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46 歌と神剣とヨダレ

 半ば諦め気味にリリアはため息を吐いた。
 だが、そこで傍と気付いた。これはもしかして自分にとってはチャンスなのではないか?

 これほどの衆目に晒されたこの場であれば一度に多くの人に自分の歌を聞いてもらう事が可能となる。
 自分が戦いで注目をされることは不可能に近い事は既に午前中には思い知らされている。

 ここに来た目的の第一歩が踏み出せるかもしれない。リリアは改めて食堂に集まるこの人だかりをみて思い至った。
 勿論、怖さはある。昔を思いだすと未だに身体が震えてしまう。
 自分の手のひらをキュッと握り込む。

 この国の中でも貴族、商人などの特権階級の者達のパーティでしか未だに受け入れられていない歌や踊り。
 母と共に過ごしてきた日々の中で道行きに歌い、舞う母の歌声や踊りに集まってくれる人はとても少なく、それらを楽しめる余裕は辺境の貧困にあえぐ村々の人達にはなかったのだ。

 この学園へ来たのも、歌や踊りで沢山の人に笑顔にしたい。という母が成そうとしたことを自分が受け継いで、強く生きていこうと思ったからだ。

 今はもう歌えない、踊れない状態となってしまっている母の想い、願いを自分が……叶えてみせると。

 学園以外に他に人が多く集まる場所をリリアは知らなかった。それにここなら様々な身分や生まれの生徒達がいる。
 自分の歌や踊りを知ってもらい、広めるには最適の場所のはずだ。

 ここに来ることで手に入るお金が目当てで母の治療費を賄うためであったことも否定はできない。
 それに、こんなに危険な場所であるという事も知らなかった。先生に吹き飛ばされて宙を舞い、地に伏せる同級生を見た。
 新入生の歓迎という名目の授業の中でその厳しさは怖いほど思い知った。

 簡単に考えていた部分があったことは確かで、落ち込んで一人で食堂に来て食事をしていた所、このような機会に巻き込ま…巡り合えた。

 自分は戦えない。きっと、この場に居る誰よりも騎士という存在を軽視しているのは自分なのだとリリアは思っていた。そんな自分がここにいること自体がもしかしたら間違いなのかもしれない。

 ただ、それでも、こうして偶然かもしれないが多くの人が集まるこの空間に今、自分がいる事は大きなチャンスであることに気付いたリリアはキッとショコリーを見つめる。

 覚悟は、決まった。まずはこの戦いを終わらせること。

「ショコリー先輩」
「なに? リリア」
「この審査委員長? という役目を私が全うしたら、一つ、この場でやりたいことがあるんですけど…その、やってもいいですか?」
「……」

 ショコリーはジッとリリアの目を見つめたかと思うと、一瞬、口元をニコリとして

「いいわ。好きになさい。このショコリーが許可してあげる」

 何をするのかは聞かれなかった。すぐにショコリーは先ほどの不愛想な表情に戻った。

 こうなればあとは出来る事をやるだけだとリリアは大きく息を吸った。

「みなさん!! これより!!西部学園都市ディナカメオス!! 大食い決闘大会!! 開始いたしまーす!!!!」

 リリアは精一杯の声を張り上げた。先ほどのティルスの声の通り方とは違うものの、リリアの声はざわめきにも搔き消されず、食堂内に響き渡っていく。

 その声に足を止める者も現れていた。 直後、周りから地鳴りのような歓声が上がって熱気は更に高まっていく。
 気が付けば食堂全体がこの戦いに注目することとなっていた。



「んァ?? なんだか食堂の方が騒がしいねェ」

 猫背で顔面蒼白に佇み、姿勢と顔色が悪い少年が怪しげに呟く。見た目は不健康そうだが体調が悪いという訳ではないらしい。

「……ふむ、聞こえてくる声を聴き分けてみたが、どうも大食いの決闘とやらを行うらしい。その響きには大変興味は尽きないのだけど。ボクたちには他にやるべきことがあるからね。貴重な時間を無駄にすることは出来ない……興味は尽きないけど」

