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131 迫る地鳴り

「トドメだぜェ!!!」

 小さく鋭い拳が腹部へと突き刺さり、シルバは膝を折り地に伏せる。口元を滴る唾液に土が混じる。

「ガハ…くそったれ、アイギス。てめ、バケモンか、よ」

 辛うじて視線を上げると息も切らさずニヤリと笑みを浮かべて腕を組んだ彼女に見下ろされている。

「可愛いレディにバケモンとは失礼な奴だ。はぁ、及第点だが足りねぇな。会長のライバル派閥のトップだし、実際どんなもんかと思ったが……正直期待外れだぜ」

 奥歯を噛んで悔しがるが身体がいく事を利かない。

「はぁはぁ、うご、けねぇ」

 視線を泳がせてしばし思案して思い出して取ってつけたようにアイギスは感想を述べる。シルバが長年積み上げてきた自分のスタイルだけは評価できるものがアイギスの中も生まれていた。

「まぁ、その足甲刃ってスタイルの発想は面白くていいぜ。話には聞いてはいたが直接見たことなかったからな」

 そういうとアイギスは再び少し考え込むようにした後に口を開く

「後はそうだな。脚での防御はいっそ捨てて超前陣速攻型にするか、バカ正直に受け止めるんじゃなく受け流す、もしくは足が空かねぇ時に腕単体でも多少は移動できるようにしたほうがいいぜ。そのスタイルは悪くないが洗練されてなさすぎ。発想だけで天才に敵うわけないからな。凡人は死ぬ気で努力すりゃ同じ土俵には立てる。勝てるかどうかはまた別だけどな」

「どういう意味だ?」

「足でガッツリ防御しちまうと次の動きに移るのに接地、踏ん張り、蹴り出しまでの一連の流れが必要になると言えばわかんだろ本物のバカはこれだから凡人にしかなれねぇんだ」

「……」

「無駄な動きが多くて隙だらけってことだ。攻めてる間はまだいいが守りに入った途端になんも出来なくなったろうが」

 アイギスの言うとおりだった。最初こそ手数や初見のスタイルで圧倒していたが瞬く間にアイギスの攻撃を防げず防戦一方の展開になってしまった。
 シルバは潔く己の未熟さを認め、負けを認めた。認めざるを得なかった。ここまで完膚なきまでにされるとは思っていなかった。アイギスの事は調べていたつもりだった。

「……ああ、手も足も出なかった。お前普段、全然本気で戦ったことないだろ」

「まぁな、最近じゃ本気でやれる相手も限られる。けど、見込みはあるよお前。精進しろ。またやろうぜ」

 掛けられた言葉にシルバは腕で目を隠して黙り込んだ。

「さて……へっ、他ももう終わりそうだが……」

 そう言って仲間の様子に視線を向ける。
 
「やぁあああああ!!!!!」

 アイギスが視線を向けた直後、スカーレットの攻撃を受けて膝を折るクラウスもまた倒れ込み、憎々しげに彼女を見上げる。

「ぐ、いつの間にここまで……エナリアは一体どうやってこんなに強い生徒会を……」

 スカーレットはふんぞり返りそうなほどに胸を張りクラウスをビッと指差した。

「エナリア様は、お前のように私利私欲の為に生徒会を率いてきたわけじゃない。己の承認欲求を満たす為だけの地位など無意味で無価値だ。だからこそクラウス、お前はかつてエナリア様にその座を簡単に奪取されたのだ」

「己の承認欲求……」

 思い当たる節があるのかクラウスは眉間に皺を寄せる。かつての前生徒会の仲間達の姿が脳裏をよぎっていく、仲間達は全員負傷により退学を余儀なくされた。あの時の自分の采配のミスと慢心のせいで、新入生だからと生徒会の座を奪取するつもりで向かってきたエナリア派閥を舐めてかかってしまったのだ。

「あの方は真にこの国の未来を憂いていらっしゃる。そんなエナリア様をいずれ支える事になる私達が弱くては話にならんだろう」

 強い瞳で自分を射抜くように見つめるスカーレットを見つめて自嘲するように笑う。

「ふ、九剣騎士に引けを取らないというのはただの噂ではなかったのだな」

 自分を負かした目の前のスカーレットの噂話を聞いていた。半信半疑でいた自分はまたかつてのように慢心しどこかで油断していたのだと気づかされる。何度繰り返せば自分は、と地面に落ちて上げられないその手で冷たく触れる砂を握り込んだ。

