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41 修羅の瞳

 長い髪を風に靡かせ、静かに直立する少年の視界には一人の男を中心として周りにいる人間達が弾き飛ばされ次々と周囲へと飛んでいく様子が捉えられている。
 その光景はまるで地上に咲く太陽を模した花のようでもあった。聞こえてくる声はまだ若い者達の声、悲鳴を上げて宙を飛び地面へと落下して、そして呻きながら次々と倒れうずくまっていく。

 ここは西部学園都市ディナカメオスの中央大広場区画と呼ばれる場所。

 倒れる生徒達で広がり上空から眺めれば大輪の花のようにもなっているその広場の中心で高らかに笑う初老の教師が大きく息を吸う。

 身体を覆うローブは大きく身体のラインに沿って隆起し、その人物の肉体の凄さをシルエットだけで滲ませていた。年齢を感じさせないその身体のキレに周りでここまで静観していた生徒達も思わず身を乗り出し始めていた。

「がっはっはっはっはっ!!!! こんなもんか今年の新入生は!!!! 全くだらしないのう!!!!! そんな事ではこのディナカメオスではやっていけんぞぉ!!!!! 根性を見せんか根性を!!! 今のお前らなど雑魚同然の力しかないのは当り前よ!! 自分には何が出来るか今のうちに把握しておかんと成長もないぞ!!!」

 広場に響き渡るその大きな声の主は周りで静観していた生徒達へと向いていく。数名がその挑発にピクリと反応する気配が捉えられた。

「そら、もう様子見などは十分だろう? そろそろ見学気分のお前達もかかってこんか……それとも今見ている者達は全員腑抜けか臆病者か?」

 更なる挑発にプライドの高そうな者達がこぞって反応する空気を生じさせる。ここまで傍観してきた生徒達はよほど自分の力に自信があるのであろうことが窺えた。

「くだらない」

 長髪の少年は小さく嘆息して一言吐き捨てる。

「ふふ、生意気そうな目線なやつらばかりが残っておるわ。なんなら全員一度にかかってきてもよいぞぉ、はははは」

 その言葉に切れ目で態度も身体も他の生徒と比べると大きそうな生徒と細身でスラリとしており、纏う空気の清廉な美少年の二人組がお互いに目を合わせた。

「ねぇドラゴ。なんかこの光景、昔を思い出さないかい?」
「ああ、俺も同じ事考えてたぜ。ゼフィン」

 お互いをドラゴ、ゼフィンと呼び合っている二人は今にも動きたくてうずうずしてきている様子で会話する。

「あれだろ。お前に初めてぶちのめされた時を思い出す。こうして邪魔な奴らが居なくなるまでお前は待ってたよな。なるほど、こんな気持ちであの時、待ってやがったのか」
「ああ、そうだね。懐かしいな、とても」
「おい、他に同じように待ってる奴の中で強そうなやつはいるか? ゼフィン」
「そうだね。……うん、何人かいる」
「そうか、じゃぁそいつらを覚えといてくれ。あとですぐに決闘挑むからよ」
「え、ドラゴ。それはずるいよ。僕だって強い人と戦いたいんだから」

 そうした会話が聞こえたかのように中心にいる人物は2人に目線を向けて声をかけた。

「そういうことなら、そこの二人!!! この場に居る者で一番強いのはこのワシ!!! マキシマム・ライトじゃぞ!!! うずうずしとるんなら早うかかってこんか!!!!」

 ドラゴは一番という言葉にピクリと反応して相手を睨みつける

「あんのジジイ…随分と偉そうな物言いじゃねぇか、一番強いって自分で言いやがったぞ」
「あははは、君って反応がわかりやすいなぁ、しょうがないよ。あの先生は僕らの強さを知らないわけだし」

 拳を握り込んで体勢を低く構えたドラゴは地を踏みしめて蹴り出した。

「ふん、これで引退しても文句言うなよなぁああああああああああジジィいいいい!!!!!!! この場で一番つえええのは俺様だってことをわすれんじゃねえええ!!!!!!!」

 周りのほとんどの生徒達も驚くほどの加速力で身体の大きなドラゴは初老の教師に肉薄した、、、だが、瞬間に脳裏に浮かぶ恐怖がドラゴの身体を包んでいく。離れて様子を見ていた時には気付けなかった。
 その抑え込まれた気迫が肌に直撃し感覚的に身体が委縮する。こんなことは昔、父と稽古していた時にしか感じたことがなかった。

(で、デケエ、このじじい、それに、離れてるときは気付かなかった、、、、なんて緊張感だ、、、、ッッ、、、こ、こいつは、ヤ、ヤベェ!!!!!)

