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Fifth memory (Philia) 15

「……そんなバカみたいな規則……いえ、きっと、バカすぎて見落としていたのね……私自身が……」

 アインが、大きくため息をついて首を横に振る。

 やはり、あの規則項目をアインは見逃していたということか。

 いや、というよりツヴァイの団だけのものだと勘違いしていた可能性もある。
 
 いずれにせよ。僕の着眼点は間違っていなかった。

 いや、それにしても今、ツヴァイの言い回しに少しの違和感がーー。

「そんなにバカバカ言うんじゃねぇよ! アイン!!」

 僕は思わずツヴァイにその違和感をぶつける。

「……ツヴァイ……今、君は作ったって言ったけど……今の団員規則は君たちの手によって作られたのかい!?」
「んっ? あぁ、お前の親父さんから、総団長がナールに変わった時にな。ナールの発案で、新たにいくつかの規則を追加することになったんだ。最初っから俺たちが全部作ったってわけじゃねぇぞ?」

「……ナールから追加案の是非の判断は基本的に私が任されていたの……だから無意味だと私が判断した。特にツヴァイ! あなた発案の規則はほとんど、却下したと思っていたのだけど……まさか、貴方の団にしか役に立たないと思い込んでいた規則を第三者に利用されるなんて……不覚だわ」

「ハハハ、残念だったな! アイン」

「……まさか、あなたに一杯食わされる日が来る、なんてね」

「んっ? そうだ! そうだろー!! アイン! はーっははは!!!」

「何もわかってなさそうな、ツヴァイは置いておいて、アインは、昔からなんだかんだ爪が甘いところがあるからね~、今回はそんなアインよりフィリアが一枚上手だったってことよ〜」

 ツヴァイの背後から、ドライがゆっくりと顔を出す。

「ドライ……あなたもいたのね……」

 アインはやれやれとばかりに大きなため息を吐いた。

「やっほー、フィリア元気ー?」
「あっ、あぁ。久々だな。ドライ」

 ドライは珍しいアインの姿に笑いを堪えているようだった。

「アインもさ、面倒がって一気に確認するんじゃなくて時間かけてじっくり確認する方が良いんじゃなーい?」
「……そう、ね。今度からは、時間を少しかけてでも、きちんと隅から隅まで確認することにするわ。特に! あなたたち二人の作成した書類は! 念入りに、ねっ!!」

 アインが珍しく、ムキになった表情を浮かべ、ツヴァイとドライの2人が苦笑いを浮かべる。

「アイン……」
「ああ、ちょっと意地悪し過ぎたかな……」
「そのようだな、ドライ!!」
「あー!! もぅー!!! あの頃の自分を思いっきり殴り飛ばしてやりたいわ!!!」

 どうやら、アインは相当、今回の自分のミスを後悔しているようだ。

 今まで見たことないほどに、取り乱している。

 こんなアインを見るのは初めてかも知れない。

 しかし、そこは流石アインだ……数秒取り乱した後に、一度自分の髪をくしゃっと掴み、ゆっくりと離すといつもの冷静な表情をしていた。

「……いいでしょう……今回だけは、こんな、くだらない規則を残してしまった、今後の私への戒めとして申請を認めましょう」
「ありがとう、アイン」

「たーだし!!」 
 
 ツヴァイの表情が一転、笑顔から厳しいものへと変わる。こんな彼を見るのはもしかしたら初めてかも知れない。

「決闘となるなら、俺は手加減をしねぇ!! だからーー」

 ツヴァイが、腕にはめた腕輪を外し、床に落とすと、ゴトンという大きな音がした。

「ツヴァイ!! あんた、それは流石にーー」

 ツヴァイのその行為に、ドライが目を大きく見開く。

「良いだろ? ドライ、フィリアになら見せたってよ」
「ツヴァイ……それは……?」

「こいつは、持ち主の力を制限する腕輪だ。ま、これもエルムってやつの一つさ。聞いたことくらいはあるだろ? 俺も、アインもドライも、それぞれ、団長となる者が付けるべきものだ。何かあった時に相手を傷つけすぎないようにな」
「エルムの……腕輪?」
「なんでこんなものを付けるようになったのかは分からないんだけど、書面にもない団長だけに課せられている規則なの」

 そんな存在、初めて聞いた。
 
 エルムは基本的には生活の役に立つ発電を担う機能がある大きなものや、便利な移動手段である車やバイク、護身用に僕達、自警団が備えている銃以外にはないものと思っていたからだ。

