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Fourth memory (Pisty) 01

 優しい笑顔が頭に浮かぶ……振りかえると同時に赤い髪が揺れた。
 
 必ず戻るって言ったじゃん—――嘘つき
 
 ずっと待ってるのに———。

 ———バカ。 
    
 その日は腹が立つほどに寝ざめの悪い朝だった……。

 幸せだった子供のころの記憶を、ずっと夢としていつまでも見ていたかったのに……。

 現実とは、残酷だ。

 ふと、横を見ても温もりはなくて、何もない空間を手でそっと撫でる。 

 もう、何度こんな夢を見て、こんなことを繰り返しているんだろう……あたし……。


「ヤチヨ? 起きたの?」

 親友の声を聞いてあたしは、微睡んだ目を開き、起き上がる。

 ふと、窓の外の景色が目に映った。全ての物が天から降り注ぐ水に打ち付けられている光景。
 
 ……雨が降っていた。雨の日は、嫌いだ。
 
 ママとアカネさん。二人がいなくなった日は雨が降っていたから……。
 
 あーあ……昔のことを思い出して暗くなるなんて、あたしらしくない。

 そう、自嘲して部屋を出る。

「おはよ、ヒナタ」
「おはよ、じゃないわよー。もう、お昼過ぎてるんだから」

ヒナタはそう言って頬を膨らませつつも、食事の準備をしてくれていた。

「ごめんごめん……今日はなーに?」
「パンとヤチヨの好きなハムベーコン」
「やったー! ヒナタ、だーいすき!!」
「もぅ、調子いいんだから」
 
 呆れた様子ではあったけど、ヒナタは笑顔だった。

 一緒に暮らし始めてから、こうして身の回りの世話を焼いてくれているヒナタには感謝してもしきれない。
 
 こんな生活も気づけばもう、5年、続いていた。
 
 そう、あの日……あの日から……5年……。

 サロスとフィリアに助けられたあたしは天蓋に縛られ続ける選人の運命から解放された。


でも……。


『フィリア、何するつもりなの? サロスに何する———サロス、もう止めて、このままじゃサロスが!!!』
 
 あたしは、二人に涙ながらに訴えていた。

 二人と二度と会えなくなってしまう。

 そんな予感がしていたから。

『ヤチヨ、心配すんな。俺は、平気だ!! フィリア、頼む!!』
『サロス、僕は……』

 フィリアが、覚悟を決めてサロスに視線を向ける。

『フィリア! ありがとな。お前が、俺の親友(ダチ)で良かった』
 
 フィリアはその言葉を聞くと、顔を伏せて俯いた。

『サロス!!!』
 
 あたしが力の限り叫ぶと、サロスが立ち止まる。

『ヤチヨ!! ……ごめんな。約束破っちまって』
『サロス、やだ!!やだよ!!!』

 サロスの表情が微かに曇り、拳がぎゅっと握りこまれた。
 その直後、泣き喚く私の頬をサロスの指が不器用に拭った———

『幸せになれよ』
 
 最後に一言、笑顔でそう告げると、サロスは天蓋の光の中へと歩いていく。その背中は少しずつ光に飲まれて消えていった。

 あたしはその場から動くことが出来なかった。

 いつもそうだ……。

 あたしから離れていく人たちはみんなそうやって……。

「……また、あの日の事でも考えていたの?」
 
 ヒナタの声で我に帰る。
 
 アツアツだったパンはいつの間にか湯気を無くし、冷めてしまっていた。
 
 既に、朝食を終えたヒナタがコーヒーカップを口に付けながらあたしの方を見ている。

「ヒナタ……その、あたし———」
「ヤチヨのせいじゃない。何度も、そう言ったはずよ」
 
 静かに、でも力強くはっきりとしたヒナタの否定の言葉だった。

「……っつ、でも!!!!」
「フィリアだって、自分の意思で天蓋に残ることを決めた。『本来、交代することなんてできないのが選人。それをなんらかの方法でサロスがヤチヨと代わり。ここに残ると言うのなら、僕も残る……』そう言ったんでしょ? ……まったく、私の気持ちも知らないで勝手に、一人で、決めちゃったのね……」
「ヒナタ……」
 
 選人になれば、災いをよぶものが封印されているとされる天蓋の最深部に行けるらしい。
 あたしにはその方法が分からなかったんだけど。

 そこで災いを呼ぶものをどうにかすることができればすべて元通り……また、四人で一緒にいられる。
 そう言ってサロスは、行ってしまった。

 それを見届け、あたしを逃がしたフィリア。
 サロスが出てきたら、連れて帰るからそれまでヒナタを頼む。とあたしに伝え、フィリアは天蓋へと残った。

 でも、その天蓋は私が外へ出ると同時に、崩壊し、今は瓦礫の山となっている。

 それっきり、サロスもフィリアも未だに戻っては来ていなかった。

「最初は、恨んでしまいそうになった。でも、そんなことできるはずなかったわ。だって、ヤチヨは、あたしのたった一人の親友だから。それに……今はヤチヨだけでも傍にいてくれる……それだけで幸せだから」
 
 ヒナタは、そう言ってあたしに笑いかける。

 強いな……ヒナタは……。

 ヒナタは、真っすぐにあたしを見つめていた。その気持ちに答えるためにあたしも本心を口にする。

「うん。あたしもきっとヒナタがいなかったらどうなってたかわかんない。ママもパパも今、どこにいるのかわかんないし。あの教会も今は誰も住んでないし……ううん、教会だけじゃなくてこの町のかなりの人が消えちゃった。あたしが選人としての役割を放棄した……からだよね?」
 
 ヒナタはゆっくりと首を横に振ってあたしの発言を否定した。

「違う……とも言い切れないけど……正直、わからないわ。確かに、ヤチヨが天蓋から出てきてサロスとフィリアがいなくなった日から急激に行方不明者も増加した。でも、肝心の天蓋は崩壊して今は、誰も中には入れなくなってるし……」
 
 二人して難しい顔をして、しばらく考えても答えなんて出るわけがなかった。

 ふと気づけば、ヒナタが用意してくれたパンも固くなってしまっていた。

「……温めなおすわね」
「……ゴメン、ヒナタ」
「良いのよ。私も少し話し込み過ぎたわ」
 
 そう言って、ヒナタが立ち上がり、キッチンに向かおうとしたとき、玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。

 そう、この時間に訪ねてくるのはきっと……。



続く


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