 本を片手に目線を落としながらも、チラチラ食堂の方をたまに見ながら眼鏡をかけている少女が答える。

「で、東部の方はどうなってるって?…ほぉら、また背筋曲がってんぞ。おらっ、シャキッとしろ」
 制服に黒い外套を羽織り、後頭部の高い位置に束ねられた癖毛を揺らしている長身の少女が猫背の少年の背中をバンバン叩きながら聞いた。

「いてッ、ちョいちョい、痛いッて、これは昔からだッていッてんだろォ…ッたく、連絡係のミンシャからの定期連絡は来てるよ。噂の英雄の孫はやっぱ東部に入学したらしいなァ、あーくそ。アテが外れたなァ」

「あっはっは、まぁ面倒が一つ減って丁度いいじゃないか。こちらはやる事が少なくて楽で助かる。楽が一番さ。ま、あっちはディアレスがなんとかすんだろうよ」

 癖毛の少女がケラケラと笑っているのを眼鏡の少女は呆然とした顔で見つめて言い放った。

「いやいや、全く楽じゃないですよ。存在するわけがないものを探せとかボクたちに無茶言って遊んでいませんかあの人?」

「とかいいつつ~、興味はあるんだろ?」

 そう言われた眼鏡の少女はなぜか顔を赤らめた。

「そ、そりゃまぁそうでしょう。神剣レグニイェンフェルを探せ! だなんて全く馬鹿げてる話ではありますけどぉ…この国の神話にまつわる情報が大好きな歴史学者の端くれである人間なら、誰もが興味を持つ話題ですよ。当然かと、しかもぉ、探せってことは、存在する確証があるってことですからね……あ、ああっ、た、昂ってきちゃいましたボク」

 眼鏡の少女は手に持った本をカタカタ揺らしながら恍惚の表情を浮かべる。

「アッハハ! お前その顔やべェぞ? 欲情顔じゃねェか~人前じャほどほどにしとけよォ?」

 眼鏡の少女はハッとして現実に戻ってくる。

「んで、東部では神剣ラグナフェブンズ探しなんだッけか?」

「ああ、けど何でこの広い国内において学園でわざわざ神剣を探すんだろうな? 他に探すとこなんか幾らでもありそうなもんなのに」

 癖毛の少女はあごに手を当てて考え込む。

「学園にあるという何か確証があるんじゃないですか? でなきゃわざわざ探さないと思いますし~……く、あああー本当に見つかるといいなぁ、最高ですよね。未知の発見、神話の調査、検証、そして、伝説との邂逅、、、えへへへへ」

 眼鏡の少女は再びどこかへと意識が飛んだ。

「けどよォ、英雄の孫とか色々おまけがあるみたいで、あッちの方が楽しそうだよなァ。こッちは外れクジッてやつなんじャねェのかァ?」

 猫背の少年は最後に大きなため息を吐きながら遠く東部のあるであろう空に視線を向ける。

「だけど、こっちの方が日々の戦いには事欠かねぇだろ。東部では毎日のように個人間での挑み挑まれで決闘をするような習慣がないらしいから、いい子ちゃん甘ちゃんばかりで割とストレス溜まるかもしれねぇぞ」

 そういって癖毛の少女は猫背の少年の背中をまたバシバシと叩く。

「っっ、だからよォ、叩くなッて、ころすぞ」

「お、いいね。いっちょ準備運動にやるかぁ!?」

 眼鏡の少女が慌てて間に入りこむ。

「ちょ、二人とも! それどころじゃ、それどころじゃないんですって!」

「「妄想トリップしてたお前がいうなよ」」

 今にも戦い始めそうな二人は声も表情も振り向く速度も揃えて眼鏡の少女に言い放った。

 「それはもう忘れてください!! 何年も探しているらしいのに未だに何の手がかりもないんですから、気を引き締めないと」

 二人は構えを解いた。眼鏡の少女のいる後ろ、視線の先にはもう一人の人間がいつの間にか立っていた。

「そだな。今は他にやる事もないし。みつかってもみつからなくても結局は学園卒業すりゃ自由にはしてくれるみたいだし。それにあの人には恩もある。今はまずやれることやるとするか……ね、先生」

