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EP 05 炎と氷の助奏(オブリガード)05

「ずいぶんと到着が遅かったですね。ゼロ」
「……」

 コニスを掴み上げ拘束しているゼロと呼ばれた人物はじっとコニスを見つめていた。
 その顔は、無表情のように見えて、どこか嬉しそうにも見える。
 人物と形容はしたものの、そう称して良いものかどうか判断しがたいそのゼロの風貌に背筋を冷たい風が撫でていく。

「あ……な……た……は……?」
「生きていたのカSC-06エスシーシックス……もっとモ、お前ハ俺のことヲ覚えてはいないだろうガ」
「えっ……あっ、あぁ……」

 確かに目の間の存在の風貌はコニスの記憶にはない。
 ないはずなのだが、体が、心が、覚えている。
 彼女の時間を、思い出を奪った張本人。コニスは、初めてコニスとして何かに怯えるという感情が芽生えていた。

「コニス!!」

 近づくソフィの方へと、ゼロは視線だけを向ける。
 その瞬間、全身に感じたことのない恐怖が襲いかかり身体が硬直して動けない。
 まるで金縛りのようになり、本能がこれ以上アレに近づくことを許さないとでも言うように理性を押さえつける。

 それは、生物としてのソフィの本能。決して関わってはいけない。
 逃げなければならないと警鐘を鳴らしていた。

 呼吸が早まり、思考がまとまらない。
 どうすればいい? どうするべきか?
 
 シュバルツはその動揺の隙をついて、ソフィの目の前から逃げ出す。
 しかし、ただ無様に逃げ出すことはしなかった。
 ゆっくりとソフィをあざ笑うかのようにゼロの前まで歩いて行く。

「ソフィ団長。今一度言います。あなたはとても幸せな境遇にいらっしゃる」
「何が……言いたいんですか?」

 ゼロの視線による威圧を受けつつも、辛うじて動く口をゆっくりと動かす。
 
 シュバルツの喉元に剣を突きつけたその瞬間。彼に余裕があるように見えたのはソフィに自分の命を奪う覚悟がないからと見抜いていたからではない。
 彼は、最後の切り札をまだ隠し持っており、その絶対的自信からの余裕だった。
 それはソフィの油断であった。用意周到な彼が追い詰められても余裕の表情を浮かべていることについて、もっと警戒しておくべきだったとソフィは後悔する。

「上にも下にも、周りにもとても恵まれた環境にいる。そう、変えたい過去も望む未来もない、今のままで十分だと本心から言えてしまうほどにね」
「……あなたは……何をしようとしているんですか?」

 ソフィの問いに、シュバルツがにやりと不気味な笑みを浮かべる。

「……理想の世界の創造……と言えば理解頂けますでしょうか?」
「理想の世界の……創造……!?」
「その顔、まるでそんなことは夢物語だとお思いなのでしょうね。しかし、それが現実に可能だとすれば? ふっふふ。可能なのですよ。私が手に入れた調律者コンダクターの力を完全なものとし、そして私が秤の選人となればね」
 
 そう言って、シュバルツは今まで袖に隠されて見えなかった腕輪をソフィへと見せつける。
 ソフィやアインたちが身に付けている団長の証である腕輪とそっくりではあるがどこかその腕輪はソフィ達の持つものとはどこか雰囲気が異なっており、異様な気配が場を包み込んでいく。
 禍々しく、見ていると嫌な気分になるその腕輪を見てシュバルツは恍惚な表情を浮かべていた。
 
「どうして……団員でもないあなたがその腕輪を」
 「んっ? あぁ……そうか。あなたも天の腕輪をお持ちでしたね。ソフィ団長」
「天の腕輪?」
「まぁ、とはいえあなた方の持っている物は全て紛い物ですし、そもそも本物の腕輪の用途など、まるで知る由もなかった事でしょうが……」
 
 シュバルツが、腕輪を頭上に高く掲げる。すると、腕輪についた宝石が薄い緑色の光を放つ。
 その光を受け、背後で倒れていたはずのレムナントがゆっくりと立ち上がり、ソフィの方へと迫って歩き出した。
 
