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Sixth memory (Sophie) 07

 突然のフィリアさんの登場にボクが更にどぎまぎしていると、フィリアさんがボクたちの目の前まで歩いてくる。

 それを見て、アインさんはボクのコーヒーにそのスプーンに乗せていたフィアレスを落とし入れ、軽く混ぜるとそのスプーンを自身のカップに戻した。

 フィリアさんは、ボクの方を向くと、封筒に入った書類一式を手渡してくる。

「団を移る手続きに必要なものだ。明日までに、必要事項を記入して、アインに手渡してくれ。そして、アイン、わかっているとは思うがなるだけ早急にツヴァイと話をつけておいてくれ。安心して欲しい、君が面倒がって先延ばしにしないように、円滑に話を進められる段取りは済ませてある」
 
 そうアインさんが口出しをできないようにやや早口で言い終わると、フィリアさんは近くの椅子に座り、少し冷めたボクのコーヒーを一口すすった。

 その動きは流れるような動作で慣れ親しんだものだと思った。きっと、それは無意識だったのだろう。

 ただ、さっきアインさんがボクのコーヒーにフィアレスを入れて混ぜていた為「甘っ」という驚いた表情を浮かべていた。珍しい顔をしているフィリアさんと目が合う。

 そして、彼は気づいたのだろう。このコーヒーは自分へ入れられたものではないことを、フィリアさんは立ち上がりボクの方を向いて「すまない、君のコーヒーに口をつけてしまった」と一言頭を下げながら言うと、自分の分を入れにキッチンへと消えていく。
 
 その様子をみていたアインさんは、めんどくさそうな表情を一瞬浮かべ、立ち上がり、ボクの方へ一度、笑顔を向けると、そのまま背を向けて奥の扉へと消えていった。

 自分のとボクのを入れなおしたコーヒーをカップに入れてフィリアさんが戻ってきた。
 ボクが使うと考えてか、ミルクと新しいスプーンも一緒に持ってきている。
 
 こういう細やかな所は本当に尊敬する。
 気遣いというか、常に状況や状態を判断し、先を見て普段から行動している事が伺える。

 まだ熱々のコーヒーをそのまま何事もなく啜り、ふぅっとフィリアさんが息を一つついた。
 
 その瞬間、今度はボクが立ち上がりフィリアさんに頭を下げる。

「あっ、あの、ありがとうございます。フィリアさん!! アインさんも……ボクのために色々としてくださって本当に感謝ーー」
「気にしなくていいわ~でも、ときどきお話をする時間を作ってね。また、楽しくティータイムしましょ」
「アイン」
「わかってるわよ。ちゃんとやることはやります~」

 扉から顔だけを出し、フィリアさんに注意されると、イーッと顔を歪ませ、ヘソを曲げた子供のような表情をフィリアさんに向け、扉を閉めた。

「まったく……でも、アインの言うとおりだ。これは僕が……いや、僕たちが好きでやっているだけなんだ。だから、君が気にする必要はないんだよ」

 そう言って、フィリアさんが優しくほほ笑む。

 その様子を見て、ボクもゆっくりとイスに座った。
 そして、座ってフィリアさんを改めて見ると、服がところどころ汚れ、あちこちに小さな傷があることにも気づいた。
 
 フィリアさん自身は、それについては何もいわないけれど、ツヴァイ団長のことだ……きっと話し合いだけでは済まなかったのだろう。

「……あの、フィリアさん……すいません、ボクのためにそんな傷まで……」
「傷……? あぁ、この程度、日常茶飯事さ。それに、さっきも言ったけど気にしなくていい」
「でも、ボクのせいでーー」
「傷を作ったのは君のせいじゃない、僕自身がそうなる戦い方しか出来なかったというだけさ」
 
 そう言って、フィリアさんは苦笑いを浮かべた。

「僕がきちんとツヴァイの攻撃を避けて、捌いてさえいれば傷つくこともなかった。事を急ぎ過ぎて、油断した結果さ。やはり、模擬戦とはいえ、気を抜くのは良くないね。また一つ勉強になったよ。ほら、そんな顔しないで、熱いのが苦手でなければコーヒーも、冷めないうちに、ね」
 
 そう言って軽く、パンパンッと汚れを払い、フィリアさんが入れてくれたばかりのコーヒーをボクに進める。
 
 ボクは、その言葉に素直に甘えることにした。

 おかわりとして入れてもらったコーヒーに少しだけ、アインさんが置いていったエクストラバージンフィアレスの瓶からスプーンで蜜をすくって、コーヒーに溶かすと、甘い香りが辺りに広がり鼻腔をくすぐる。

 その幸せな香りに、ボクはうっとりと目を細めて笑みを浮かべる。

 一口飲んだだけなのに、その芳醇な香りが鼻を抜け、脳を揺らす。
 たった一匙だというのに、コーヒーの香りと味に負けない強さを持つ。
 
 なので、コーヒー好きからすればコーヒー本来の味や香りを上書きしてしまう恐れすらあるエクストラバージンフィアレスの蜜はコーヒーに入れることは一般的には好まれていない。

 しかし、コーヒーが苦手な人や子供にはまさに救世主と呼ぶべきものでもあるのだ。

 そんな風味に、トリップしている状態のボクを見て、少しほほ笑むとフィリアさんはまた話し始めた。

「ツヴァイと会うのは久しぶりだったんだ。だから、なのかな? 彼のテンションがいつもよりおかしくて、摸擬戦も少し本格的なものをさせられてしまったんだ」
「模擬戦、ですか?」
「あぁ、制約はもちろんあるけれど、それ以外は手加減なしのやつをね……だから、少しだけ、いつもより疲れてしまったな」
 
 そう言葉では言いながらも、フィリアさんは嬉しそうだった。
 
 団長との模擬戦なんて……考えるだけでボクは怯えてしまうし、ほとんどの人が、その場で緊張して実力を出し切れないどころか、きっと何もできずに終わってしまうだろう。

 やっぱり、この人は……フィリアさんはすごい……ボクと同じ一団員だとは思えない。

 そんなことを考えながらぼーっとしてしまっていると声を掛けられた。

「ソフィ? ソフィ?」

 ハッとなり手元のコーヒーの水面に落としていた目をぱちぱちしてフィリアさんを見上げる。

「えっ!?」

「大丈夫かい? ぼーっとして。 そんなにエクストラバージンフィアレスというのが好きなのか? さっきは想像を絶する甘さで驚いたよ」

 そう言ってニコニコ幸せそうに笑うフィリアさんを見て、ボクの心には更に影が落ちた。
 やっぱり、ボクが簡単に関わっていい人じゃないんだ……。

「いえ、何でもありません! ボク、荷物、取ってきます!!」
「荷物? あぁ、そうか。そうだね。うん、とっておいで」
「はい」
 
 ボクは、コーヒーを一気に飲み干すとフィリアさんから逃げるように部屋を飛び出す。
 これ以上彼と一緒にいたら、自分の情けなさや考えに押しつぶされてしまいそうだったから。



続く

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