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77 非在の青色鉱石

「あ、あの材質ならもしかして、えーと、どこに置いたっけなぁ」

 トテトテと工房へと向かったセシリーはドタバタと何かをひっくり返している。

「お、あった! これこれ! よいしょっと」

 頭に疑問符を浮かべるウェルジア達の元へセシリーは半透明に青みがかった鉱石の塊を重そうに両手で抱えて運んできた。

「んしょっと、ふぅ、えーと。リリアさん、この塊を持ち上げてみてください」

 目の前にある塊はなかなかに大きいとみえる。

「え、も、持てばいいの? 持てるかな?」

 リリアが恐る恐る持ち上げるとひょいとその塊は持ち上がった。あまりの軽さに片手でひょいと得意げに持ってみたりし始めた。

 両腕で抱えて運んできたセシリーの様子を思い出してリリアは鼻息を荒くして鉱石を高々と掲げる。

 鉱石は室内の灯りを反射して美しく輝いている。

「きれい」

 プルーナはその輝きにうっとりとした表情を浮かべて呟いた。

「軽いぃぃぃ!! これもしかして実は私、セシリーさんよりも力持ちだったってこと!?」
「それはないわね」
 
 冷静にショコリーがツッコみつつ、まじまじとリリアの手で掲げられたその鉱石を見つめる。
 
「この鉱石、もしかして……」
 
 目を細め記憶の中にある知識と結び付けようと記憶している文献などの情報を照らし合わせているようだった。

「ううう」

 ショコリーにツッコまれてしょんぼりするリリアは改めて手に持っている鉱石を見つめる。
 持ち上げた金属にほとんど重さがないのは実に不思議な感覚だった。

 窓の外を見ていたウェルジアがこれまでの様子に興味を惹かれたのか、塊を持つリリアに近づいていく。

「貸してみろ」
「う、うん」

 ウェルジアがそう言ってリリアから塊を受け取った瞬間、ズシリと重さが腕に伝わって力を込めるも思わず床へと取りこぼしてしまう。

 だがその重さとは裏腹にほとんど鳴っていないようなコトリという軽い音を鳴らしただけでその塊は床へと落ちていた。

 床に落ちた時の様子ではそこまで重そうな印象はない。

 ウェルジアはその感覚に違和感を感じたものの横でニタニタするリリアが目に入り再び不機嫌になる。

「何かいいたそうだな。おまえ」
「あっれ~ウェルジア君? 重い私の身体を楽々運べるような力持ちのはずなのに一体どうしちゃったのかな~」
「ちょ、リリアさん! 一体どうしたんですかいきなり!?」

 セシリーも思わずリリアの豹変ぶりに慌てふためいた。

「チ、お前、なんでこれを平然と持てるんだ? 信じられない重量だぞ」

 思った以上に入店時の出来事を根に持っていたリリアがこれ見よがしに石を取りこぼしたウェルジアを煽り続ける。

 ウェルジアは悔しそうに地面に落ちた鉱石を拾おうとするがとても持ち上がらない。
 
 そんなウェルジアを横目にリリアはその鉱石の塊をひょうと持ち上げてはニヤニヤしている。

「くっ」

 ウェルジアの眉間に皺が寄る。その時、何かに気付いたショコリーの声が室内に響く。

「これ、もしかして……ミスリルなんじゃないかしら?」
 
 ショコリーが呟き、セシリーは一瞬の思考の停止の後に驚いた。
 
「え?? ショコリーさんもしかしてこの鉱石の事をご存じなんですか?」
 
 セシリーはどうやらこの鉱石の塊の事自体は知らないようだった。
 
「実は以前に剣の材料を確保しにいった時に見つけまして。見たことない鉱石だったんで持ち帰っていたんです。この鉱石は持つ人によってなぜか重さが変わるんですよ。面白いでしょう? だからもしこれが軽いとリリアさんが感じられたなら、これでオーダーメイドの剣を作ればリリアさんでも使えるかもと思って」

「おーだーめいど? た、高そう」
 
 リリアは身も蓋もない感想を述べて生徒手帳の自分のお金の残高を確認していた。

「店主。これがもし本当にミスリルなら相当に貴重なものよ。大発見と言っていいわ。でも一般的な鉱石にも青色はあるからまだその可能性も否定は出来ないのは確かね」
「え、そうなんですか?」
「ミスリルって名前の鉱石は発掘後に精製しなくても自身で勝手に素材として最適化していく性質があるのよ。純度が高いほど青く向こうが透けるように見える特徴がある鉱石だったはず。ちょっと失礼」

 そういってショコリーは床から塊を持ち上げた。

「向こう側が完全に透けて見える。それに、私でもこの大きさの塊なのに随分と軽いと感じるような重さ」

 ショコリーの脳は再び自らの知識という思考の海の中に潜った。

 セシリーは重そうだが運べる。
 リリアは軽いという。
 ウェルジアは重くて持てない。
 私も軽い。

「……ん? あれは、これもしかして?」

 ミスリルは別名、魔法鉱石とも神話では呼ばれていた。魔力伝導が極めて抵抗なくスムーズに付与でき、所持者の魔力に反応してその重さが変わるという記述があった。
 
 ということはこの性質からかなり高い確率でこれがミスリルであるとショコリーは判断した。
 一般的な青い宝石などでは先ほどのように男性であるウェルジアが塊を持ち上げられないのはおかしい。

