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Fourth memory 08

「誰?」

「あら、忘れちゃったかぁ~。まっ、もう10年以上前だもんね最後にあったの」
 
 10年前?

 そんな昔から、知ってて、あたしをその名前で呼ぶのはママ以外一人しかいない……。

「……え、そんな、もしかして、うそ、そんな……アカネ、さん!?」
「ピンポーン! ……ヤチヨちゃん、大きくなったわね」
 
 自然と頬に涙がたまる。大好きだった人。いつまでも一緒にいたかった人。

 突然サロスとあたしの前から消えてしまった人。
 どうしてそんな大切な人を今の今まで忘れていたんだろう。

「アカネさん! 生きていたの!? 良かった!! でもいままでどこに—―—」

 あたしが、矢継ぎ早に話そうとした時、アカネさんが人差し指を前に突き出し、シーっという仕草を見せる。

「落ち着いて、うーん……そうね、言いたいことはたくさんあると思うけど、ただ、あんまり、時間がないから簡潔に言うわね」

 アカネさんの表情が、一瞬真剣なものになる。

「ヤチヨちゃん、勝手だとは思うけどうちのバカ息子を助けてやって」
 
 そう言うと、アカネさんがあたしにあの頃と何も変わらない笑顔を向ける。

「サロスを……助ける? ってどういうーー!?」

 アカネさんが、再び、シィーの仕草を見せる。

「ごめんね、あんまり、詳しくは言えないの。ただ、今のままじゃサロスはそっちにもこっちにも行けず彷徨うことになる。こんなあたしが、今更、親面なんて……ただ、見てるだけなんて出来なかったから」

「アカネさん、サロスは!! サロスは今どこにいるんですか?」

「……サロスは今、一人、戦ってる。そこにいる限り、あたしも、ヤチヨちゃんも、……誰であっても干渉することはできない」
 
 サロスが、たった一人で戦ってる? 天蓋は今は崩れてなくなってしまっているのに一体どこで? 何と? もしそうだというならどうにかして助けにいきたい……。

 だって、サロスはあたしが一人でいた時、必ず助けてくれたから。

 ……だから、今度は、あたしが!!

「何か、できないんですか!?」
「……一人は無理でも……二人なら……もしかしたら……なんとかできるかも知れない……」
「ほんとですか!? あたし、サロスのためなら、何だってやります!!」
 
 あたしの言葉を聞き、アカネさんが何かを決意したようにその瞳をあたしに向ける。

「これを」
 
 アカネさんが、自分の耳のピアスを外し、渡してくる。

「これ……!?」

「これはね、サロスのピアスっていうの」

「サロス??」

「そう、あたしは、勇気って意味があるこのピアスの名前を借りてあの子に名前を付けたの」
 
 そう言いながら、アカネさんの渡してくれたピアスは太陽の形をしていて、真ん中には赤い宝石が埋め込まれていた。

「……サロスの、ピアス……」
「このピアスにはね、言い伝えがあるの、想いが集う場所でこのピアスを握って運命に立ち向かう無垢なる願いに光を与えてくれるっていう言い伝えがね。」
「無垢なる願いに光……」
 
 あれ? この話。なんだか似たようなことが……そうだ、今日起きた不思議な事があった時。あの時、光に包まれた瞬間、言葉は分からなかったけど、こんなことを言われていた気がする。
 ヒナタとソフィに話をしようとしたときは頭に靄がかかったようになってたのに。

 どうして今になってそれを思い出したんだろう。

「ヤチヨちゃん、あなたは、これからこれまで以上に辛くて苦しい想いをすることになるかも知れない。でも、決して諦めないで!! きっと、あなたなら必ずいつか、本当の答えを見つけることができる。あたしは、そう信じてる」

「……アカネさんは手伝ってくれないんですか!? サロスだって、アカネさんに会いたいと———」

「それはできないの!!!」

「えっ……!?」

「……できないの……」 
 
 一瞬、感情的になった、アカネさんが今度は短く冷たく言い放つ。

「どうして……ですか?」

「……覚えておいて、ヤチヨちゃん。あなたがこれから行う事は、サロスに知られるわけにはいかない。」

「どうしてですか?」
「それが、制約だから。もし、あなたやあたしが動いていることが知られれば、今のままの未来が続いていく事になる……つまりね、サロスを救うことが出来ない、そんな未来が確定してしまうの……」

「……そんな……」

「だからね、これから起きる現象は絶対に天蓋に関与している人間には知られてはダメなの。念のため、関与していない人間にも極力、秘密にして。この現象を認識している人間が増えれば増えるだけ、未来が確定してしまう。そうなってしまえば、それで全部終わり」
 
アカネさんが、とてもつらい顔をしている。

 きっと、今もどこかでアカネさんは生きている。すぐにでもサロスのところへ行って、抱きしめたいと思っている。

でも……それは叶わない。

 あたしが今、こうしてアカネさんと話せているのは、アカネさんもあたしと同じ。

 選人になるはずの人だったから……そんな気がなんとなくした。

「……わかりました。安心してください! あたしが、必ず、サロスを救ってみせます!!」
 
 あたしのその言葉を聞いて、アカネさんがなんとも言えない笑みを浮かべる。

 その笑顔で、全てを理解できた。だから、これ以上の言葉は不要……そのはずだったのに……。

「ゴメンね。ヤチヨちゃんに、また、辛いお願いをしてるよね」

「アカネさん?」

「あー……駄目だな~。あたし、ヤチヨちゃんに、昔から甘えてばっかりで……」
 
 アカネさんが、作り笑いを浮かべる。

 今なら、わかる……。

 あたしの目標であったアカネさんは、本当は、すごく、弱い人だったんだって。

 自分の弱さを、必死で、押し殺していたんだって……。

 ……やっぱすごいな……アカネさんは……。

 ……でも、あたしは、あの頃のような子供じゃない。

 ……だから……

「……アカネさん、あたし、もう大人ですよ」
「えっ!?」
「大人が大人に甘えるのは……頼るのは、全然、駄目な事じゃないと思いますよ」

 子供の頃、アカネさんと最後に話したあの日を思い出すように笑顔を見せる。

 あの頃と違うところがあるとしたら、涙があたしの頬を濡らしていない事。
 
 アカネさんが、そんなあたしをぎゅっと強く抱きしめる。

 昔のようにその抱擁は温かくはなかったけれど。アカネさんの想いは痛いほどに伝わった。

「ありがとう……ヤチヨちゃん」
「サロスのこと、あたしに任せてください。必ず、アカネさんとサロスがもう一度会えるようにしてみせます!!」
 
 アカネさんが満面の笑みを浮かべ≪ありがとう。と、呟く。

 同時にあたしの視界がぼやけ始め、意識が遠くなっていくのを感じる。
 
 もう少し大好きな、アカネさんと一緒にいたい。

 そんな、あたしの願いを裏切るように、どんどんアカネさんの姿がぼやけて蜃気楼のようにゆらぎ、そして、霧のように、形を失っていく。

『ヤチヨ! ずっとそばにいるからね。だから、心配しないでね』

 最後に、大切な人の声が、私の心に届いて胸の奥を熱く満たした。

 そうだ、アカネさんが生きているのなら! きっと、それなら、あたしは!! あたしは!!!!


続く

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