 便利ではなく、不便とも言えるような機能を持つエルムも存在しているということを僕はこの時、初めて知った。

「ちょっと!! アイン!!!」
「……もう好きにさせなさい……今のフィリアになら、隠すことでもないわ……」

 ドライの慌てようとは、真逆にアインは関心があまりないのか至って冷静な面持ちだった。

 さっきまで、激しく動揺していた人物と同じだとはとても思えない。

「というわけだ。フィリア、お前、俺に全力でかかってこい」
「ここでは、やめてちょうだいよ。散らかるんだから、汚したらタダじゃおかないわ」
「……と、いうわけで、さ、外にいくぞー」
「えっ!? ツヴァイどういうーー」
「こまけぇことはいいだろ? ……っと、間違っても、手加減なんてするんじゃねぇぞぉ!! ……下手すりゃケガじゃ済まねぇからな」

 おちゃらけてた表情から一変見たことのないような鋭い眼光のツヴァイの威圧に負け、強制的に外へと連れ出された。

 僕はアインとドライが見守る前でツヴァイと対峙する。武器として渡された木刀を構える。

「……ツヴァイ、良いのかい? 構えなくて、その……丸腰のように見えるけど……」
「必要、ねぇな!!」
「……怪我をしても知らないぞ」
「そいつは、俺に一撃でも入れてから言うんだな!!」

 この時の自信に満ちたツヴァイの表情は今も忘れることができない。

 当時、ツヴァイと僕の戦績は本来、五分と言ったところだった。

 勝ったり負けたり、引き分けの繰り返し。

 けどそれは先ほどのエルムに力を押さえられているツヴァイだったからの話だ。

 ツヴァイが、僕だけに武器を持たせたことの意味を今となってはもっと考えておくべきだったんだ。

「ごちゃごちゃ考えずに! 真っすぐ向かって来い!! フィリア!!!!」
「……どうなっても、文句を言わないでくれよ!!」
「あぁ! 言わねぇよ!!」

「それでは自警団規則第18条、自警団全員は、階級を問わず、正式な形で行われる自警団内での決闘の申請を行う事が可能。その決闘に勝利した場合、勝った者は要望を一つ叶える権利を得ることが出来る。の行使申請を受理し、申請者フィリアと受諾者ツヴァイの決闘を開始します」

 僕は、木刀を構えツヴァイの方へと駆け出し、そのまま振り下ろそうと力を込めた。
 
 言われた通り全力で攻撃をしようとした。アインにも攻撃を当てられるようになっている今の僕の動きなら、ツヴァイにも引けを取らないはずだ。
 
 それに、お世辞にもツヴァイは素早い攻撃の対処が上手い方じゃない。力で制圧するタイプ……のはずだった。

 ツヴァイと目が合い、瞬間的に背筋が凍り付くような気配を感じる。

 このまま攻撃してはいけない。と直感が警鐘を鳴らした。

 だが、攻撃は既に止められない。

「だってよォ……当てられるはず、ねぇからな」
「なっ!?」
「ほーら!! おっせぇぇぇぇぞ!!!!」
 
 だが、ツヴァイの右手が僕の振り下ろす直前の木刀を掴み、そのまま素手で握り折る。

「なっ!?」

 木刀の破片の飛び散る中でツヴァイへと目を凝らす。姿を見失ったらこのまま終わる。

「上手く、受け流せよ!! 速攻で武器が無くなっちまったなぁ!!」
「!?」

 木刀を右手で握りつぶして後ろに投げ捨てた勢いのままで左右の重心が移動していた。

 木刀を投げた勢いが左の拳の攻撃に利用され拳が目の前に迫る。

 とっさに防御のために両手を前に突き出す、その瞬間ツヴァイの拳が当たった両腕がメキメキと嫌な音を立て、骨が軋むような音が聞こえる。
 
 力で耐えようとしてはダメだ。

 咄嗟にまともに受けるのではなく、拳の衝撃を逃がすため、全力でツヴァイの拳を右足で蹴り上げて上へと弾く。

「っくぐぁぁぁぁ!!!」

 直後、両腕に凄まじい痛みが走り、その場にのたうちまわる。

 蹴り上げる判断が遅かったなら両腕は使い物にならなくなっていたかもしれない。

「ツヴァイ!! そこまででーー!!」
「安心しろ、ドライ。これでも加減はした。折れてはいねぇはずだ」

 ツヴァイとドライの間を割って、アインが、ゆっくりと僕の方へと歩いてくる。

「……フィリア、これでわかりましたか? これが本気の私たち、団長が団長としての役割、責務を全うするための力です。あなたはそれでも、自らの我儘の為に無謀とも言える決闘を私たちに挑むというのですか?」
「……ッッ、わが、まま……? 僕のこの気持ちは我儘なんかじゃーー」
「……少し、時間を与えます。今一度、頭を、冷やす時間を……」
「っく……」

