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60 蒼白の手中

「おおお、あやつも天才の類か……入学して間もないというのに何という剣速じゃ。剣を振る速度だけならあのティルス様を凌ぐやもしれんな」

 プーラートンの賛辞が飛ぶ。
 女性騎士を目指す者としてはとしては珍しく剣を扱っている西部学園の生徒会長ティルスには自らが直接学園内での指導を行った過去もあり、ウェルジアの比較対象として名を挙げた。

 生徒とは言えティルスは双爵家の令嬢であるため、ほとんどの教師達も敬称で呼ぶという奇妙な構図が成り立っている。
 通常は貴族が学園に来ることがないという前例が同じ年に東西で破られた。東部の現生徒会長エナリアと西部のティルス。
 この二人が、つまり貴族が学園に来るというのは双校制度の歴史上を紐解いても異例という事態であり、東西の生徒会長が共に貴族の血筋というのも史上初めての事だった。


 プーラートンも認めるその天才ティルスと並び立つほどの天才とウェルジアを評したのは元々不器用な彼が重ねた日々をプーラートンが知らないからに他ならないが、それでも学園に来るくらいの年齢の者としては飛び抜けた才能である事は分かる。

 そのような感想を持たれている事などつゆ知らず、鞘から抜き放たれた剣を見つめるウェルジア。セシリーから買った剣を見つめて微笑む。言い知れぬ高揚感が心を満たしていくのが分かる。

「いい剣だ」

 ウェルジアは満足げに剣を鞘に納める。先ほどまでの高揚感が嘘のように落ち着き、冷静な頭に戻っていく。
 目の前のトールに鋭い眼差しを向け「で、お前は武器がなくなったようだが、まだやるのか?」と問うた。

 トールは歯ぎしりをして悔しがっていたが、どうやら一撃で戦意は喪失してしまった様子で地を見下ろしている。武器をこのような形で失うとは思ってもいなかったのだから無理もないことかもしれない。
 何より、トールも決して弱い生徒ではなく、本能的に勝てないと悟ってしまった今は身体がいう事を利かない。

「ちィ、、ンのやろォ、槍を両断するたァ、バケモンかよ」

 リリアは呆然としていた。間近でのウェルジアとトールの一瞬の攻防に恐怖して腰を抜かしてへたり込んだ。

「大丈夫か?」
「へぁああ? え、あうえ、あ、う、うん」

 予想外に心配の言葉をかけてくるウェルジアに素っ頓狂な声を上げてしまう。傍から見ると非常に小動物のようなしぐさに見える。

「そうか、そこでじっとしていろ」

 ウェルジアは尻もちをついているリリアに短く安否を確認すると、そのままゆっくり歩いて移動を開始した。まだ戦っている場所に加勢にいく為に動き始める。視線はどこに手助けするべきか見定めているようだった。

「おいおい、もう二人やられたのか?」

 ダリスと交代してドラゴの対処をしていたベルクもウェルジアと時を同じくして攻撃をかわしながらチラリと周囲に視線を配っていた。自分達も決して弱くはないはずだが、なぜこうも押されているのか? と困惑する。

 自分が目の前のドラゴだけでも倒せればまだ戦況は立て直せる。そう考えたダリスがドラゴを挑発する。

「ま、お前は単調で戦いやすいから班の中でどうせ下っ端なんだろ!! さっさと脱落しやがれ」

 そう言いながら距離を取りつつ何射かの矢をドラゴに向けて打ち放つ。下っ端と言われてドラゴの額に血管が浮かんだのが遠目でも分かる。

「アアアア!? ふざけんな! 俺様が一番つええに決まってんだろうがよ!!」

 そう言いながら矢を叩き落とし、ベルクへと再び接近する。見た目以上に早く動くドラゴにベルクも何度目かの舌打ちをするが、素早さなら自分の方が上だという自負があり、その余裕はまだ崩れない。
 斧を振り回すドラゴの攻撃を小柄なベルクはひらりひらりと交わしていく。

