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136 白日の下に

 双校祭の終わった翌日、東西の学園に派遣されていた九剣騎士シュバルトナインをはじめとする国の騎士達が帰路についていた頃。

 王都で唯一残って騎士の仕事を捌いていたサンダールが広場に民衆を集め、その眼下に向け口を開き演説を始めていた。

「誉れ高きシュバルトメイオンの王都に住む民たちよ。我ら国の騎士はここに集まる皆に今の私達の現状をお伝えせねばならぬ事態と相成っております」

 騒めく群衆たちは一体どうして城下のこの広場へと集められたのかと口々に話している。
 この場所で何か報せが行われるというのは王族の祝い事、もしくは……その逆、危機を知らせるかどちらかでしか民達を集める事がない広場であったからだ。

 サンダールの表情や話し振りから多くの者が不安の色を見せる。

「この国には今、新たな危機が迫っております」

 そのざわめきは一層大きなものへと変わっていく。
 サンダールはその様子を見つめて口の端を吊り上げる。

「この国の各地の様々な場所に正体不明の怪物達、通称モンスター達が出現いたしました」

 どよめきがざわめきに混じる中でサンダールは続ける。

「ですが、その突如として行われた侵攻は私達、国の騎士がなんとか総力を挙げて食い留めました」

 その言葉に大きな歓声が上がる。民衆を扇動する流れに主導権が取れている事を確認するとその歓声を断ち切るように叫ぶ。

「ただ、残念な事にその激しい戦いの最中、散っていった者達がおります。九剣騎士シュバルトナインのうち、五の剣、六の剣、七の剣の騎士がこの戦いで命を落としました。我が同胞の騎士達の力をもってしてもそれほどまでに恐ろしい怪物達。これはシュバルトメイオンが統一されて以降の初めての危機だと言えるでしょう」

 サンダールは手を目元に当て、俯き涙するような仕草を見せる。その姿に民衆は驚愕の声を上げ場の空気は一変する。彼の仕草に心を打たれ時を同じくして涙を流す者も現れた。

「……また、私がこの場所に立っている事を不思議に思った方もいるでしょう。……ですがこの事実もまた胸の痛みを伴う事が分かっていながら皆へ伝えねばなりません。そうです、私達を長年導いてきたあの偉大なる騎士、一の剣アレクサンドロ様をもが、その渦中に命を落としたのです」

 その瞬間の民たちの嘆きの声は一層大きく王都中を地鳴りと共に駆け巡っていく。

 騎士達の象徴、その喪失、死亡がこの瞬間、国中に明るみになった瞬間であった。

 だが今回の演説は東西の学園から戻って来る道中の他の九剣騎士から同意を得ていないサンダールの独断である事はこの場にいる誰も知る由もない。

「この国の今の平和はアレクサンドロ様の功績が大きいという事をこの場にいる誰もが等しく、漏れなく知っている事と思う」

 悲しみに暮れる民衆へサンダールはなおも続ける。

「お静かに! 皆の気持ちは痛いほどによく分かる。この私もその報せを聞いた時には、どうにかなってしまいそうだった」

 涙を拭うような仕草をした後に姿勢を正して眼下の民衆を睥睨し、深刻な表情を見せつける。

「だが、これでまだ終わりではないのです。モンスター達はまたいつ再び、この国のどこへと現れるかまるで分からない」

 その言葉に更なる不安が民衆を包み込んでいく。

「半数が欠けた九剣騎士シュバルトナイン、このままではもしも次に奴らが現れた時にはその進行を食い止められないかもしれない」

 広場はシンと静まり返り、タイミングを見計らったようにサンダールはマントを翻す。

「そして、次の九剣騎士シュバルトナインとなる者。すぐに任命できるような騎士も今は居ないという現実があります」

 民衆の顔に大きな不安がよぎる。これまで統一された国の中においては未来永劫保障されたはずの安心しか存在しなかった。
 敵国も存在せず、平穏に生活が出来るはずのこの国、そしてその中で最も安全なはずである王都。

