59 班戦闘の要(キーロル)
プーラートンの開始の合図の声に反応してダリス班の面々が周囲へと散らばっていく。
「作戦通り散開、追いかけてきた相手を各個対処!!」
ダリスの指示が仲間に飛ぶが、ヒボンはその様子見て、冷静にウェルジア達へ声を掛ける。
その様子は先ほどまでと違い、笑顔は瞬時に消え張り詰めた空気を纏い指示を飛ばしていく。
「全員追うな! ウェルジアはその場で待機! ドラゴは真ん中にいるダリスを倒せ! ネルはその他の4人を、負担が大きいがいけるか!?」
「問題ない」
ネルは小さく返答して横っ飛びに動き始めた相手へと視線を向ける。
ヒボンはまずは動き出そうとした3人に簡潔な指示を飛ばす。ウェルジアは一瞬動き出そうとするがその場に留まる。
「……指示をしたのはダリス……彼が班の要(キーロル)? 予想と違う?……いや、きっと」
そう言ってヒボンも動きだすが、一人指示を出し忘れていた人物に気付く。しかし、彼女に関しては未知数な事が多かった上に事前に戦えないと本人から聞いている。
ヒボンは判断に困りながらとりあえずの指示を出す。
「……リリアは……ええとー、とりあえずウェルジアの後ろに一緒に待機!!!!」
リリアは緊張で声が出せず口をぱくぱくしながら首をぶんぶん振って応える。
「あの指示、よく見ているな、あの男」
「ダリス! 感心している場合かよ!! 絶対に西部の生徒なら乗ってくるって策だったんじゃねぇのか!?」
ベルクの言葉にダリスは目を細める。ダリス班が散開したのには理由がある。それぞれ各個別に相手をするためにバラバラに離れたのだ。
西部の生徒達の性格や特性を考えれば至極当然かつ確実な策だ。
個々の力は自分の班が勝っているという前提では勿論あるが、その予想を裏切ってヒボン班はこの短時間で班、集団で戦うという時の基本を遂行していた。
つまりは班の中での指示役、リーダーを決めるということである。
どうやら思った以上に班戦闘に慣れている気配が開始当初から相手チームに感じられる。
正確には慣れているのはヒボン一人であろうことが最初の指示でダリスには見て取れていた。
が、それでもその判断に従うメンバー達をみて、ヒボンがこの短時間で班の他の仲間達からそこまでの信頼をどうやって得られたとのか? という疑問がダリスには残っている。
指示によって集団行動となっている事実に当初の計画が破綻している事を瞬時に悟り、脳内の思考を切り替えた。
(ヒボン、あいつが要(キーロル)の司令塔ということは、位置的にあのデカい男、ドラゴが左腕役(レフタム)ということは……素早く横っ飛びした女、ネルとやらが右腕役(ライタム)ということか? なら残りの二人は?)