「プルーナ、貴方も持ってみなさい」

「うん」

 そう言って受け取るとプルーナもひょいっと持ち上げていた。

「おい、なぜだ」

 女性陣が次々と塊を持ち上げる中、ウェルジアは一人愕然としたかと思うとよろよろとよろめいて窓際に立ちすくみ、再び窓の外を眺めた。

「……これがミスリルである可能性は今のでかなり高くなったと思うわ。とはいえ、まさか現物がこの世に存在しているとは思わなかったけど」

 ショコリーは鉱石をいろんな角度から眺めて鑑定しようとしている。
「やっぱりこれ、珍しいんですか?」

 セシリーは首を傾げた。

「珍しいなんてもんじゃないわ。新発見の可能性よ。これまで神話の物語や伝承、関連する書物に書かれていた以外で現実にミスリルが存在したなんて事は聞いたこともないもの。むぅ~」

 ショコリーは顎に手を添えて唸り始めるかと思えば素直な疑問を口にした。

「ねぇ、店主。どこでこんなものを手に入れたの?」
「あー、えーと、うううーん……」

 セシリーはまさか入手場所を聞かれると思っていなかったようでバツの悪追うな表情で苦笑いした。

「……えと、これ、学園には絶対に内緒ですよ? 怒られちゃうんで、、、というか怒られるだけじゃ済まない気もしますので」

 セシリーはかなり言い淀んだ後に口を開いてそう言った。

「剣を作る材料を探している時に普通は入っちゃいけないとこにたまたま、ほんとーにたまたま辿り着いてしまって、その時に見つけたんです。マルベイユ渓谷の奥に、まぁなんかそれっぽい坑道を見つけまして、もしかしたら良い剣の材料があるかもなーなんて、、、」

 後頭部をポリポリと掻きながらセシリーは説明する。

「立ち入り禁止の場所」

 プルーナがぽつりとそう言った。

「えぇ、そうよね。ふぅん。マルベイユ渓谷、ねー。あのエリアへの立ち入りは確かに学園から厳禁とされている場所の一つよね。下手すれば退学なんじゃないかしら」

「ふわァ~、なので~、どうかこのことは内密に~、それ以降は一度も行ってないので~、何卒~」

 両手を合わせて拝むように頼むセシリー。
 その様子を見てショコリーは不気味な薄い笑みのように口の端だけを釣り上げる。

 セシリーはなぜかぞぞぞと嫌な悪寒が背中を走る。ショコリーが表情にはあまり現れない無表情に近い顔だが、不思議と悪い顔をしている気がしたからだ。

「そうねぇ、じゃあこうしましょう店主。その鉱石で作った武器を私達が持てば、それは最早、運命共同体。言いたいことは分かるわよね」

 有無を言わせぬその圧力にセシリーに断るという選択肢はない。リリアは初めてショコリーに会った食堂での出来事を思い出して青ざめている。

 セシリーは観念したように返答する。

「……う、、、ううううううう。わかりましたぁ、じゃあこれで作った剣を持てそうなショコリーさんとリリアさん、あとプルーナさんの分を作るってことでいいですか?」

「100点の解答だわ店主」

 そう言った直後にショコリーはずいっと背の高いセシリーの胸元から上目遣いに妖しく見つめてまた口の端を釣り上げてこう言った。

「それで、料金は?」

 リリアは学食で変な争いに巻き込まれた時の事を思い出していた。
 あの時も全てショコリーと目が合ったことから始まっていた。その時の記憶が甦る。
 セシリーを不憫に思いながらも自分には絶対とばっちりが来ないように黙っていた

「はああああう、ううううううう。も、ももも」

 セシリーは今にも泣きだしそうになる。自分が持ってきた鉱石のことをそもそも知らなかったことが招いたことでもある。

 しばらくぷるぷると大きな体を震わせていたが、彼女は下唇を噛みながら。

「ええーーーーーーい!!!! もってけどろぼーーーーーーーー!! うわああああああああんん」

 セシリーは半ばやけくそ気味に叫んだ。

「え、いいの? ありがと、店主。いえ、運命共同体セシリーくん」

 ショコリーはしたり顔で満足げだ。
 リリアは心の中でセシリーに全力で謝っていた。

「ショコリー先輩だけは今後も敵に回さないようにしないと」

「リリア? 何か言った?」

「いえ、別に何もないですぅううう」

「でも、私も? もう、ここで剣は買ってる」

 そこでプルーナが割って入った。自分はここに来たのはたまたまであることで少し申し訳なさげだ。
 ショコリーは細めにプルーナを見つめる。

「???」
「……いいのよ。きっと、貴女も持っていた方が良いと思う。今後の事を考えると、ね」

 ショコリーは意味深にそう呟いた。視線を戻すとしゃがみ込んだセシリーの頭をリリアがよしよしと撫でていた。



続く


作 新野創
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