「はははっ、当たんない当たんない!! 思ったよりは動きが早いみたいだけど俺の敵じゃないね!」

「ちょこまかとよく動くなてめぇ、どこかの誰かさんみたいで腹立つぜ」

 共に行動することが多いゼフィンを頭に浮かべつつドラゴは、右手に構えていた斧を左手に持って逆手に構え直した。

「はーん? ぶんぶんバカみてぇに振り回して右手がもう疲れちゃったってわけ? というか斧を逆手に持つとか頭わりぃだろお前。そんな持ち方じゃ握力すぐになくなるって事に気付かないのかなぁ? あ、今俺が教えちゃったー、優しいなぁ俺」

「ったく口の減らねぇやつだな。まだ練習中だが、丁度お前がアイツみたいなちょこまか動く戦闘スタイルだからよ。試してみたくなっちまった。最後まで付き合ってもらうぜ」

 ドラゴは先ほどまでの怒った表情のまま、笑みを浮かべる。

「この場でなんか新しい事を試そうってのか? 実戦形式で試すとか正気? ほんとバカなの?」

「うっせぇ、お前らみたいにちょこまか動く奴と普通に戦ったんじゃ、速さのない俺じゃ相手にならねぇ。ちょっとした工夫くらいそろそろしねぇといつまで経ってもやられっぱなしだからな、ちょっとした手品みたいなもんよ」

「チッ、どこが速さはないだよ。どう見ても平均よりは上の癖にな」

 ベルクは更に舌打ちをして歯噛みする。ドラゴの物言いがなぜかとにかく気に障る。

「んじゃまぁ、いっちょお試しさせてもらうぜ!!!!」

 ドラゴは地面を蹴り出してベルクに接近しつつ左腕を殴るように振り抜いた。
 逆手に持った斧の刃が拳の位置から遅れて迫ってくる。先ほどまでの斧の間合いとわずかに異なり、ベルクは感覚を研ぎ澄ます。

「ッッ!? くそっ!!」
 寸でのところでベルクは上体を後ろに引いて拳をかわした。目の前を斧の刃が通過していく。

「なっっ、さっきより早ぇえ!? マジで速さがないとか実は嘘だろオマエ!? 」

 斧を持っての攻撃は動作に移る際に力を込める隙が生じる。となれば真っすぐに相手に向かう動きを利用して腕を振り切る事だけを考えるのならば確かに自分に斧の刃が向かない逆手で持つのが殴り、もとい振り抜きやすい。
 とはいえ、斧を使う戦法としてこのような使い方は通常セオリーにはない。

「俺様は今は殴る方が慣れてっからよ!!! さーて、のけ反った状態でどうやって次のを避けんだぁ??」

 ドラゴはニヤリと笑みを浮かべると斧を逆手に持って振り切った左腕の拳、その手のひらをパッと開いた。

「手品ってそういうことかよ!? 全然手品でもなんでもねぇ!?」

 ベルクも瞬間にドラゴの意図を読むが、最初の一撃を上体を逸らして避けた今の身体の状態では可動域の限界がある。後ろに反らしている体勢のバランスを立て直すために上半身を前に折るしかなかった。
 このまま倒れ込むことも考えたが倒れた所で追撃は免れない。ベルクがその判断に迷っている間にドラゴが次の攻撃へ動き出す。

 斧は空中に投げ出されている。左腕を振り切った後の硬直で力を戻す反動でドラゴは身体を再度反対の方向へと、右腕を使った攻撃を行うべく構え、手のひらを平手にする。

 ベルクに平手をお見舞いするような導線上に斧の持ち手があり、その速度のまま斧を掴み取り斬りかかる。これならば力を込める際の溜めの動作の硬直時間は限りなくゼロになる。とはいえ、相当な握力がないと斧を取り零してしまう。

「おらよ!! いっちょ上がりだぜ!!」

「くぅううっ」

 間一髪で自分の上半身をよじり、ベルクは背中にあった弓を斧と自分の身体の間に差し込んだ。直後に弓の本体はバラバラに砕け散り、張り詰めていた弦が支えを失いビンッと鳴り響く。背中を強打しながら吹き飛ばされる。

