Fourth memory 16
その先の未来は今までと同じようで、でも今まで変えられなかった何かを変化させた。
みんなといられる未来に向かうよう動けている。
それは、偶然かもしれない、気のせいかもしれない、小さなことなのかも知れない……でも、何かが確実に変わっていた。
その中であたしのやるべきことは、再び一つまた一つと増えていった。
あたしたちが幸せな結末を迎えるために必要なこと。
そう思って、その瞬間は辛くても決断しなければならない時もあった。
サロスとフィリアとヒナタの四人で過ごす、あの頃のような幸せな日々を過ごすために必要なこと。
そして、あの不思議な場所で、出口とは異なるあの壁を壊すこと。
その壁を、一枚一枚壊すことで生まれる小さな光を大きくしていく。
そうすることで、今まで変えることのできなかった何かを変えることができていた。
ヤチヨじゃない、あたしが……ピスティであることでしかできないことが増えていく。
……でも、どれだけいい方向に変化したとしても最後の瞬間、さいわいをよぶものの力を使うその瞬間だけはどうしても変えられない。
いつもと同じ、その日に至るまでの過程をいくら変えたとしても結末だけが変わらない……。
それから数度、また繰り返す中で、あたしの中で考えられる手はもう全て使い果たしてしまっていた……。
次は何度目だったっけ。
「……」
「おはよ、どうしたの? ヤチヨ、あなた、すごい疲れた顔してるわよ」
その疲労感は、今までの比ではなかった。それもそのはず。もうこれ以上は本当に何をすればいいのか分からなかった。絞り出せるだけは絞り出してきた。これでもまだ届かない。
両手がじんじんと痛む。外傷はどこにもないはずなのに……。
これが、あたしが運命に抗い続けた代償なの?
「だ、大丈夫だよ。ヒナタ、その……ちょっと悪い夢をみただけだから……ごめんね、少し一人にさせて」
今は改めて考えたい。
どうしたらあたしたちの望む未来を迎えることができるのか……。
「……ねぇ、どんな夢をみたの? ……もしかして、サロスたちのこと? 良かったら私にーー」
「本当に! 大丈夫だから! お願い!! 今は一人にしてヒナタ!!」
思わず強く言い放ってしまった言葉に、ヒナタの表情が曇った。
その場の空気が重苦しいものに変わったのを感じたあたしは、とっさに作り笑顔を浮かべようとするが、それよりも早く、ヒナタが真剣な表情を浮かべ、口を開く。
「ねぇ、ヤチヨ、あなた。何を隠してるの?」
こういう時に限って、あたしの親友は勘は妙に鋭い。
こうなったヒナタには何をしても無駄とわかりつつも、作り笑顔を浮かべる。
「本当に大丈夫だから。ねっ、お願いヒナタ今は一人にーー」
「ダメ……」
ヒナタはそう言って、断固として、あたしから視線を逸らさなかった。
「どうして……? なんで、言うこと聞いてーー」
「……今の、ヤチヨを一人にはできない。」
「………」
「……ねぇ、私、そんなに頼りない? ヤチヨにとって私はそんなに弱い人間?」
何回目かの繰り返しの時、ヒナタをナイフで傷つけてしまい、取り返しがつかなくなった時のことが頭を過る。
ヒナタは、寝たきりになり、あたしは……それでも次の周回に向かった。動けないヒナタをそのまま置き去りにして。
唇が震え、上手く言葉を発することが出来ない。
あの時の恐怖が、ヒナタを失った時の恐怖が襲ってくる。
ベッドに横たわったまま動かなかったヒナタと目の前のヒナタの姿が重なる。
「ちがう! そんなことーー」
「じゃあ! どうして!! ……隠してないで教えてよ」
「ヒナタ?」
涙をボロボロと流しながら、ヒナタが言葉を続ける。あたしはその後の言葉にハッとする。
「何だかおかしいの……もう、何年も何十年もヤチヨに会っていない気がして、遠くに行ってしまうような気がして……不安、なの」
「ヒナタ……」
どうしてそんな言い方。
ヒナタがあたしの繰り返している時間を知るはずはない……。
ヒナタが繰り返しに……アカネさんのいう未来を決定付けることに関係しているとは考えにくい。
だって、ヒナタの存在は本来の未来を変えることには関係していないはずだから……。
関係しているのはサロスとフィリアのはずだから。
本当に? ……本当に関係してない、そう言える?
あたしの記憶の中で、さいわいをよぶものの力を使った時、そこにヒナタの姿があったのは一度だけ。
でもそれは、あの不思議な部屋で元々の出口の中を通っていた時のことだ。
未来は今、変わってきている。あの壁の先にある光からの周回でなら、どうなのだろうか?
本当に、ヒナタは関係ないの?
ううん、そんなはずない。だって、あたしは……
サロスとフィリアと、そしてヒナタの4人でもう一度……そう思ってここまで頑張ってきたんだから。
ふと思い返してみれば、ヒナタはフィリアとはほとんど一緒にいたという話じゃない……なら、どうして?
フィリアがさいわいをよぶものの力を使うあの瞬間に、中に来てソフィを庇ったあの思い出したくもない時以外はどうしてこれまでヒナタはいなかったの?
