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120 三日目の神事

 双校祭は全五日間に渡り開催される。

 今年は東西模擬戦闘訓練イウェストの中止の為、双校祭も従来とは大きく異なる内容が盛り沢山だった。
 特にエナリアが独自にイベントの改革を事前に進めた事で、これまでにあった多くの生徒達から貴族の出身である生徒会への反発という要因が些細なことであると浸透し始めていた。
 双校制度の歴史を自分たちの代が大きく塗り替えるのではないかという期待感へと徐々に変わりつつあった。
 

 一日目が終わり、二日目が終わり、中日(なかび)ともなる三日目には生徒達の盛り上がりは更に大きなものとなる。
今回の学園祭では普段はこの遠い地まで来ることがない者達も多く訪れており、様々な催しが行われている事で生徒達には刺激の大きい毎日となっている。
 その多くはカレッツが手配に奔走して実現していた。これまでの双校祭では起こることのなかった楽し気な空気が学園都市中に拡がっていったのも彼の家柄が大きく作用した。

 商家としても名高いロイマン家の跡取りへと貸しを作れる機会とあっては逃す手はないと考え娯楽の少ない学園内へと多種多様な外の者達が集結した。
 日頃から娯楽に触れる機会が多くない学園内の生徒達はとりわけ三日目以降の催しを楽しみにしている者も多かった。

 そう、この日は学園の外から旅芸人の一座が一日限りの特別公演を行う日。

 派手な祭りや催しのそもそも娯楽の多くない平民以下の身分の生徒にとっては新鮮そのもの。未知の娯楽への期待が膨らんでいる。カレッツの思惑も見事に相まって現生徒会であるエナリア派閥への支持生徒の増加も見え始めている中での更なる大きな一手がこのイベントだ。
 
 三日目は商店・娯楽区画の奥にある巨大な建物が解放されることになっていた。普段は全く使われていないその施設に目を付けたのは学園の外から訪れていたその旅芸人の一座であった。
 学園内の誰もがその場所の用途が分からず放置されていた場所である。一日目と二日目は一座の者達はそこで何かを行う為の準備を進めていた。
 そして公演当日のこの日は人手が必要なため、生徒会のメンバーもその場所へと集結し、手伝いをすることになっている。

 

「ねぇねぇ、シュレイド君! こっちこっち! 始まっちゃうよ!」

 この区画の入り口となる門の付近に来たシュレイドに対して目立つその髪を揺らしてサリィがブンブンと手を振る。

「そんなに慌てなくても……」
 
 シュレイドは頭を掻きながらゆっくりとサリィの元へと歩み寄る。
 
「だってだって、仕方ないじゃん!! すっごく楽しみなんだもん!!」

 サリィはその目をキラキラと煌めかせて目的の建物を遠く見つめている。

「そんなに?」

「だって初めてなんだし、なんか緊張しちゃう!」

 勿論、シュレイドも楽しみにしていないかといったら噓になる。生徒会の面子から話は聞いていたが興味深い話だった。
 旅の一座は各地を巡りながら神話やおとぎ話などを題材にその物語を疑似的に再現して見せる演劇という神事を行う集団らしい。
 元々、剣の修行の合間には本を読む事しかしてこなかったシュレイドも沢山の物語に触れて物語を想像した一人だ。それが実際に目の前で見れるというのは一体どういうことなのか想像もつかない。

 二人が目的の建物がある方角を見つめているとサリィの視界に入るようにシュレイドの後ろからミレディアとフェレーロもひょこっと飛び出して顔を出す。

「楽しみだよねー!」
「だよなああああ」

 サリィは飛び上がる程、驚きつつも現れた二人組を睨みつけて頬を膨らませる。

「げ、何でいんのお邪魔虫の二人じゃん」

 ミレディアはニコニコと笑顔で、フェレーロはわざとらしく身振り手振りをする。

「いやいや、お邪魔虫とはひどいじゃないサリィちゃん」
「そうそう、あたし達も見に来ただけだよ、目的地は同じわけだし、一緒にいくだけでしょ?」
「ぷむむむむむぅ~」

 サリィはぷくりとほっぺを膨らませたままシュレイドを見つめる。

「え、いいんじゃね?」

 シュレイドはあっけらかんと頷く。

「むぅうううううぇぇぇん」

 サリィは今にも破裂しそうなほどにほっぺを膨らませたあと空気を吐き出した。

「ぷしゅううう、ま、いんだけどさぁ、シュレイド君がいいならいいんだけどさぁ」

 サリィがどうしてもシュレイドと二人きりになりたい様子が本人以外には丸わかりである。

 フェレーロとミレディアの二人はひそひそと小声で話をしている。
「なぁ、ほんとにこんな邪魔していいのかよ?」
「メルが居ない間に何かあったらあたしが困るの」

「まだ時間は十分あるけど、そろそろ向かわないか?」
「あ、そうだね。途中の屋台? ってのも見てみたいよね!」

 シュレイドのその言葉にサリィが頷き、全員でその場所へと向かう大通りへと向かった。

 この大通りが普段よりも出店と呼ばれる形態の店が所狭しと並んでいる様子は壮観だった。祭というものがそもそもあまり一般的には行われないこの国では体験したことがある人の方が少ない。
 サリィは興奮しっぱなしだった。とはいえ他の三人もこうした景色をみたのは初めてで、みんなしてキョロキョロと辺りを見回してしまう。