「ごほぉおお……なんて……馬鹿力だ、クソったれが、弓の強度がなければ……真っ二つだった、ぞ、、、がは」

 ベルクは吹き飛ばされ、地面に転がった。

 再び、周囲から歓声が上がる。生徒達は大興奮で目のまえの戦いを眺めていた。

 生徒達の注目がドラゴの派手な一撃に集まる間に、ネルとリンの戦いも終わりを迎えていた。

「つええ、な、おい」

 リンが片膝をついて息を切らしていた。

「貴女も決して弱くはないのだけれど、命を懸けるやり取りそのものに慣れてない。殺し合いをお望みのような言動をしていたけれど、実際に人を殺したことはないでしょ。なら、私が負ける要素は一つもない」

「手厳しいねぇ。まだ世界にはこんなやつがゴロゴロいるってのか。そりゃ、簡単に人も死んでいくってもんさ。く、まだ、足りねぇってのかい」
 
 リンが意味深な言葉を吐きながらネルを見る。戦意は失っていないが身体がもう動かないと言った様子だ。

 ウェルジアが助けに向かうまでもなく、盤面はヒボン班に傾いていた。

 だが……

「このままでは終わらせない!!!」

「えっっ」

 突如、ヒボン班の最奥の位置にいるリリアの背後から一人の男子生徒が飛び出す!!

「しまった、ダリスか!? リリア!!逃げろ」

 ヒボンの声がこだまする。だがこの距離では間に合わない。

「ん?」

 プーラートンがウェルジアの異変に気付く。

 ほとんどの者の視線が飛び出したダリスに集まる中、彼女だけがその変化に気付く。

「あやつ、この動きは!?」

 プーラートンが目撃したのは、ウェルジアの身体がその場所に残像を残す様子だった

「これではまるで鏡面!? ワシの流派の技を何故こんな小僧が!?」

「一人くらいは葬らねば先生に顔向けが出来ん!!」

 ダリスは必至の形相でリリアに迫っていた。
 恐怖で頭を抱え目を閉じ「キャアアアアアアアア」
 リリアの悲鳴が辺りに響き渡った。

 その声はこの場を突き抜けるように全員の耳に届く。

「ん!? なんだこれ……は!?」
 ガクンっとダリスは瞬間的に自分の身体から力が抜けることを感じた。だがそれは目の前のダリスだけでなく、周囲の生徒やプーラートンすらも瞬間的に身体に感じた違和感だった。

「なんじゃこれは!?」

 だが、その一瞬の硬直はウェルジアが間に合う為の時間としては十分だった。
 次の瞬間ダリスとリリアの間に入り込んでくる影。

「なっ、お前は他の仲間の元に向かう為にこいつから離れていたはず!?」

 硬直の解けたプーラートンの視線がダリスへと向けられた。ダリスのもつ大きなメイスの先端がリリアに振り下ろされようとした瞬間。
 再び先ほどのベルクの時と同じ現象を見る。一度ならず二度も立て続けに見ることになるとは思わなかった。
 メイスは先端を大きく切り飛ばされていた。次いで大きな打撃音と共に腹部に突き刺さるウェルジアの蹴りがダリスを悶絶させる。


「ぐ、おおお、かはっ」

 大きく後方へと吹き飛んでうずくまるダリスを睥睨して、ウェルジアはダリスへとゆっくりと迫る。

「ウェルジア君、もうやめて!! 私は大丈夫だから!」

 顔を上げたリリアは震えながら叫ぶ。その言葉にウェルジアの動きが止まる。

「勝負はあった! ダリス班は全員戦闘不能じゃ」

 プーラートンがそう言い放った直後

 ジャリッ

 ジャリッ


 と静かに足音が鳴った。


「おやおや、プーラートン先生。監視はすれど干渉はしない。これは国からの命ですよ。ここで勝手に終わらせてもらっては困る」

 プーラートンの背後に青白い顔の教師リオルグが立っていた。


続く

作 新野創
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