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117 職務怠慢ではにゃい

「「ええええ、この人が九剣騎士シュバルトナインの1人!?」」

 メルティナとミレディアは二人して驚いていた。そもそも九剣騎士シュバルトナインに会う機会など正規の騎士であっても、そうおいそれとある事ではないからだ。
 本来であればこうして学園にくることも通常では稀な事で、今年の双校祭が如何に異色であるのかということが改めて分かる。

「あ、どもども~、八の剣セイバーエイトリーリエちゃんだよぉん。学園の生徒さん達、おはっつおはっつ~」

 手のひらが袖から出ていないだるだるの状態でふりふりと手を振る目の前の人物の行動。生徒達が思い描く九剣騎士シュバルトナインのイメージとのギャップに脳内がついてこないミレディア。
 彼女を凝視して全身隅から隅までまじまじと見つめる。いくら目を凝らしてみても自分が憧れている九剣騎士シュバルトナインに任命されている人物だとは到底思えなかった。

「う、嘘でしょ」

 愕然する目の前の生徒への適切な対応が分からず体裁だけは保とうとニヤリと引きっつった慣れない笑みを浮かべる。

「そうね。リーリちゃんも若者の夢ってやつ? 壊したいわけではないんだけども、九剣騎士シュバルトナインが嘘を付くのもよくないし、残念ながら本当の事なんだよなぁチミ。現実を受け止めてくれたまへ」

 ミレディアは硬直し続けている。昔から憧れた国の最高峰の騎士の姿とはまるで思えないその覇気、オーラの無さ。
 更に言えば身嗜みすらも整えられておらず、清潔感も感じられないぼっさぼさの頭。言うなれば休日の寝起きの自分ともそう大差ない。
 
 本気でやりあおう部の活動で世話になっているアイギスなど、学園内でも強いとされる生徒と日々共に過ごす中で強者の雰囲気や纏う空気感は知っているつもりだった。
 目の前の挙動不審な人物は現在学内で注目されているどの生徒達より優れているであろう所が全くもって感じられなかった。

「先ほどの無礼をお詫びなさいミレディア」

 老婆先生が普段のようにミレディアをちゃん付で呼ばない所を見るに冗談をいう空気でもないのは理解していた。
 だが、チラリと視線をやると目の前の九剣騎士シュバルトナインは耳の穴に指を突っ込んでほじほじしている始末。
 まるで幼馴染であるシュレイドの自由奔放な昔の姿を見ているような感覚で、どうしていいかわからなくなる。

「ええ、でも……」

 リーリエはいつも通り、マイペースに手でフリフリしながら欠伸をした。

「ふぁあ、いいよ別に、気にしてないない、リーリちゃん大人なんで、お・と・な・なんで、子供に目くじらなんかイチイチ立てないって」

 なぜか一つのフレーズを強調するリーリエ。あまり人と話すのは慣れていない彼女ではあるが仕事として振舞うようにここへきている事情が僅かなりともあることで、一応は面目を保とうとすることで会話は出来ていた。

 リーリエの言葉にゆっくりと頭を下げる先生にミレディアは申し訳ない気持ちが膨らむ。でも、それでも現実と憧憬のギャップがすぐに埋まるものでもない。
 
「寛大なご配慮、ありがとうございます」

 老婆先生がそう口にする隣ではミレディアが静かに拳を握りこんでいた。やはりどこかで納得できない何かが彼女の胸の内にあるようだった。

「……が、学生ってみんな君みたいに血の気多いのかにゃ? リーリちゃん学園で過ごしたことなんかないからそゆこと全然知らないんだが」

 衝撃の発言が飛び出していた。この学園制度に来ることなく騎士になる人間が世の中にはごく稀に居る事を知ってはいた、が、こうして会うのは初めてだった。
 この学園での過酷な日常を過ごさずにどうやって頂点である九剣騎士シュバルトナインへと登り詰めたというのだろうか。
 不思議でならないと思うと同時に目の間のこのやる気のなさそうな人物に途端に興味が湧いてくる。

 試してみたい。

「すみません。その、貴女が九剣騎士シュバルトナインだってのが全く信じられなくて」

 ミレディアは彼女から視線を逸らさずに不敵な笑みを浮かべる。リーリは思い切り視線を逸らす。ミレディアから陽キャのアクティブな気配を感じ取っていた。

「な、なはははは、さ、さては根っからの正直者ということかにゃ~君。ま、みみ皆にそう言われるし無理もねぇ。実際に仕事では役立たずって言われてるんだから君の感覚は正しいんだぞぉ。だいせいかーい!! あ、でも、しかぁしリーリは動くのとか嫌いなんで、力試しとかそういうのは絶対やんない。面倒だし、凄く面倒だし、とにかく面倒なことは出来る限りしたくない協会会長つまりは最高責任者なんでそこんとこよろしく、それにここはリーリちゃん的になかなか高サボりポイントとなるベタープレイスみたいだからここで争いはよくないゾ、体調の悪い人も居るし、やめとこ!」

 とてつもない早口で念を押すように三回面倒だと繰り返すとテクテクと歩いて奥のベッドから入口へと向かって歩いていく。その途中でピタリと彼女の動きが止まる。

 そのタイミングを隙とみて踏み込もうとしたミレディアだったのだが、指先一つ動かすことが出来ずに身体が自分の命令を聞かない。

「ど、ういう、こと」

 不思議に思っているとリーリエがテントの入り口を見つめて鼻をスンスンしている姿が目に入りますます不可解になる。

「ん? おや? なんか同志の匂いがするゾ」

 そうリーリエが言った瞬間、テントの中になだれ込んでくる生徒達が居た。

「あららぁ? 随分と今日は忙しいのねぇ……」

 カレッツの背に乗って運び込まれたシュレイドはドタバタする中で老婆先生に案内されリーリエが眠っていた場所へと寝かされる事になった。
適切な処置を施されると静かに寝息を立て始める。