「冥途の土産に聞かせてあげましょう。今は亡き、零番隊元団長ナールが心血を注いで調べ上げ、見つけ出したもう一つの世界のことを」
「もう、一つの世界?」
「以前の私も今のあなたのような顔をしていたのでしょうね。実際に存在するはずがない。そんな顔ですよ。しかし、実際にその場所はあったのですよ。特別なエルム……その暴走によってまもなく崩壊を迎えつつある世界がね」
「どういうことですか!? 特別なエルムの暴走? ーーエルムが、人が使う道具が一体どうやって世界を崩壊させるというんですか」
「ハハハハハ」

 ソフィの問いに、シュバルツが大声をあげて笑った。
 いつでも命令があれば攻撃できる距離まで近づいた巨大なレムナントたちはその場で止まりソフィをじっと見つめているかのように静止する。

「そうでしたね。こちらの世界で『エルム』と呼称されているただの道具では当然不可能でしょう。結論からお教えしましょう。ソフィ団長、こちらの者達が普段『エルム』と呼ぶその道具たちは実際には『エルム』でもなんでもない。遥か昔、かつて世界に存在した失われた文化で使われていただけの代物。ただ生活の中での利便性を高める道具の中の一つでしかないのですよ」
「なっ……!?」
「誰が最初にただの珍しいだけの道具にまで『エルム』とそう呼び出したのかは定かではありませんが、本来の『エルム』とはまったく別の物、存在なのですよ」
「別の存在!?」

 シュバルツは嬉しそうに、得意そうに言葉を続ける。
 ソフィは、握った剣をしっかりと握りしめ周りのレムナントたちの動きに気をつけつつ。
 シュバルツの話に耳を傾ける。
 先日、聞く事が出来なかった話をシュバルツはつらつらと勝手に話してくれている。

 こんな状況下でも情報を得るチャンスがあるならギリギリまで引き出すべきだと冷静な判断をする頭もソフィにはまだ残っていた。
 しかし、今の状況ではその情報を整理するまでには至らない。何より内容が突拍子もない話過ぎるがゆえに受け入れるだけでも精一杯なのだ。

「もう一つの世界。そこに住む住人はマザーと呼ばれる存在から生み出され、いずれ、全身が緑色に輝く姿になり、突然動かなくなってしまう。そう、私たちでいうところの死を迎えるのです。緑色の石のようになる原因までは今尚、不明ですが。その現象そのものを私は結晶化と呼んでいます。結晶化したものは二度と元には戻れない。まぁ、死んでいるのだから当然と言えますが、彼らは例外なく最後にどの個体もその結晶化を迎える」
「……」
「結晶化した個体は自身の意思を失い永遠にその場に残り続ける。しかも、あちらの世界ではこちらの世界のような繁殖も出来ず、結晶化した存在のみが溢れかえっていき、いずれ世界は滅んでしまう!」
「……」
「だからこそ、あちらの世界では結晶化した人間の代わりを補填するため定期的にある儀式を行って人を増やして維持をしていたというわけです。それが何だか、貴方にはわかりますか? ソフィ団長」
「人を補填? 維持?……まっ、まさか!!」

 ソフィの顔色が悪くなっていく。今まで原因が分からずにこの世界で起きていた数々の消失事件、神隠しと呼ばれ、皆が恐れていた出来事に目の前の話が繋がっていく。

「そう、それがこの世界での行方不明事件の真相、なのですよ」
「そん……な……」
「ショックを受けるのは当然でしょう。自警団の重鎮や団長ナールですらその事実を知らなかったのですから。そして、その儀式を止めるためにこちらの世界でも遠い昔から、とある行いをもってそれを防ごうとし続けていた」
「とある行い?」
「それが、選人を天蓋の中心にある部屋へと閉じ込めるという手段です。あちらの儀式の際に必要となる場所。穴のような天蓋の口を塞ぐために他ならない……」

 シュバルツの話を聞くたびに、ソフィの中で様々な事象に結びついていく。
 もし、その話が本当であればヤチヨが天蓋から出た自分のせいで悪い事が起きていると責めていた事が本当に彼女のせいであったということになってしまうのではないだろうか。

「天蓋の口!? そうか、それこそが『わざわいをよぶもの』の正体だったということですか!?」
「ハッハハハ!! わざわいをよぶもの。そういえばこちらではおとぎ話に出てくるような畏怖される存在でしたね。当然ながら、そんな存在などいません。あるのは、あちらとこちらを結ぶ道への扉……すなわち天蓋の口だけです」