「!? ドラゴ!!!!!! 危ない避けろ!!!!!!」

 ゼフィンも瞬間的に同じものを感じ取ったらしくドラゴに向かって大声を上げた。

「動きも反応も悪くない!! だが、 まだまだ遅い!! ワシの最も得意な間合いまでご苦労さん!!!! そうら!!!! 耐えてみせろよ小僧!!!!!!!」

「ぬうおおおおおおおお!!!!!!!」

 ドラゴは両の腕をがっちり交差させて飛んできた大岩のような拳を受けとめた。瞬間、ズシリと一瞬感じた重みの後、浮遊感が身体を包み込み、ドラゴの身体を殴り飛ばした。この場の生徒達の中でも身体の大きなドラゴが宙を舞う様子に周りの生徒達も騒めき出す。とりわけドラゴの力を一番知っているゼフィンには目の前の光景が信じられずにいた。

「あのドラゴが、、、あんな、、簡単に!?」

 振りぬいた腕の速度と同じ速さで地表スレスレを吹き飛び、重力によって落下し地面に触れた直後に増した摩擦で転がって土煙を上げていくドラゴを唖然と見ているしか出来なかったゼフィンの足は動かなかった。

「な、一撃? あのタフさが取り柄のドラゴが? 僕は夢でも見ているのか?」

 土煙の上がる中からドラゴが姿を現す。よろよろと立ち上がるが足元がおぼつかない。

「この、程度、はぁ、痛くも、かゆく、もねぇ、ええええ」

「ほぉ、思ったより頑丈だが足元がフラフラではないか。立ち上がり根性を見せたという点は及第点だが。ほら、お前達も見ただろう。多少腕に覚えがあろうと今のお前達が一人で向かってくればこんなもんよ。もう少しこの場に居る者達で力を合わせて戦ってみんか」

 離れた場所でまるで動けずにこれまでの様子を見続けていた少女は一人硬直していた。

「え、ええ、む、むりぃいいいい。こんなのむりだよぉおおおおおお。戦うなんて、、、私、喧嘩だって一度もしたことなんかないのにぃいいいい。学園がこんな野蛮な所だったなんて、しらなかったんだけどぉおおおおお、もぉやだああああ」

 髪をお団子状にまとめたピンク色の髪の少女は足をカタカタ震わせながら目を真ん丸にして周りの生徒達の姿を見る。今、周りで静観している生徒達は自分とは様子が異なっている。この場に居る中で自分だけが戦闘経験が皆無であることが明らかであると悟った少女は、ただただひたすらにどうすればいいか分からずあわあわとし続けていた。

「おい、お前」
「ひぃぅえっ!? なに?」

 突然、後ろから声をかけられてビクリと反応する。

「邪魔だ。下がってろ」
「え、ええぇぇぇ。口悪っ」
「なにか言ったか?」
「べ、べつにぃ、、、」

 悪態をついた少年は避けた自分の傍をスタスタと歩いて前に出ていった。思いの外、身長が高くて少しだけドキッとする。
 ただ、先ほど自分にかけられた言葉を思い出して眉間にしわを寄せ、その背中に向かって思いっきり舌を出してベーッとだしてささやかな反抗をしてみせた。

 これが今できる彼女の最大最高のそして、唯一の攻撃、抵抗だった。


「次はお前か? そろそろ力を合わせて戦うという手段も考えてもらいたいんだがなぁ。ん?」

 背後から後頭部に向かって投げられたナイフを首を傾けて避けたマキシマムは頭を通過したナイフを二本の指で器用に止めた。

「おっとと、殺す気できおったか。いいぞ。その意気やよし。今のは悪くない手だが、戦場での殺気の消し方を知らんようだな。ダダ漏れじゃないか。この遮蔽物のない広場で姿を悟らせないだけ大したもんだが」

 ナイフを投擲したであろう生徒にも動揺の空気も場に滲んでいた。そんな中、長髪の少年は一歩前に出て、周りに鋭く冷たい声で言い放った。

「俺は一人で十分戦える。ここからは誰も邪魔するな。邪魔したらどうなるか、わかっているだろうな?」

 そう言って周りを睨みつけて、剣を鞘から引き抜いて構えた少年の空気を受け取ったマキシマムは僅かに気を引き締めた。

 周りでは剣を使う生徒への物珍しさなのか、ひそひそと話し声が聞こえる。

「ほぅ、これは、テラフォール流、、、グラノ殿の流派の剣を学んでおるか? いや、僅かだが型が違うか? 剣を使う生徒は今時珍しくなってしまったものだが、果たして……練度はいかほどか」

 長い髪を風に靡かせながら少年は真っすぐにマキシマムを睨みつける。

「こやつ、今の平和な時代には似つかわしくない目をしておるな」

 少年は一つ呼吸をして…

「いくぞ」


 …小さく呟いた直後、彼の足は地を蹴ってマキシマムに向かって飛び出していった。


続く

作 新野創
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