 シュレイドの様子を見た老婆先生の指示で学園祭へと戻されていった生徒達。傍に居たいと申し出る者達が多かったが一人一人に声を掛けて優しく戻る事を促していた。
 


 
 しばらくして先ほどまで騒がしかったテントの入り口の場所で、再びお茶を啜る音が聞こえていた。奥には見知らぬ女性とシュレイドがベッドでそれぞれ眠っている。

「ずず~~~、あー、いい、こういうのいい」

 リーリエは老婆先生にお茶をご馳走になりご満悦だった。寝る事が一番好きなリーリエだがホッとできる事や時間であるなら起きている事もやぶさかではない。
 かといって学園内のことに詳しいわけでもなく、散り散りに学園内を見回っているディアナや他の国の騎士達に見つからないようにこそこそとするにはベッドは使わなくても都合が良かった。
 もてなされているという口実もこうして生まれたのだから何の憂いもなくお茶を飲ませてもらう。

「うふふ、お口に合いましたでしょうか?」

「さいこう、いいお茶飲んでるんだねぇアンタ」

 ズズーッとお茶の香りを楽しみながらリーリエは一緒に出されていたクッキーをバリボリと食べる。

「うめぇ」

「で、八の剣(セイバーエイト)リーリエ様。アレクサンドロくん、いえ、一の剣(セイバーワン)アレクサンドロ様は御壮健でいらっしゃるのかしら?」

 その名を聞いて盛大に茶をゴボォっと吹き出したリーリエ。

「ブフゥ―、ゲホゲホ、ア、アレクサンドロ君!? あ、あんたまさかあのジジイと知り合いなの?」

 リーリエは心底びっくりしていたこんな所でアレクサンドロの名前が出るなど思いもしなかったのだ。

「ええ、昔、私がこの学園の新任の頃の教え子なものでして」

 目の前の皺くちゃな老婆先生は柔らかな物腰で笑みを浮かべ、懐かしむようにそう答えた。

「ジジイの先生!? あー、あぁそう、ジジイよりも年上、なるほど」

 どうするか否かリーリエは少しばかり思案する。騎士達には箝口令を敷いている所だ。
 部外者に話していいのかどうか、判断が難しい。

「あの頃の多くの生徒達よりも私の方が無駄に長生きしてしまっていて、お恥ずかしい限りです」

 そう言って湯呑の水面を見つめる老婆の瞳。
 無駄に長生きをしている。
 その言葉の中にある苦悩、後悔、寂寥感をリーリエは感じ取る。

「……そんなことないと、思う、よ」

「え」

 考えるよりも先に言葉が出る。目の前の老婆は視線を上げ、リーリエを見た。

「ジジイが守ろうとしてきたものは、今生きている者も、死んでしまった者も含めて、等しくこの国の人たちの為だった。だから生きられるなら、生きられる限り、生きて生きるべき」

 リーリエの意味が分かるような分からないようなその言葉の言い回しと視線に老婆先生は即座に悟る。伊達に長く生きてはいない。

「……そう、ですか。アレクサンドロ君も、最後まで立派に生ききったのですね」

 途端リーリエはぎょっとする。自分の発言を反芻するが明らかに繋がるはずはない。

「え、今リーリ、ジジイが死んだって言ったっけ?」

 あまりに動揺して自ら墓穴を掘っていった。

「ふふ、年の功というもので気付いてしまいましたリーリエ様」

 リーリエはしまったーというような顔を全開にして大きく肩を落とした。

「……やっべぇぇ、アンタ達の年代のたまに出るほんと意味わからん察し力とかまじでビビるんだにゃーーーーー」

「……何があったのかまでは聞きません」

 その老婆の配慮にリーリエは頷いた。

「ん、そのほうがいい。あと絶対に他言無用でお願いするんだにゃ~」

 両手の平を綺麗に重ねて懇願する。この情報が他に流れてしまえば大きな混乱に繋がる。アレクサンドロの死に際して騎士達の中だけでも大きな混乱が起きていたのだ。
 学園内も例外ではない。ましてや多くの騎士達にはサボりすぎて疎まれており、一般国民には名前さえ覚えられていることもなかなかない影の薄いリーリエとは違い、九剣騎士シュバルトナインとして騎士を目指す者達の中で知らぬ者は絶対に居ない程の高名な人物の死。

 その人物が何者かに葬られたという事実だけは出来る限り今は知られるわけにはいかなかった。

「承知いたしました。ありがとうございます。おかげさまで私も覚悟を決める事が出来そうです」

 突然の老婆の言葉の重さにリーリエは本気の意思を見た。

「覚悟?」

「ええ、この学園に、いえこの国に私が残すべき知恵が、わかった気がします。リーリエ様のお言葉のおかげです。流石は九剣騎士シュバルトナインの騎士様。上に立つべき者の言葉は重みが違います」

「えぇ!? そ、そう? マジで? ほ、ほぉ~ん」

 それが何なのかまでは聞くに及ばずというように湯呑に口を付ける老婆と訳が分からずとりあえず目のまえの茶を飲むしかなかったリーリエの二人は再び静かにお茶を啜る。
 
 ずず~っと小さく響く二人の音はまるで理解し合おうとするようにその音を重ねていくのだった。


 づつく

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