 僕は、逃げるようにその場を後にする。
 
 いつも間近で見ていたはずの三人がまるで化け物のように思えて、振り返ることすら出来なかった。

 無我夢中でしばらく走り去り、気づけば遮蔽物が何もない開けた野原に辿り着いていた。

 まだズキズキと痛む腕が気になり、そっと袖を捲り見てみる。

 すると、巨大な丸太で殴られたみたいに、両腕が赤紫色に腫れあがっていた。

 風が肌を撫でるだけでも痛みが走り、思わず顔を歪ませる。

 「っつ……」

 幸いにも、近くに流れていた小川の冷水で両腕を冷やす、徐々に元の感覚を取り戻していく。

 そのままゆっくりと痛みが引くのを待っている間に、起きたことを反芻する。

 先ほどまでの状況を冷静になって考えた途端、体が震えた。

 ツヴァイが……人が、あんな力を出せるなんて……あり得るのか? 現実だとはとても信じられなかった。

 僕が握っていた木刀を粉々に砕き、ツヴァイが加減をしなければ僕の両腕もあの木刀のように粉々になって、二度と物を握れなくなっていたかもしれない。

 アインとの訓練は死ぬほど苦労した、努力を重ねた。強くなったと思っていた。

 あの三人に負けない力を手に入れていると錯覚していた。
 
 だが、これは普通に訓練をし続けるだけでは、どうにかなる類の話じゃない……。

 しかも、それはツヴァイだけじゃない……あの場に居たアインも、ドライも同じ腕輪を身に着けているとツヴァイは言っていた。

 つまり、あの三人にとって、今の僕はまるで相手にすらならないということだ。

 そう考えると、体の震えは止まらなかった。けど、どうすればいい?
 
 これ以上どうすれば……。

 あんな超常的な力、どうやって手に入れればいいというんだ。

「……今のままじゃダメだ……」

 その日を境に、僕は、通常の訓練とは別に個人訓練を始めた。というより、それしか思いつかなかった。

 兄さんの残した……自警団に入団する際に行なっていたトレーニング量の二倍、いや三倍以上の量をこなそうとした。

 体が悲鳴をあげたとしても、無視し、僕はひたすら、自分を追い詰めるように鍛錬を積んだ。 

 しかし……肉体的な訓練ではこれ以上の成長は望めない事は明白だった。

「ダメだ!!」

 自分の不甲斐なさに苛立ち、握っていた木刀を投げつけ、その場に座り込む。

 いくら、訓練を重ねても、本気のツヴァイ達に勝てる未来はおろか追いつくヴィジョンすら見えない。

 正直、一人で黙々と行うだけの肉体訓練には限界を感じていた。

 強くなるための一番の近道……それは、なんとなく分かる。自分より強い人との実践だ。

 だが……本気で僕と戦うといった以上、ツヴァイ達、自警団の面々が手を貸してくれるとは思えない。
 
 これは僕自身が越えるべき壁だ。

 しかし、団長クラスを除けば、今の自警団の実力ではアイン曰く、僕もかなり上位に位置しているらしい。

 だが、だとするならば一つの疑問が生まれる。
 
 団長と呼ばれるアイン達はどうやってその力を手に入れたんだろうか?

 普通の訓練でこれ以上の成長は望めないというなら、それは同じ人間であるアイン、ツヴァイ、ドライも同じだったはずだ。

 そこから何があった? 何をした? 

 そこに僕が今以上に成長するヒントも眠っているはずなんだ。

 小川から痛みの退いた腕を引き抜いて水滴を服で拭う。

 ダメだ。僕には分からない。

 一体どうすれば

 
「お、思春期特有の悩みある顔をしているな? 少年。大丈夫か?」

 悩んでいた僕の頭上から、突然声が聞こえ、声の方へ振り返ると、川上に見える巨大な岩の上に見たことのない男が釣り竿を握って座っていた。



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