「……ああ、ではいこう」

 先生と呼ばれた男は一言返事をした。静かに空気に溶け込むかのような存在感。男が言葉を発しただけで場の温度が下がった気がした。

 今の今までまるで景色の一部のような佇まいでずっと立っていたようだ。

 先生と呼ばれた浅黒い顔色の目つきの鋭い男は三人に向けて視線を飛ばすと再び口を開く。

「……魔女の血脈、血筋は最後のベルティーンの死で途絶え。そして、この時代の騎士の頂点、英雄グラノも無力化されたことで騎士の封印も徐々に弱まっている…あとは、グラノの後継騎士、英雄になりうる可能性を持つシュバルトナイン達の存在を消し…神話を再び…この世界に取り戻そう。そのためにも…まずは…神剣を見つけねばならない……さぁ、みんな、ゆこう。私たちで…神話の続きを…始めなくては。全ては……」

『『『『……〇〇〇〇〇解放の命を果たすために』』』』

 4人は話しながら、食堂の付近から離れて去っていった。



 食堂では苛烈な戦いが始まろうとしていた。
「ルールは単純明快!!より多く食べた者が勝者だ!!!!!!!」

 先ほど、突然躍り出てきた生徒がいつの間にか司会進行をしている。なぜかは分からないが、リリアは任せて黙って座った。
 この人が誰なのかはこの際、どうでもいい。自分は基本的に座っているだけでいいと分かったリリアは、座席でほっと胸を撫で下ろした。

 視界にはテーブルの上に山盛りに積まれたニアトリンのから揚げ。見ているだけでリリアは胸焼けしそうだった。

 これは誰が用意したのだろうという疑問をこの場の誰も持っておらず、まるで大食い勝負を待っていたかのように手際よく料理が運ばれてくる。
 この大量の通常の学食のメニューとは異なる料理をオーダーしにいった時点で誰が今日の食堂担当なのかはおそらく判明しているはずなのだが、既に誰が担当なのかという点すらも最早どうでもいい事となっていた。

「けっ、予定外だが、十分に腹も減ってる。この勝負、俺様が勝たせてもらうぜ!!」
「やるからには勝ちにいくよ。午前中の授業でお腹がすいてるのは確かだ。僕も負けないよドラゴ!!」

 ドラゴとゼフィンは気合十分といった感じで席に座っている。大食い勝負と聞いた時には唖然としていたがお腹が空いていたこともあり、今は臨戦態勢となっている。

「んきゃファー!! ニアトリンは!! 大好物なのだわよ~~~~」

 サブリナは更に積まれた料理の山を見上げて目をキラキラ輝かせている。

「……お前、ビビフ肉をあんだけ食ってまだ食えるのか……」

 生徒会に属する仲間、リヴォニアはサブリナの事を食欲が服を着ていると評した自分はやはり間違っていなかったんだなとサブリナの背後で再認識していた。


 サブリナの隣、ショコリーだけは無言で、そのニアトリンの山を静かに真剣な顔で一人見つめている。
 その表情は気高き霊峰を見上げるかの如く、遠い星空に思いを馳せるかの如く、周りの音を遮断しているかのような集中力で座っている。

 周りがざわめく中……微かに小さな水音が聞こえてくる。

 ――ポタッ

 ――ポタッ

 ――ポタッ

 なぜか風格すら感じられるそのショコリーの佇まい。

 一定周期で水滴のような音が微かに聞こえてくる。

 その真面目な表情に似つかわしくなく、彼女の口からは大量のよだれが目の前のニアトリンの肉汁には負けないわとばかりに溢れている

 ショコリーの制服の胸元は既に、開始の合図を待つ時点であるにも関わらず、べしゃべしゃになって濡れていた。




続く


作 新野創
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