「いや、その噂は嘘だ。私などその道の麓にまだまだ指すらもかかっていない。それほどまでに高い頂である事を肌身を持って知ることが出来たというだけだ」

 スカーレットの言葉は一つの慢心も滲まない。ただ、謙虚に堅実に確実に、自分が目指す自分を見据えている。
 こうなっては最早、今のクラウスには返す言葉もない。

「……俺の、負けだ。何もかも」

「これからの東部の統一にはお前の力も必要だ。それだけは伝えておく」

 クラウスは自らの派閥の仲間達をこの学園から離脱させてしまったことを嘆いていた。エナリア派閥を下級生だと舐めていた過去の生徒会長だった時の自分。その立場に全能感を覚え、生まれた甘さに気付かず仲間達に致命的な怪我をさせ退学へと追いやる事になった事を悔やみ続けていた。
 そんな自分の力が必要だと、スカーレットはそう言った。思わず目尻に涙が浮かぶ。

「……」

「クラウス先輩、と敢えて言おう。私達はまだ、ここからが始まりであると」

 スカーレットはそうクラウスに言い捨てるとその場を離れていった。

 班の仲間が次々と撃破された事を確認してバイソンが目の前の男を見つめて笑う。

「……あんりゃ、2人ともやられちまっただなぁ」

「お前もそろそろやられる時間だろ?」

 ギリギリと掴み合う二人の力の均衡が保たれている。だが、次の瞬間にバイソンの腕がグググと膨張する。

「いんや、頑張る理由はなくなったども、決着だけは付けるべや、ふんっ」

「なっ!?」

「ガレオン、他のやつらはどんどんつよぐなっけども、おめぇだけはちっ~とばかし弱くなっただな!!!!」

 視界が宙をぐるりと舞い地面にたたきつけられる。ガレオンは思いもよらない背中の衝撃に呼吸が止まる。

「おでもよ、これでも本気で騎士さ目指してんだ。本気で目指してないやつにそう簡単に負けるわけにゃいがねぇのよな。わりぃな」

「ッッ、ブハァ、ハァハァ」

 ガレオンは止まった呼吸を無理やりに再開させたもののバイソンの言葉に動けなくなった。
 誰かに言ったことは、ただの一度もない。

「本気で、目指してない……」

「ああ、おめぇは元からつええんだけどもよ。騎士になろうとしてるやつらとは明らかに質が違う。軽いんだべ」

 背中に触れる地面が冷たく感じられる。体力はまだ残っているのに起き上がる事が出来ないまま呼吸が安定しない。
 
「……俺が軽い」

「は、心当たりがあるって顔だべな。ま、今の時代はそれぞれの道があるだよ。君が気に病むこたねぇでや。君のその強さのおかげでおでもここまでこれだで、感謝はしとるでよ」

「……」

 そういうとバイソンは一人ゴールに向かって走り出した。その背中の大きさをガレオンは感じ取る。最大派閥と言われるバイソンは生徒会の奪取には興味がないと思っていた。
 
 それもそのはず、彼らの派閥はいつか騎士になる。それだけを目指していたからだ。いずれ国の為に集団で力を合わせて行動する事になるその時の為に、あれだけの人数を集め個の力でなく集団としての連携をひたすらに重視していたのだ。将来の為に。学園という中での目先の結果でなく、遥か先の未来のために。
 
 誰よりも騎士になりたくて、けれど才能のない落ちぶれた生徒達が集まる派閥のトップの背中が遠く離れていくのを感じた。その背中がいつか見た父親と重なって見える。

 騎士の中でも、とりわけ有名であったわけじゃない自分の父。
 それでも誰かのためにと身を粉にして一介の騎士としての役割を全うして動き続けた。
 晩年に前線を退いてからは自分の開いた酒場で多くの笑顔を見守っていたその姿を思い出す。

「……親父。俺は、一体、どうすればいい」

 身体中から一気にこれまでにあった何かが抜け落ちていくのをガレオンは感じていた。

 
「うわああああ」
「キャハハハ、きれーい」

 切断面から飛び散る血流をみて喜ぶ乱入者である子供に先頭集団の生徒達は怖気を感じていた。

「次は誰にしようかなぁ?」

 目の前の子供が危険だと理解しながらもその愛らしい容姿も相まって、こちらから手を出すことにどうしても躊躇してしまう。

「ひぃいいい」

 カレッツはその様子に怯えていた。
 目の前で倒れる上級生達も伊達に長く学園で生き残ってきたわけじゃない。少なくともカレッツよりも強い者達が倒されていく。この事態に先生が駆けつけない所を見ると、もしかしたら既にやられているのかもしれない。ということは今の状況はあの水晶にも映し出されていない可能性がある。
 