チリチリとひりつく感覚が頭にこびりついて離れない。ヒナタだけどうしてあたしは仲間外れにしてしまっていたんだろう。いつの間にか関係ないなんて勝手に決めつけて。傷つけてしまう事を怖れて、避けていた。
あたし達は……4人で一緒だったのに。
「……ねぇ、ヒナタ、あの日、ヒナタは、どこにいたの?」
「えっ? あの日って……」
「あたしが、天蓋から出てきた、サロスとフィリアがいなくなったあの日、ヒナタはどこにいたの?」
「なんで……急にそんなことーー」
「お願い! 教えてヒナタ!! 大事なことなの!!」
「……それが、ヤチヨの助けになるのね?」
「うん、多分、きっと」
「わかった」
ヒナタは赤く泣き腫らした目を閉じてしばらく考え、やがて、ゆっくりと思い出すように口を開いた。
「……あの日、私は、確か、フィリアとソフィと三人で天蓋の見張りをしていたわ。そしたら、急に中から大きな音が聞こえて、フィリアがヒナタは危険だから外で待っていてくれって言われて、それで私は天蓋の入り口で……」
天蓋の入り口にいた……じゃあ、あの時、あたしが、ヒナタをナイフで斬りつけてしまったあの時は、どうしてヒナタが中に……。
よく思い出すのよ、あたしはあの時、いつもと違う何かがあたしにあったはず……。
あの時はまだ立ち回り方も下手で何をすればいいかも今よりももっと分からなくて、だからあの時……
……思い出した。確か、あたしが油断してソフィの剣によって深く肩を斬られてしまったんだ。怖くなったあたしは、心の中で咄嗟にその場に居ないヒナタの名前を……
待って、ちょっと待って……もしかして、あの時、あたしがヒナタを呼んだから……?
「それが、どうしたっていうの? ヤチヨ」
心を落ち着かせるようにあたしは深呼吸をした。そして、真っすぐヒナタを見つめる。
「……ねぇ、ヒナタ。信じられないような話を今からするんだけど聞いてくれる?」
忘れてたんだ……あたしは、一人なんかじゃない。全部ひとりでやらなきゃいけないなんていつの間にか思い込んで。
4人でなら何でも乗り越えられるって。何でもできるって。そう信じていたはずなのに。
目の前に、すぐそばにこんなに頼りになる親友がいたのに。
「もちろんよ、私がヤチヨの話を聞かなかったことある?」
大丈夫。あたしにはヒナタがいる。
「……本当に、からかわないで聞いてくれる?」
「どんな突拍子のない話だとしても、信じるわ。だって、今のヤチヨはきっと嘘や誤魔化したりはしないって思えるから」
ああ、そうだ。いつもそうだった。彼女はいつでもあたしを真っすぐに見て傍にいてくれたのに。
けど今は、今だけはどうしても言葉が欲しくて思わず問いかけた。
「どうして? そう思ってくれるの?」
「あたしは、ヤチヨの親友だから」
ヒナタは小さく微笑んでそう言った。
これ以上、今のあたしを勇気づけてくれる言葉はなかった。
今なら、サロスがフィリアをあんなに信じられた気持ちがわかる。
あたしは今まで起こったこと、全てをヒナタに話した。
今のヒナタは未来を決定付ける過去には関与していない……。
アカネさんとの約束は守っている……。
ただ、あの壁を壊すことでもし、あの時のヒナタも未来に関わっていたとしたら……。
何が、正しいのかはわからない。
次の繰り返しを終えて戻って来た時、ヒナタが今話したことを覚えているという保証もない。
それでもいい……今、この瞬間。あたしは、ヒナタに包み隠さず、一人の親友に胸の内を吐露出来たのだから……。
「……どう? こんな夢みたいな話、信じられる?」
ヒナタの事を信じて話した。けど、それでも話した反応に不安は当然ある。
「……正直に言うなら、笑えるぐらい非現実的で、今すぐあなたの頭を調べて、どこかおかしいかどうか確認したい気分よ」
言葉ではそういいつつもヒナタの表情は柔らかかった。だからいつものようにあたしは……
「えっ!? ひどいよ!! ヒナタ」
「ふふふ……でも、本当のことなのよね? ヤチヨ」
目を逸らさずに聞いてくるヒナタ。だからあたしももう一度真っすぐに見つめ返した。
「うん……すべて、本当のことだよ」
「そう……なのね、ふぅ」
「ヒナタ……!?」
ヒナタは力が抜けたように椅子にガクンと座りこみ、あたしは思わずヒナタに駆け寄る。
「大丈夫……心配いらないわ。ただ、少し時間を頂戴。頭で理解するのに時間が必要そうだから」
「……わかった」
ヒナタに話して良かった……ほんの少しではあるけど、気が楽になった気がした。
しばらくの時間のあと、部屋を移動して話は続けられた。
「……サロスとフィリアを助けるため、ヤチヨは何度も何度も同じ時間を繰り返している……そういうことよね?」
一息つくために、入れてくれたホットミルクを飲みつつ。あたしたちは、これからの解決策を話し合っていた。
「なんか、改めてヒナタの口からあたしが言ったこと聞くと、本当、頭、おかしいやつの発言よね」
「相手がヤチヨじゃなかったら精神科を紹介しているわ」
ヒナタはそう言いつつ、苦笑いを浮かべ、ホットミルクを口にする。
「良かった。あたし、ヤチヨで。検査ばかりの日々じゃ天蓋の中にいるよりもつらい日々かもしれないし」
そんな冗談を言う元気すら出てきたあたしも、同じくホットミルクを口にする。
お砂糖なんて入っていないはずなのに、仄かな甘みが口に広がり、ヒナタみたいに心まで包み込んで癒してくれたような気がした。
「冗談言ってる場合?」
「言い始めたのは、ヒナタだよ」
「ふふっ、そうだったわね」
「へへ、そうだよー」
二人して笑い合う。こんなに穏やかな時間を過ごすのはどれくらいぶりかな?
唐突に訪れた時間。あたしは久しぶりに張り詰めた糸を緩めて心の底から一息つくことが出来ていた。
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