「うわーなにあれすごいー」
「なんか美味しそうなのがたくさんある!?」

 4人は途中の店で見つけた珍しいものを食べたりしながら一番の目的の場所へと向かう。
 辿り着いたその場所では長い行列が出来ており、順番に中へと案内されているようだ。

「事前に頼んでいたこれを見せればいいのかな?」

 サリィがチケットと呼ばれているものを出した。

「そうみたいだな」

 
「入場待ちの方はこちらからデース!」

 この混雑でも聞き取れるような大きな声が響く、信じられないくらい通る声に周りの人間の視線を集めている。
シュレイド達は声のする方に並んで、少しずつ短くなる列にすら珍しさを感じつつ建物の中へと入っていった。

「なんか貴族の屋敷みたいだな」

 中に入ったフェレーロが呟く。

「入ったことがあるのか?」
「ああ、昔にちょっとな」

「すごく雰囲気あるっていうか、、、なにここ素敵~。……ちょっと教会とかの空気にも似てるかも?」

 サリィは高い天井に視線を向けて感想を述べている。

「ソワソワするけど、懐かしくもあるというか……そうか、昔の孤児院の雰囲気にも近いかも」

 四人はその場所の異様な雰囲気に呑まれている。だがそれは他の生徒も同じようだった。
 別の場所に視線を向けると壁に花が並んでいるような場所もある。

「ええと、んんと」

 サリィがチケットを眺めて唸る。
 この後どうすればいいのか4人が困っていると聞き慣れた声がした。

「皆さん、お困りですか? なーんて」

 緑の髪を揺らしてメルティナが現れる。
「メル!!」

「おはよ、みんな」

「よ、メルティナちゃん」

「お、おはようメルティナさん」

「おう」

 若干よそよそしいサリィがじろじろとメルティナを見ている。

「チケットの見方が分からないんだよね? 見せて」

「う、うん」

 サリィからチケットを受け取ると記号と数字が書かれた場所を確認した。

「えーと、シュレイドとサリィちゃんは二階席の一番前だね」

「席? メルティナ。決まった席について見るものなのか?」

「そうみたい。エナリア会長が言ってたんだけど、えんげき? っていうのが見れるんだって、私も実際にどんなものかは分からないんだけど」

「演劇か、なるほど」
「フェレーロあんた知ってるわけ?」

 問われたフェレーロは思い出すように顎下に手を添えて語り出す。

「ああ、神話の物語とかそういうのを題材にして登場人物を疑似的に実在の人物が模して演じてみせるような娯楽だったはずだ。でも俺が知っているのとは随分違う気がするんだよな。こんな大きな場所で演劇ってのはちょっと記憶にない」

「元々は貴族や王族の方々が見て楽しんでいるような娯楽なんだって、一般的にはあまり普及してないみたい」

「へぇ~、ん? サリィ?」

 傍を見るとサリィが両手を胸の前で組んで祈るように目をキラキラさせている。
 不思議とそのポーズがサマになっており、その場の全員の視線を奪う。
 どうやらサリィも何をするのかまでは知らずにいたらしい。

「神話の物語が、みれるのぉ?? どういうこと? ひゃああああ気になるぅうう」

 サリィが昂る中、不思議で大きな音が鳴り響く。何かの合図のようでメルティナは慌てて残りのチケットを確認する。

「フェレーロ君とミレディは一階の席の真ん中あたりだね。チケットに書いてある座席の番号と記号を確認すれば大丈夫」

「ありがと、メルたちは?」

「案内とかが済んだら私達生徒会も中に入って見られるみたい、もう少しで始まるから皆も急いでね」

 そう言って他の生徒達の案内へと戻っていった。
 去り際にチラリとシュレイドとサリィの様子を見て意識を役割に切り替えるよう小走りに離れていく。

「さ、階段で上にいこっシュレイド君!」
「じゃ、あたし達はこっちだからまたあとでね~お邪魔虫のお二人さん」

 ミレディアにフェレーロが耳打ちをする。

「おい、いいのか?」
「確保した時の座席がもう決まっているならどうしようもないし、とりあえずえんげきってのを楽しんでから合流すればいいよ」
「んじゃ、とりあえず俺達も一旦楽しむとするか」

 フェレーロも気持ちを切り替えて大きく手を振った。

「シュレイド、またな」
「ああ」

 シュレイドとサリィが二階へと上がり扉を開けると多くの生徒が既に席に座っていた。入り口よりも更に荘厳な雰囲気が場に漂っている。

「ふわぁあああ、すごーい、ね、シュレイド君、すごいね」

「ああ、確かに。初めて味わう空気と景色だ」

 胸が高鳴る。シュレイドもこうした初めてのことにワクワクしていた。

「師匠が言ってたのはこういうことかもしれないな。胸の鼓動に素直に従えってのは」

「ししょう?」

 シュレイドはリーリエに教えを乞うている事をなるべく話すなと言われていた。他の生徒まで集まってしまうと流石に面倒くさい。との本人談である。

「あ、いや、こっちのこと、えんげき。楽しみだな~」

「うんっ!!」

 期待に胸を膨らませながら二人は決められている席へとついた。



つづく

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