 先頭集団の様子を見れない事に校舎棟付近の先生達が気付いてくれればいいが、気付く前にこの場の全員がやられてしまえばどの道、終わりだ。

 ガタガタと震える身体。けれど、その時カレッツと目が合った子供に昔の自分が重ねて見える。
 
 学園に来るまで同世代の友達が一人も居なかったカレッツ。
 あの頃の自分にはじいじが居た。自分の世話をしてくれる大人たちが沢山いた。
 関わってくれる人たちがいた。

 目の前の子供は何かを探しているように見えた。

 彼女はもしかして、そう思った途端に声を掛けずにはいられなかった。

「き、きみ」

「なぁに? まんまるなお兄さん、トリオンと遊びたいの?」

「そ、そう、遊びたいんだけど、君が知らない遊びをしよう!! そうしよう!!」

「知らない遊び?」

「そんな所かまわず人に危害を加える事は本当の面白いじゃないんだ!!」

「??」

 交渉ともいえない交渉だった。交渉とは相手の情報が合って初めて優位に進められるものだ。
 相手の事を、情報を全く知らない中での戦闘中交渉は身の危険を伴う事をカレッツは知っていた。
 
 ただ、それでも目の前のこの子を放っておけない。という気持ちがカレッツの中に強く芽生えていく。

「……一人ぼっちは、つまんないよね」

 だが、その言葉を耳にした目の前の子供の形相が変わる。

「トリオンは、一人なんかじゃない」

「あっ」

 カレッツはその瞬間、投げかける言葉の選択肢を間違えたことを悟る。

「全然面白くないまんまるなお兄ちゃん、さよなら」

 しまったと目を瞑るカレッツは死を覚悟する。
 不快感を露わにして、そう呟いた直後に金属音が目の前で鳴り響き火花が散る。
 しかし、そこに何かがある気配はない。

「ぅわ、なになに!? 何の音?」

 カレッツが恐る恐る目を開くと自分と子供の間に二人の人物が割って入っていた。

「あー、めんどくちゃ」

「リーリエさん、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 九剣騎士シュバルトナインの二人だ。
 その光景に助かったと脱力するカレッツはへなへなと力なくうなだれる。

「……カレッツさん!」

「シュレイド君!?」

「大丈夫ですか、下がっていてください」

 駆け寄ってきたシュレイドを見て更に安心する。知った顔が居るというのはそれだけで安心感が増すものだ。

「あ、あの、腰が、抜けちゃって、あ、あはは」

「シュレイド、この場にいる生徒の救出を」

 これまで会話してきた彼女とは全く異なる面持ちで指示を出すディアナの声にシュレイドは即座に頷きカレッツを抱えて走り出した。

「あなた学園の生徒ではないわね。小さな子供が入っていい場所ではないわ。どこから来たの?」

「そんなの言わなーい、言えなーい。ふーん、おねえちゃんたちは、面白そう……シュレイナと同じ色のまっかっかな槍、そっか、おねぇちゃんがディアナだ! もう一人は、だれ? トリオン知らなぁい」

「ぐぬぬ、なんだか学園に来てからなんでこんなにも知られてない事が悔しいんだにゃ!!! そんなのどうでもいい人間ったでしょぉうよリーリちゃんさんよぉ、、、」

 ディアナは違和感のある物言いが気になりつつも、国内では自分の事を知っている者など相当な数が存在する事を自覚している。だから目の前の子供が知っていても不思議はない。

 トリオンと自らを呼称しているということはこの子の名前で確定だろう。目の前の子供はニコニコと無邪気に楽しそうな顔をしていて一見すると愛くるしい子供にしか見えない。
 しかし、リーリエはそれをある種の殺意と同等の無邪気であると捉えていた。

「ぅーあー、あの子やる気満々じゃんどうすんのよ。リーリちゃん子供って仕事の次に苦手なんだけど」

 トリオンという名の子供とディアナ、リーリエとの間に一触即発の空気の中、突然山林の方角から様々な山鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 ギャーギャーという恐ろし気な鳴き声と共に我先にと全速力で飛んで離れていく鳥たち。
 誰もがその異様な光景に目を奪われた次の瞬間だった。

「あれ? どういうこと? どうしてこの場所にアレが? バルちゃんが言ってた時期と違う」

 トリオンが首を傾げると共に重苦しい嫌な空気が漂い始める。

 ゴゴゴと地面が響きを唸らせていく。

「地面が揺れてる?」

 生徒達を離れた所へと救出したシュレイドはカタカタと大地が揺れているのを感じてその振動が発生している方角を見つめた。


 つづく

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