 しかし、過去の大戦を生き延びたアレクサンドロの死により、そのモンスターと呼ばれる存在の恐怖感は人々の心の中で今をもって増大し続けている。
 そのモンスターの存在をこの場にいる誰一人として見ていない事が不安に更なる拍車をかけ、未知の存在への恐怖が頂点に達しようとするその瞬間をサンダールは見逃さなかった。

「これはシュバルトメインが統一されて以来、初めての存亡の危機と言えます。そこで私は考えました。今の騎士達だけでは国民を守り切れないのではないか、と」

 ここで他の騎士達にも動揺が走る。だが、ここにはサンダールに対して対等に反論のできる騎士などはいない。

「だから私は、今ここに提案します! 元々、魔女を滅ぼすために王家が秘密裏に研究していたというWHウィッチハントシリーズを国の防衛へ正式導入をすべきだと!」

 高らかに叫ぶその単語に多くの者が頭を捻る。初めて聞くその言葉に誰もが疑問の表情を浮かべてサンダールの次の言葉を待っている。

WHウィッチハントシリーズはかつて魔女がまだ生きていた頃、対魔女戦闘を想定し研究されていた人造兵器です。その為、単体の戦闘能力は一般の騎士をも凌駕します。その力は九剣騎士シュバルトナインと同等、いや、それ以上の可能性すら秘めております」

 その存在の正体は分からずとも、それが今の国に必要な戦力で自分達を守る最後の砦であるという事は誰しもが理解を示している。

「正式導入を前に全ての魔女が潰えた事により表に出る事は叶いませんでした。が、その研究は今もなお第三王女、サヴォナ・ヒルダ・メイオン様の研究費の出資により続いているという情報をこのサンダールが掴んでおります。魔女を滅ぼした後にも研究を止めず、その先見の明を持って取り組み続けたサヴォナ様の国を想う気持ちの強さに感銘を覚え頭が下がる思いです」


 そのサンダールの眼下の演説に対して、城内の人影が狼狽する。煌びやかなドレスに身を纏う女性はその目を見開いて柵を掴んだ手に力を込める。
 
「三の剣サンダール。どうして、あの者がWHシリーズの情報を……!?」

 高き王城のバルコニーより此度の広場の演説を覗き見ていた王族達にも大きな衝撃が走る。
 向かう視線は第三王女サヴォナ・ヒルダ・メイオンへと注がれる。
 
 サヴォナの表情が青ざめ口元に添えた手が震える。

 WHシリーズは確かにサヴォナが出資していた研究であった。
 過去唯一のオリジナルの被検体であったWH000ダブリューエイチトリプルゼロ番の喪失により、後続の研究進行は大幅に遅れはしたものの、その研究を引き継いだ新しい博士によりこれまでの問題点を次々と克服し実用可能レベルにまで引き上げられたというその直近の研究成果をサヴォナが聞いたのもほんの最近の事だ。

 極限まで厳戒態勢を敷いて情報秘匿に努め、ここまでひた隠しにしてきたのは理由がある。

 王位継承権の下位であるサヴォナは自らの権利を上位へとすべく王城内で立ち回っており、その切り札とするべく用意されたのがWHウィッチハントシリーズだった。

 こんなタイミングで白日の下に晒されるとは露とも知らず、彼女は驚愕の表情でもってサンダールを睨みつけていた。

「サヴォナ様、いかがいたしましょうか?」

 一人の男が佇む列からズイと一歩踏み出しサヴォナへ首を垂れる。
 城外にいる騎士達とは異なる佇まいの白を基調にした鎧を身に纏う王城内にしかいない特別な騎士のうちの一人。
 九剣騎士シュバルトナインとは選別基準が異なり、単純な強さだけではなく王家への忠誠心がより高い者達が優先的に集められ城内で過ごす王家専用の身辺警護を行う騎士。
 
「様子を見ましょう。ですが、場合によっては……貴方達にも動いていただくことになるかもしれません。サンダールの出方次第でしょうね」

「御意に」

「……」
 

 王城内の空気が一変していく中、サンダールの民衆への演説はなおも眼下で続いていたのだった。



つづく

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