 そこまでの話を聞いてコニスが掴まれたまま呟く。

「……その天蓋の口を通って、ワタシは、こちらに来れたん……ですね」

 コニスが絶え絶えに言葉を紡ぐ。ゼロとの再度の邂逅であの時の断片的な記憶が甦り朧気ながら結びつきつつあった。

「……助けられてワタシは、命を……」

 ゼロは瞳から消えかけた光を見てコニスへの興味を失うと、ソフィの方へと投げ飛ばした。
 ソフィが全身で受け止めるが、コニスは身動きを取れないほどに憔悴しきっている。

「コニス!! 良かった無事でーー」
「そういえば、コニスでしたっけ? ソフィ団長。あなたがそんな、裏の世界にいたガラクタに名前までつけてお人形遊びなどに興じているとは。ずいぶんと変わったーー」
 
 ソフィが反射的にシュバルツへと剣を投げつけるも、庇う様に突き出されたレムナントの巨大な腕に阻まれ、弾かれた剣が目の前の地面へと突き刺さる。
 
「おお、おお、怖いですねぇ。そんなに、今の発言が癇に触りましたか?」
「……彼女は、人間です……」
「いいヤ。そいつハここにいる失敗作達とは異なるガ。選ばれたナンバリングを持つ特別ナーー」

「彼女は!! 人間だ!!」

 先ほど足がすくむほどの恐怖を与えたはずの状態で、自分の発言を真っ向から睨みつけるように遮ってきたソフィの姿をゼロは興味深そうに見つめていた。

「ソフィ……私はーー」
「君は人間だよ。コニス」
「でもーー」

 何か言葉を続けようとしたコニスに対して、ソフィがコニスの手をギュッと握った。

「ボクの知るコニスは、食べるのが好きで、星を見るのが好きで……そんな可愛い一人の女の子だ。それ以外にボクの知っているコニスなんていない」
「ソフィ……」

 見つめ合い、微笑みあう二人を見てシュバルツは大きなため息をついた。

「はぁ、安い茶番劇はもうよろしいですか? なるほど。どこかで見たことがあるような気がしていましたが、その茶番劇を見て思い出しました。あの時の固有個体ですね。確かに限りなくコンダクターの精度を高める個体として、あの時には優秀で惜しい事をしたと思っていましたが……今やゼロを保有している私にとってはガラクタにんぎょーー」
「シュバルツ!!」
 
 ソフィが凄まじい怒気を込めて、シュバルツの名を呼び捨てて睨みつけた。
 その凄みに思わずシュバルツがたじろぎ。その表情を見てゼロが満足そうな表情を浮かべる。
 その瞬間、ゼロの興味の対象が生き残ったコニスから、ソフィへと移り替わっていく。
 
「あなたと出会ってから日は短いですが……これ以上ボクを怒らせないでください……自分でもどうなるかわからないので……」
「……ハハ。あなたも所詮、善人のフリをしていた人間、ということですか……嬉しいですよ。暴力的な人間の本性を露わにしてくれたようで、しかしーー」
 
 一体のレムナントの攻撃によって、ソフィが遠くへと吹っ飛ばされる。 

「かっ、はっ!! っつ……ぐっ」 

 ふっとばされた衝撃で、骨が軋み。ソフィの全身に凄まじい痛みが走った。

「ソフィ!! っぐぅ!!」
「私に対してそのような不快な目をしたあなたには相応の最期を与えてあげましょう」
 
 シュバルツが再び腕輪を頭上に掲げると、コニスの体がビクンと震えた。
 コニスの意思を無視するように彼女の右手に剣を現出させると、その身体がソフィの方へと向き、腕を振り上げた。

「嫌!! どうして!!」
「ソフィ団長。あなたの一番大事な【人間】とやらにトドメを刺していただきましょう」
「嫌!! ワタシはソフィを!!」

 コニスがいくら泣き叫ぼうとも、その足は体はソフィに最後の一撃を加えようと近づいていく。

「無駄ですよ。いずれレムナントとなる人形達は例外なくこの調律者(コンダクター)の能力に逆らうことはできない。あちら側で作り出された存在である以上、逃れる事は出来ない!!」
「嫌!! 嫌です!! ソフィ!!!」
「……コニ、ス」