ダリスが思考を練り上げようとした瞬間に仲間の悲鳴が耳に届く。
「おわァああああ」「くそが」「にゃろぉおお」「うわわわ」
ダリスが他のメンバーへ視線を送ると散開させたはずの4人が一か所に縫い留められていた。
「なっ!? お前達!? 何をしている!!」
ダリスは起きている事に理解が追い付くのが遅れた。先ほど別々の場所に散ったはずの仲間が同じ場所に集められていた。
「まさか、誘導されたのか??」
「ほう。いい腕じゃのう。あの小娘」
プーラートンは腕を組んで眺めつつ感心した。
ダリス班の面々が散開した直後、それぞれ一か所に集まるしかないような位置、箇所へと絶妙なタイミングと威力で短刀が投げつけられていた。
着地した足元の力が入る方向を読み、ある一定の方向に避けるしかなくなるような攻撃がヒボン班のネルから飛んできたのだ。
「オラアアアアアアアア」
ダリスが4人に視線を奪われている間に眼前にドラゴが肉薄する。事前の情報により相手の戦力は分析していたはずだが予想よりも早いドラゴの動きにダリスは瞬時に頭を切り替えた。
「チッ、力だけのデクの棒じゃないのかこいつ!? 仕方ない」
そう言いながら振り下ろされた斧での一撃を身をひるがえしながら避けて距離を取る。
「ふん、よく避けたな。褒めてやるぜ。一撃で終わっちゃぁつまんねぇからよ!!」
ドラゴがニヤリと口角を上げてダリスを睨んだ。
「……作戦変更の必要があるか。手を抜いていると時間稼ぎどころではなくなるか」
ネルにより一か所に縫い留められた4人はその場から動けずにいた。ダリスへの援護の動きを取ろうとした瞬間に必ず邪魔が入る。しかも致命的な急所を的確に狙いその短刀は飛んでくる。
空よりも濃い短い青髪を微かに揺らしながら常にひらりひらりと周囲を飛び囲むネル、視線は4人から外さない。
まるでそこだけ隔離されて切り立った崖のようにダリス班の4人は背中を突き合わせたまま身動きが取れずにいた。
「なんだァ?? この精度はよォ!?」
「クソ。俺達を殺す気だぞこんなの」
「たっははははぁあ」
「リン? あの大丈夫ですか?」
この状況でケタケタと笑っているのは制服に黒い外套を羽織り、後頭部の高い位置に束ねられた癖毛を揺らしている長身の少女リンだった。
「やっぱ戦うならこうじゃなくちゃなぁ!! 死と隣り合わせの緊張感、本物の戦いと同じリスク!! 気に入ったよお前!!」
そういうと身体の力を抜いて一瞬で脱力して地に座り込むように膝を曲げたかと思うと、次の瞬間にはその曲げた膝のバネで跳ね飛んでネルへと接近する。
その瞬間、狙いすましたかのように足にネルの短刀が突き刺さる……がそのまま何事もなかったかのようにリンは流血しながら突進する。
赤い飛沫を上げながらネルへと迫る。
「っ!?」
これまで4人を縫い付けていたネルしか最早、リンには見えていないようだ。
「ここまでくりゃ、アタイの間合いだぜ!!」
「その覚悟は悪くない」
リンが手を横一線に振り払った。明らかに手が届く距離ではないはず……だった。
「甘い」
ネルは短くそう言うと、短刀を下から上に切り上げる動作をした。短刀は空を切るだけかと思えば、その途中で何かと衝突したような金属音が鳴る。
「おおおおお、マジかよ!! 初見でこの攻撃を見切られたの初めてだぞ!? たっはははは」
「暗器使いにしては初動が雑だもの」
「はは、まだまだこれからだよ!!」
攻撃が通用しなかったはずだがリンはとても嬉しそうに笑っている。
「ええええ、いまなにがおきたのぉおお!?」
ウェルジアの後ろでガタガタしているリリアは前線を覗き込みながら呟く。
と同時に開始早々のここまでの攻防に周囲の生徒達は息を飲んで見守っていたのだが、この攻防の瞬間に割れんばかりの歓声が興奮と共に沸き起こった!!
