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Sixth memory (Sophie) 17

 お皿を並べ終わると同時くらいに、ガチャっと入り口が開く音がして、軽快な足音がリビングに向けてトントントンと近づいてきていた。

「たっだいま〜! あれ? ソフィ、来てたんだ!」
「お邪魔してます、ヤチヨさん」
「いいよいいよ~どんどんお邪魔しちゃって~。はぁー……つっかれたぁ」

 そう言って、ヤチヨさんがぐべーっと椅子に座り込んで、のぺーっとテーブルの上に上半身を預けた。

「ヤチヨー! 帰って来たんならこっちに来て手伝ってくれない? あっ、手は洗いなさいよね!」
「もぉっ〜、子供扱いしないでよヒナタぁ!! あっ、ソフィ! 何もないけど。ゆっくりしてってね」
「ヤチヨー?」
「今、行くー」
 
 そう言いながら、ヤチヨさんはのっそりと立ち上がり、足取り重そうにキッチンへと入っていく。
 
 その様子を眺めながらボクは今でも、少し信じられない気持ちでいる。
 
 ヤチヨさんは天蓋の中にいた。話を聞くと選人という存在が天蓋にはどうやら必要でそれに選ばれたのがヤチヨさんだったらしい。
 ボクもだけど、これまで天蓋の中に人がいるだなんて話はフィリアさんに聞かされるまで聞いたことがなかった。

 天蓋を守っている間も正直言って半信半疑だった。
 フィリアさんが消え、ヤチヨさんが見つかったあの日までは。

 今、目の前で起きているはずなのにそれでもまだ懐疑的な気持ちはある。

 キッチンで明るく笑うヤチヨさんがヒナタさんの親友であり、そしてフィリアさんの幼馴染であるということが信じられないでいる。
 
 だって、彼女はどう見てもヒナタさんより年下、遠い親戚の子だと言われた方がまだ、納得できるような容姿だ。
 けれど、この二人の間に流れている空気は他人のそれではない。家族のようなそんな一種の安心感がある。

 本当の事であるとは思うけど、腑に落ちないのが本心だ。

 お互いの良いところも悪いところも認め合い、助け合って生きている。友人としてだけでなく人と人との理想的な関係であると思えるぐらいに、本当にすごいことだと思う。

 けど……どうしてこんなことが起きたのだろう?
 
 天蓋の中にいたヤチヨさんは成長していなかったということなのだろうか?
 あの場所……天蓋に入った時から? ずっと? 

 ……そんなことが現実として、本当に起こり得るだろうか。

「ソフィ〜ごめん、ちょっと手伝って」
「あっ、はい」

 ヤチヨさんがよろよろと大きな鍋を抱えて現れ、ボクはテーブルから濡れたふきんをとっさに取って今にも地面についてしまいそうな鍋を下から支える。

 ヤチヨさんと2人、協力してその鍋をテーブルへと乗せる。

「ふぅっー助かったわ。ありがとね。ソフィ」
「いえいえ、これぐらい……」
「? どうしたの? ソフィ?」
 
 ヤチヨさんの運んできた大きな鍋の中には何か見覚えが……間違いない。
 それは忘れることのできないあの、強烈なインパクトをボクに与えた料理だった。

 ホッチョムーテル

 その恐ろしく禍々しいその存在が再びボクの目の前に現れて顔が青ざめる。

「こっ、これは・・・」
「リクエストもらったからねー。久々に作ってみたわ」
 
 ヒナタさんはそう言って、悪戯っ子な笑みを浮かべながらキッチンから出てきた。

「いや、あのーー」
「話に出したってことは、食べたかったのよね? ソフィ」
「……あっ! ボク急用をおもーー」
 
 逃げようと背を向けたボクの腕をがっちりとヒナタさんが掴む。
 背中に冷や汗が一つ流れた。

「残さず、食べていってね。ソフィ」

「ーーいだ、、、、はい」
 
 ニコニコと笑みを浮かべながら、ボクをテーブルに座らせる。
 
 ・・・ボクは覚悟を決めることにした。

 でも、ボク以上に初めてその料理の洗礼を受けたヤチヨさんがそれはそれは大変なことになり、その日の夕飯はとても賑やかなものになった。

 その日を境に、ボクはヒナタさんとヤチヨさんと三人で夕食を食べることが増えていった。
 ヤチヨさんとヒナタさん。この二人と共に過ごす食事はいつも賑やかで楽しかった。
 
