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Fifth memory (Philia) 09

「サロス!!」
「こんな時間にどうしたんだ? フィリア? さっき、帰っーー」
「ヤチヨがいないんだっ!! だから一緒にーー」
 
 サロスが僕の言葉を聞き終わる前に、二階の窓から飛び降りてきた。

「サロス!?」
「フィリア! どっか、心当たりはあんのか?」
「いや、ない……それより大丈夫なのか? 君、今、飛び降りーー」
「んなこと、今は、どうだって良いだろ! 探すぞ!! フィリア!!」
 
 今日、訪ねた時の魂が抜けたように腑抜けていたサロスとは、まるで別人のようだった。

 いや……違う、今、僕の目の前にあるこの背中こそが、本物の僕の知っているサロスだ。

「わかった! とりあえずヤチヨの家までの道をもう一度探してみよう」
「了解! 行くぜ! フィリア!!」
「サロス!!」
「んだよ? まだ何かあんのか?」
「いや、靴ぐらい履きなよ」
「あー靴? へっ、んなのいらねぇよ!! 裸足でも走れる」

 サロスは、そういって笑って走り出す。

 本当、君はいつだってーー。

 その後、サロスがヤチヨを見つけだした。僕はサロスに頼まれヤチヨを落ちた深い穴から救うためのロープを探しに診療所を訪れていた。

「夜分遅くすいません!! ヨウコ先生!!」
「フィリア!? どうしたのこんな遅い時間に!?」

 息を整えながらゆっくりとヨウコ先生に近づいていく。 

「ロープがあったら、貸していただけませんか?」
「……いきなりロープって言われても」
「お願いします! 今、どうしても必要なんです!」
「そんなこと急に言われても……」
「そう、ですか……」
「……もし、あるとするなら自警団かしらーー」
「自警団……」

 その存在は出来るだけ、僕の中では触れたくないものだが……今はそんなことも言ってられない。

「ありがとうございます! 行ってみます!!」
「待って! 無理は絶対にせず、何かあったらここに戻って来て、約束して……フィリア……」
「はい!」
 
 ヨウコ先生にそう言って、自警団の方へと向かった。

「何? こんな時間に騒がしいわね……」
「……ヒナタ、今夜も忙しくなりそうだから、ご飯はーー」
「……一人で食べればいいんでしょ」
「ごめんなさい、明日はーー」
「そのセリフはもう、聞き飽きた」
「……ヒナタ」

 自警団の方へと向かう途中、見慣れた背中を見つける。

「ツヴァイさん!!」
「んっ? フィリアじゃねぇかどうしたんだよ? こんな夜遅くーー」
「ロープ、持ってないですか?」
「んぁ? 唐突だなーー」
「持ってませんか!?」
「まぁ……あるけどよ……何に使うーー」
「ありがとう! 必ず、返します!!」
「……ナールに言っておくか……」

 ロープをしっかりと握りしめ、ひたすら森の中で木々を掻き分けながら二人の元へと向かう。

 確かこの辺りのはずだと戻った場所でサロスの姿が見当たらない。
 もしかして、と深い穴を覗き込むように身を乗り出すと予想通りの状況が目に入ってきた。

「ヤチヨ、無事かいーー? ――って、なんで君まで。落ちてるのさ?」

 たどり着いた先、そこで僕が見たのは、穴の中にいたヤチヨと、サロスだった。
 
 二人とも僕を見て何故かすごく笑っていた。どうにか無事みたいでひとまずホッと胸を撫で下ろす。

 いや、今はそんなことより、ヤチヨと、何故か一緒に落ちているサロスをここから助けださなきゃ。

 僕がロープを上から伸ばすと、そのロープに掴まり、ヤチヨを背中にのせたまま、サロスが登ってきて、あっという間に穴から脱出させることが出来た。

 そして、僕はヤチヨをサロスの背中からゆっくりと降ろす。
 だが、彼女を降ろし終わった直後、サロスは久しぶりに激しく動いていたからか、そのまま力を使い果たし、気を失う。
 その身体は再び登ってきた真っ暗な暗闇へと吸い込まれていく。