 初めて泣き顔を見せるコニスに向けて、ソフィは笑みを浮かべる。
 そんなソフィの頭上でコニスは泣き顔のまま右腕を振り上げた。

「やれぇぇぇぇ!!! トドメを、美しき最後の瞬間を!!」

  ソフィにその刃が振り下ろされる瞬間。コニスはとっさに無理矢理自分の左腕を前に突き出し、ソフィに振り下ろされるはずだった凶刃は無情にもコニスの左腕を貫いた。

「うっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 コニスは痛みでその場にのたうち回る。
 シュバルツは唖然とした表情を浮かべ、ゼロはまたしても満足そうな笑みを浮かべた。

「バカな……調律者コンダクター命令を拒否しただと!?」
「SC-06《エスシーシックス》……やつモ、俺ト同じ領域に達していたカ」
「!? どういうことだ!! ゼロ!!」
「人間。早く、太陽のピアスと月のペンダントヲ探し出セ。調律者コンダクタートしての力はマダ完ゼンではナイ」
「わっ、わかっている……くそっ! ひとまず、あの二人を仲良くあの世に送ってからだ」

 シュバルツが三度、腕輪を高く掲げると、今まで見守るように停止していた三機の巨大なレムナントがコニスとソフィの方へと近づいていく。

「コニス……なんて無茶を……」
 
 よたよたとコニスに近づいたソフィが涙を流しながらコニスの涙を拭う。

「ソフィ……良かった。ワタシは満足です」
「コニス……ごめんよ。ボクが弱いから……」
「……ワタシ、ソフィに会えて嬉しかったです」
「うん……ボクもだよ……コニス」

 ゆっくりと近づく、巨大なレムナントたちなど二人の目には入っていなかった。
 ただ、お互いの無事を確認する。
 今のソフィとコニスにはそれだけで充分だった。

 そんな二人に対して、無情にもレムナントはその巨大な腕を振り上げる。
 大きな腕の影が二人を闇へと包み込み、目の前の二人を叩き潰すために振り下ろされる。

 ソフィとコニスは、お互いに手を繋いだ。
 死ぬことが怖くないわけではない。
 それでもお互い目の前にいる人がいれば、それを受け入れられると思えた。
 最後の瞬間を待つように二人は目を閉じる。

【まだ!! 諦めんじゃねぇ!!!】

 二人の頭の中に、力強い青年の声が響いたと同時に、ソフィとコニスの二人を守るように温かい炎が燃え広がる。
 それと同時に今まで確かにあったはずの体の痛みが引いていく。
 それは、コニスも同じのようで深い傷になっていたコニスの左手がいつの間にか綺麗にふさがっていくのが見えた。
 
 ソフィは自分達に起きた事に目を疑った。
 
 ゆっくりと立ち上がり、コニスを抱きかかえ顔をあげると自分たちの目の前に大きな赤い巨人が現れていた。
 巨人がその腕を一振りしたかと思うと、そこから放たれた炎によって三体のレムナントは一瞬で燃やし尽くされていく。

「す、すごい」 
 
 ソフィはその圧倒的な光景に目を奪われる。一方、突然現れた謎の巨人にシュバルツはまるでここに存在するはずのない物を見たかのように動揺していた。

「バカな!? 何故、守護神像の力が今更!?」
「……」

 シュバルツの驚愕の表情に対し、ゼロもまた苦い表情を浮かべて初めて構えを取った。

 「こっ……コニス……」
「大丈夫です。ソフィ、あの巨人は……きっと、敵、じゃないです……」
 
 コニスはどこか確信を持ってそうソフィに言い放った。本人に自覚はないのだろうが、巨人を見つめるコニスは、まるで何か懐かしいものでもみるような瞳をしていた。
 一切の根拠はないが、確かにコニスの言う通り目の前の巨人からは敵意、害意のようなものをソフィは感じていなかった。
 ただ、聞こえてきたその力強い声にソフィの中に再び勇気が湧き、コニスと共に目の前のシュバルツとゼロに戦いの構えを取った。



つづく


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