぁ!!」

 負けたにも関わらず、そう言ってイアードはとても楽しそうに笑っていた。ナールはその無邪気な笑顔が少しだけ憎らしかった。何故だかそう感じずには居られなかった。


つづく

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