 ヤチヨが泣き叫び、僕は、サロスを救おうと手を伸ばす。
 
 けど、伸ばしたその手はわずかに届かない……。

「サロス!!!」

 諦めるもんか! 更に身を乗り出し、僕自身も穴に落ちそうになる直前、誰かが僕の体を後ろに引いた。

「フィリア!!!」
「えっ!?」

 懐かしい声が聞こえ、次の瞬間、その声の主がサロスの手をしっかりと掴んで引っ張り上げていた。

「死なせるものか!! 君は、アカネの大事な息子なんだから!!!!」

 それは、久しぶりに見た兄さんの姿だった。

「ナール、いきなり走り出してどうしたーーフィリア!?」

 その声を聞いて、何人かがこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

「ナール? あなた何してーー」
「ツヴァイ! すまない、力を貸してくれ」
「おっ、おう!!」

 サロスの手を掴んでいる兄さんの体をツヴァイさんが引っ張り上げる。

「どういうこと? えっ!? あなた、大丈夫? どうして泣いてるの?」
「サロスが、サロスが!!」
「落ち着いて……穴に落ちそうになっていた彼なら無事よ」

 二人と一緒にいた女の人が、ヤチヨの方へ、近づき落ち着かせようと軽くハグをする。

「状況はよくわかんないけど、ピンチ、ってことで良いのよね? ナール!」
「そういう認識で構わない」
「おっしゃ! なんかよくわかんねぇけど、ナール、俺は、次、どうしたら良い?」
「ツヴァイは、俺と気を失っている男の子を、ドライは……泣いている女の子に肩を貸してやってくれ」

 僕が、事態を呆然と見ているなか、兄さんが次々に二人に指示を出して事態を納めていく。

「この程度、俺一人で充分だ! ふんっ!」
 
 そう言って、ツヴァイさんがサロスを右肩に狩った獣のように担ぎ上げる。

「そうか……だが、その担ぎ方ではなく、背中に乗せる方で頼むぞ、ツヴァイ」
「あいよ! わかった!!」

 ツヴァイさんは、そのままサロスを背にのせ、何事もないように歩き出す。

「あなた……大丈夫? ほら、捕まって」
「サロス……サロスは……?」
「今、私の仲間が彼を病院に連れていってるわ。あなたも怪我しているからあたしと一緒に行きましょ。大丈夫。大きな怪我はしていないわ。あなたも彼も、だから安心して」
「……はい」

 ドライと呼ばれた女性がヤチヨと寄り添ってゆっくりとついて行く。

「……お前は、一人で歩けるな?」
「どうして……兄さんがーー」
「……話は、後だ。今は、とにかくみんなとヨウコさんのところに行くことが先決だろう」

 ツヴァイさんとドライさんに二人を任せ、僕は、兄さんとヨウコ先生のところへと向かう。

 ヨウコ先生は久しぶりの兄さんの姿に驚きつつも、事の詳細を聞くと、呆れのため息を一つ吐く、サロスとヤチヨの二人を手早く治療してくれた。
 
 二人が、ヨウコ先生に叱られている間。僕は外に出て、ツヴァイとドライにお礼を言い、病室に戻ろうとしたところ、診療所の入り口に兄さんが立っていた。

「兄、さん……」
「フィリア、彼は随分と無茶をしてしまう人物のようだな……よく似ている」
「サロスはいつも無茶をするんだ」
「ふ……ツヴァイ、先に戻って、報告書を頼めるか?」
「おう、いいぜ。おら、行くぞ、ドライ!」
「命令しないで!!」

 言い合いをしながら、去っていく二人を見届け、兄さんの方を向く。

「……俺も、すぐに戻らなければならない……」
「兄さんありがーー」
「フィリア……次の選人は、彼女かも知れない」
「えっ!?」
「……いや、今の言葉は忘れてくれ。あまりあの人に心配かけるなよ……」

 兄さんは、母さんが死んでから父さんをあの人と呼んでいる。

 兄さんが今、何をして、何を考えているのか、正直よくわからない。

 父さんが辞めた後、あんなに嫌がっていた自警団のトップになった。

 ……兄さんが去り際に言ったあの言葉、次の選人が、ヤチヨ?

 考えて、すぐに身震いする。そんなことあるわけがない。

 頭では否定していても、その嫌な予感が消えることはなかった。

 そんな気持ちを抱えたまま、病室へと戻ると、そこにあったのは、僕が求めていた光景。

 ヤチヨがいて、サロスがいる……。

「もう、絶対お前を危険な目には合わせない。俺とフィリアでお前をずっと守ってやる」
「……!! ありがとう」
 
 ……あぁ、そうだね。サロス、僕たち二人なら。

「勝手に僕まで巻き込むな。サロス」
 
 そんな気持ちを隠すように、僕は苦笑いを浮かべ会話へと混ざる。

 再び重なり、交じり合った時間、こうしていつまでも三人でいたい。

 そんな僕の、ささやかな望みは、そう遠くない未来に打ち砕かれることになる。

続く

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