 気が付けば、ボクは自警団の仕事が終わった後や休みの日は自然と足が彼女たちの下へ向かう。そんな日々を過ごすようになっていく。

 そんな時間もあっという間に半年を過ぎていた。時が経つのは本当に早いんだなとしみじみと感じてしまう。

 何のために戦うのか……か。

 その答えがなんとなく見えてきたような気がしていた。

 天蓋で対峙したあの時の名も知らぬ彼女にだってこんな日々があって、その日々を守るために戦っていたんだったとしたら……。

 あの時は理解できなかったあの人の気持ちが少しだけ、わかる。

「どうしたの? ソフィ、なんか難しい顔して?」

 ヤチヨさんがボクの顔を覗き込んでいた。

「えっ? ……あぁ。少し、昔のことを思い出していました」
「昔のこと?」
「何? また昔話をしているの? ソフィ」
 
 キッチンでの洗い物を終えた、ヒナタさんも席に座り話に加わってきた。

「そういえば、あの日も、こんな風に昔のことを話していましたね……覚えてますか? ヤチヨさん? 初めてみんなでこうして食事をした日のこと……ヤチヨさんが、初めてホッチョムーテルを食べた日のことです」

 ヤチヨさんは、すぐにそのことを思い出したのか、ボクとヒナタさんを交互に指さしながら立ち上がった。

「あー! あの、とんでも料理!! あの時はひどかったよ、ねー。食べ方知らないあたしをふたりして、虐めてさ」
「ウフフ、あの時のヤチヨの顔は、いつ思い出しても笑えちゃうわ」

 ヒナタさんは、口元を抑えながら、笑いが止まらないようだった。

「もー、ヒナタ!!」
「痛い痛い、ゴメンってばヤチヨ」
 
 そんなヒナタさんの背中をヤチヨさんがポカポカと叩き、それでも尚、ヒナタさんは笑顔を浮かべ、むくれていたヤチヨさんの表情をいつの間にか笑顔に変わっていた。

 ただ、その光景を離れて見ているだけで、とても微笑ましい。
 この二人は本当に仲が良いんだなと思う。

 こんな平和がいつまでも続けばいい―――

 
 ーーーボクのそんな願いを打ち砕くように、あのサイレンがけたたましく鳴り響いた。

 この音は、ある事態が起きた時、自警団に向けて鳴らされる緊急を伝える音だ。

 天蓋のあの襲撃事件後から、度々起きるようになっていた出来事を知らせる音。

 人々が次々と消えてしまう事象と合わせてもう一つボクらの日常に混ざり込んできた非日常。

「この音!?」
「まったく……またあいつらね」
 
 さっきまでの緩い空気が180度変わり即座に全員に緊張感が走る。
 ヤチヨさんと一度、アイコンタクトをとってボクも椅子から飛び上がるように立った。

「ヒナタさんは、ここで待っていてください!!」
「さっさと片付けてくるわ」
 
 そう言うとヤチヨさんは自分の武器を手に持ち、一目散に家を飛び出していく。

「待って!!」
「大丈夫! 直ぐ帰ってくるから!!」

 ヒナタさんの返事を聞く前に、ヤチヨさんの姿はあっという間に見えなくなってしまう。

「もう……ねぇソフィ……」
「はい、なんでしょうか? ヒナタさん?」
 
 ヤチヨさんを追おうとした、ボクにヒナタさんが声をかける。

「……ヤチヨのこと、頼んでもいい?」
「ええ、任せてください。必ずお守りします!!」
「面倒かけるけど……よろしくね、ソフィ!」
「はいっ! いってきます!」
 
 ボクは、ヒナタさんにそう言った後、自分の武器を構え、ヤチヨさんの後を追うように家を飛び出して全力で地を駆けた。

「ヤチヨさん!!」

 一直線に走り続け、交戦中のヤチヨさんと合流する。

「ソフィ!」
「!? ……ヤチヨさん……」
「いつもと同じ……学院で見たことがあるあのロボットの暴走……」
「前もそう言ってましたね。あれは学院にあるロボットなんですか?」
「そう……何か定期的に学院の中をあのロボットたちが巡回する時があるの」
「なら、学院に原因があるって事でしょうか?」
「可能性はあると思う」

 聞いたことがある。ヒナタさんとフィリアさんが初めて出会った日の夜。
 たまたまあのロボットたちが巡回するメンテナンス日に当たってしまい、命からがら学園を脱出したとか。
 ということは当時ヤチヨさんもその場に居たということだろう。

「でも、なんであのロボットたちはボクたちを襲ってきているんでしょう……?」
「わっかんない。なんでかはわかんないけど、あのロボットたちは明らかに意思を持ってあたしたちを襲ってきてる気がする……だけど」
「だけど?」
「あのロボットは確か学院の外に出て来られないはずなの……」

 ロボットたちはあくまでも学院の中で使われていて、何かのメンテナンス用の存在だったらしく、学院の異物を排除するために作られたはずのロボットたちが今は学院の外にいるボクらを排除しようと動いている。
 
 という事がヤチヨさんにはどうにも腑に落ちていないようだった。

 ギチギチと、かみ合わない歯車を回すようなその音は、ボクらへの威嚇の声のようにも聞こえた。



つづく

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