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39 潮騒の赤い封筒

 この後、オースリーは急遽、国からの指示で中止になったという知らせが東部学園内に響き渡った。今回の単騎模擬戦闘訓練はオープニングバトルのみで突如、幕を閉じる事となる。

「…なんでだ、なんでだよ!!! 目の前に、もう目の前にいたのに!!!! アイツが目の前に!!!! あああああああ!!!!! クソッ!!」

 部屋にある物という物をぶちまけながら一人の男は叫び散らしていた。室内は今日だけで荒らしたわけではないような有様で、散乱したあらゆるものがまるで今の彼の心の中を表すような光景だった。

「はぁはぁ……そうだよ、そうだ。なんでわざわざ待たなきゃならねぇんだ。オースリーじゃなくったってこの学園の中ならいつ生徒同士の戦いになったっておかしくはないんだ。もう、我慢しなきゃならない時期は過ぎただろ、、、、報いを受けさせてやればいいだけだろ!!!!」

 散らかる男の部屋の中にあって唯一綺麗に片付けられている机の上には可愛らしい装飾が施された箱が置いてあった。その蓋は開いており沢山の手紙が入っているのが見える。

 誰から送られたものなのかは分からなかったが、手紙は下にいくほどに黄ばんでいてその年月の長さを物語っていた。大切そうにしまわれたその手紙だけが彼の心の歪みをずっと見つめてきたのだろう。


 

 単騎模擬戦闘訓練の中止により

 昂る気持ちを抑えられずにいる者
 ホッと胸を撫で下ろし安堵する者

 学園内はそのどちらかの者に分かれていた。
 
 なぜ急遽、中止となったのかはほとんどの生徒は知る由もない。そう、シュレイドとゼアの戦いのあった、あの場に居た者達を除いて。


 ……手紙に纏わるもう一つの出来事がオースリーの後日、学園の外で起きていた。
 
 『――東部学園都市コスモシュトリカの生徒、ゼア・クレアスクルは一対一の模擬戦闘の訓練中に相手の生徒との戦いによって命を落としたことをここに知らせる。尚、この件に関しての詳細や状況は学園の法の中で起きた事であり、国としては一切の開示はしない――』

 赤い封筒に包まれたその簡素な文面の紙は、学園内の生徒が亡くなった際に家族の元へと送られる。ただその人物の死だけが記され、詳細などは一切開示されない。

 まるでそれは、予め準備をされていたかのようにオースリーが終了した後、即座に家族の元へ届けられていく。


 ――小さな海沿いの村シーウェルン

 そこは潮騒が耳に心地よく、鼻にわずかにツンとくる独特の香りが辺りに漂う場所。

 そして、その香りはその村にある小さな家の部屋の中にも広がっている。
 
 深い海の底に沈んだかのような暗い部屋の空気はひんやりとしていて肌寒く感じられた。木のテーブルの上に置かれたその赤い封筒に白く透き通った小さめの手が伸ばされる。震える手で中を開き、紙を取り出して読み進めていく。

 瞳が見開かれて一瞬硬直する。身体もピクリと反応した後、先ほどとは違う揺れ方で手が震えだし、カタカタと小さく床が鳴る。その振動はテーブルへも微かに伝わっていく。

 クシャリと手紙を握りしめ唇を引き絞る、灯り始めたその感情に心を焼かれていく。体内の空気が焼かれたように息苦しく呼吸が荒くなる。呼気と吸気のコントロールが効かない。誰に向ければいいのかわからないその衝動が小さな身体の内側だけでただただ燃え広がり、瞳から溢れる涙は頬を伝い床へと流れ落ちていく。

 涙と共に手のひらから血が滴るほど拳を握り込み佇む少女の姿が、そこにはあった。

「……相手の、せい、と……?」

 たった1枚のその紙は自らの大切な人に対して抱いていた優しい記憶、思い出を瞬時に焼き払い、その想いを吞み込んで大きく燃え盛っていく。自分の意志ではもう鎮めることが出来ないほどにその業火は彼女の心を焦がしていく。

 その視線は『相手の生徒』と書かれたその文字を穴が開くほど睨みつけていた。

 静かなその室内には潮騒の音だけが繰り返し鳴り響いていた。



続く

作 新野創
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