うおおおおおおおおおおおおおお
すげえーーーーーーーーーーー
なんだこの戦いはーーーーーー
これまでの単騎模擬戦闘訓練(オースリー)とは全く違う戦いの刺激に生徒達は興奮を隠せない。
「くっ、リアーナ!! 役割を交代だ!!」
ドラゴの攻撃を捌きながらダリスの指示が飛ぶ
「作戦変更だ! 油断していてはこちらがやられる!! リアーナ!! 要(キーロル)を頼む!!」
「……はぁ、時間稼ぎに手を抜いてダラダラと戦う予定じゃなかったのかい? ボクの頭脳労働はこの戦いでは必要なかったはずなのでは? やれやれだね」
リンがネルに飛び出したことで動けるようになった状況でダリスから役割を譲渡されたリアーナは周囲の状況を分析し、指示を飛ばした。
「リンはそのままネルって子の相手を継続! ベルク!! すぐにダリスと交代だ! あのガタイ良い奴の相手は素早く小柄な君が適任なはずだ! トールは奥で待機している二人を狙え!」
その指示に返事もなくノータイムでリアーナと同じ場所にいた二人が動き出していった。
その動きを確認してリアーナは次の指示を――
「ダリスは……あれ、そういえばもう一人はどこへ!?」
リアーナが周囲を見渡すが、戦闘開始後に指示を出していた男子生徒が見当たらない。遮蔽物がないこの場所で隠れる事など出来ないはずだ。
「……逃げたのか? いや、そんなはずはない。なら何が狙いだ?」
「僕の狙いは最初から君だよ」
確認できる視界の外、背後から呟かれた声に振り向こうとした瞬間にヒボンの腕がリアーナの腕の関節を絡めとりながら背中へと捻じり回し、そのまま地面へと倒し伏せる。
持っていた本が地面へとバララッとページめくりの音を乱しながら落下する。
「僕の力でこうして抑え込めるのは君だけだろうからね」
「ぐっ、しまった。ボクとしたことが、、、」
役割を変更する直後に指示を出す為には意識が仲間に必ず向く。そして、その一瞬を狙いすましていたヒボンは最初からリアーナに狙いを定めていた。
「この中じゃ明らかに作戦を考えるのは君の仕事だろうと思っていたからね。最初に指示をしたのがダリス君だったからちょっとだけ焦ったのは、まぁ、ここだけの、二人だけの秘密だよ?」
「はぁっ!?/////」
そう言ってヒボンはリアーナにウインクした。リアーナはなぜか大人しくなった。どうやら男性に耐性がなく真っ赤になって、ゆでだこのように抵抗する力を失ってだらりとしてしまう。
その様子をみていたリリアが驚いて声を上げる。
「ヒボン先輩すごーーーーー」
背後の大きな声に心底嫌な顔をしたウェルジアがリリアに声を掛ける。
「……自分の心配をしていろ、一人来るぞ」
「えっ」
次の瞬間には飛び掛かってくる一つの影がリリアの視界にも入る。太陽を背に逆光となりよく見えない。
「ちっ」
ウェルジアは目を閉じると剣を鞘に納めたまま構えて小さく呼吸をした。
「ほう、あやつ、テラフォール流か」
戦いを見守るプーラートンはニヤリと笑みを浮かべるが僅かに首をひねる。
「しかし、荒いのか洗練されているのか判断のつかぬ構えじゃの」
「……ふっ!!!!!」
鞘から抜き放ちながら剣を相手に向けて切り上げていく
「くたばれェええええ!!!」
猫背のトールが空中でクルクルッと回転して勢いをつけたかと思うとそのまま相手に向けて槍の先端を全力で振り下ろす。
回転力の為に体を丸めやすいように猫背になっているのか、この戦闘スタイルを続けるうちに猫背になったのかは定かではないが、実に合理的な動きだった。
武器同士が交錯するかと思われた瞬間、霞を切るように剣が槍の柄を擦り抜けていく。
「へェッ!?」
その直後に槍先から三分の一ほどの所から槍が二分されて空中でクルクルと先ほどのトールの動きと同じような回転軌道を辿りながら地面へと落下した。
「なんだァ!? 何が起こった!? この切れ味、、、まさか両断されたッてのか!?」
カランカランッと切り飛ばされた槍先が地に落ちた音がした。
ブルブルッとプーラートンは自身何年ぶりだろうかという武者震いをした。相手の持つ武器を両断するというのは武器自体の質だけではどうにかなるものではない事を知っているからだ。
欠けたり激しく折れるなど破損という現象に類する武器破壊は実力差があれば起きる事はある。
だが、こうして綺麗に両断される光景は珍しく、さしものプーラートンでさえ、かつて一度しか見たことがなかった。
若きあの日の記憶に未だなお残るかの英雄、グラノ・テラフォールが放った剣閃。
相手の剣をまるでそこに何もなかったかのように剣筋が通過していくその様がプーラートンの脳裏をよぎっていった。
続く
作 新野創
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