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48 固い寝床

 大食い決闘大会が終わりを迎える中、ショコリーはとてとてと歩き臨時で作り上げられた審査委員席にいるリリアの元へと向かった。
 直前まで大量の料理を平らげたとはとても思えないような小さな身体だった。

ショコリーはリリアの目の前までくると
「リリア。もう準備は出来ているのかしら?」 と一言声をかけた。

 途端にリリアの心臓はドキリと高鳴り、思わず腕に力が入る。
 いざ、こうして声をかけられると思った以上の緊張感に包まれるものだと彼女は初めて知る。

「やりたいことがあると言っていたわね。なに?」

 ショコリーはぶっきらぼうに、けれど優しく声をかける。
 リリアが怖がらないように、出来る限りの笑顔で……が実にぎこちない笑顔で口の端がわずかにピクピクしている。
 あまり普段は笑う事は少ないのかもしれない。そんなショコリーを見ているうちに気が付けばリリアの身体から緊張が解けていた。

「…その、歌です」

 歌という単語を口にするとショコリーは眉をひそめた。

「…うた?」

「ええと、知りませんか?」

 ショコリーは目線を宙へ向けて、わずかに思案する。

「……存在だけは文献や書物で見たから知ってる。ただ、実際にどんなものかは知らないわ…で、何かしてほしい事はある?」

「…あ、えっ~と、それじゃあ~」

 チラリと会場を見渡すとあちらこちらはお祭り騒ぎが続いていた。
 視界の片隅にはサブリナの涙する姿も見える。

「少しだけ、皆が静かにしてもらえたら始めやすいかも、なんて」

「そ、わかったわ」

 ショコリーはそういうと審査員席から騒ぐ生徒達に身体を向けた。大きなリボンがぴょこんとわずかに遅れてショコリーの動きに追随し揺れる。

「……全員、静かになさい」

 ショコリーの口から決して大きくはない声が飛ぶ。
 直後、ピリピリとした空気が生まれ、場を掌握していくのをリリアは感じていた。 それが何かはわからなかった。
 けれど感覚的に何故か懐かしさを含んでいるということに気が付く。

「あ…」

 そうだ、とリリアの記憶に浮かんだのは昔、母が貴族たちの前で歌う直前に集中していた時に醸し出していた空気。
 緊張感と高揚感が入り混じり目を離せなくなるその様子に幼いリリアは惹きつけられた。

「これでいいかしら」

 ショコリーがリリアに声をかけると既に場は静まり返っていた。
 母の時には貴族たちは見向きもしてくれなかったな、そんなことを思い出していると、自分にに向けられる多くの視線に気付く。

 再び身体が震えそうになる。

「大丈夫」

 トンっと背中に手が添えられた。
 ショコリーがもう一度、笑顔をリリアに向ける。が、やはり下手くそな笑顔がそこにはあった。

 その横から先ほど司会進行をしてくれた生徒がぴょこっと顔を出してきた。
「先ほど耳に入ったんですが、食堂内にいる人達に声が届いた方がいいんですよね?……良かったらこれ、使ってください。ふふ、役に立つと思いますよ!」

 そう言って彼女は先ほどの大食い決闘の司会の際に自身の手元に携え、時折口元へと運んでいた棒状の道具を渡してくれた。

「これは??」

「私の家に代々伝わる物で、魔道具ってやつです。家宝なんですけど、学園に来るときにこっそり私が家から持ってきたんですよ~、思った通り、こうして役に立つ機会がいきなりあって良かったです!!」

 ショコリーとは対照的に彼女の表情は明るく朗らかな笑顔である。

「でも、借りて大丈夫なんですか? そんな大切なもの……」

「アハハ、全く使われずにただただ大事にしまわれているだけなんて道具が可哀想じゃないですかー、だから、こういうのは使ってあげた方がいいんですよ!」

 リリアは彼女から魔道具を渡される。

「使い方は簡単です。声よ届けとか、とにかく遠くまで届くように念じながらこの先端を口元に近付けて声を出すだけです! さっき私がやってたようなやり方ですね!」

 そういえば司会の時には食堂内に彼女の声が響き渡っていた。この不思議な道具の力だったのかと納得する。
 原理は分からないが、ありがたく借りることにした。

「ありがとうございます」

 リリアは審査員席の檀上から食堂内に視線を向け、大きく息を吸い込んだ。

スゥー……………………

 その日、食堂内に響き渡ったリリアの 歌声 はその場に居る者に様々な感情を湧き起こして駆け抜けて響き渡った。
 生徒達は歌などこれまで聞いたことがない。
 この不思議な出来事に感情を揺さぶられ、この場でリリアの声を聞いた者達は一人残らずその歌に心奪われた。

 こうしてリリアの存在は瞬く間に西部学園内へと急速に広まっていったのである。



 シャー

 流れてくる温かい水に打たれながら不思議な表情で佇む男がいた。
 説明には聞いていたがどういう原理で温かい水が出ているのかは分からない。とても心地よかった。

 だが学園に来る前に置いてきた妹の事がふと心配になる。
 自分だけこのような思いをして、贅沢に食事も取れる。
 出来る事なら全て妹に食べさせてやりたいくらいに考えながら、昼も食事をしていた。

 そういえば昼間の食堂はどうにも騒がしかった。外で食べることにしたが途中、どこからか心地よい声が聞こえてきていた気がする。
 今日の体験ならば目が見えずとも聞くことが出来る。妹にも出来ることなら聞かせてやりたいと思っていた。

 今、全身に浴びている温かい水の音も耳に心地よく届く。
 この水の音が自分にわずかな安息を与えてくれているような気がしたが、ウェルジアはすぐに表情を引き締め直す。

「何のためにここに来たのか思いだせ」

 彼は自分自身にそう問うと温かい水を止める為に取っ手を回した。

 身体を柔らかな布で拭き、薄手の服に着替えて共有スペースへと歩いてくると、そこにいる人物と目線が合った。

 学園の寮の部屋では二人の生徒が同じ場所で過ごす。
 それぞれの個室に加えて共有スペースを含むエリアで二人で過ごすことになる。
 共有スペースに座っている相手はウェルジアを値踏みするように睨む。

「ふん……気に食わない目だな。お前、名前は?」

「……ウェルジア」

 男は微かに怪訝な表情をする。

「……お前、素直かよ。こういう声のかけられ方をした時は、まず相手に名乗らせるのが騎士同士の暗黙の了解ってやつだぞ」

 ウェルジアはさも面倒そうに呟いた。
「そうか。誰だ?」

「はぁ……まぁいい」

「で? 名乗る気はあるのか? ないならもう行くぞ」

「…はぁ……オレは、ミハエル。ミハエル・フリューゲル様だ」

「そうか、ではな」

それだけ言うとウェルジアは共有の広い部屋から自室のある方へと足を向けて歩き出す。

「おいおい、初対面で! しかもこれから同じ部屋で過ごすってのに少しは交流しようとか思わないのか? 仮にも俺様はフリューゲル家の人間だ。お前は実に運がいい。俺に誰よりも媚びを売れるんだぞ」

「……」

「……お前、まさか俺様の家を知らないのか?」

「知らん」

「嘘だろ? フリューゲル家だぞ!? 騎士の名門家の一つだ! べリアルド家、デオンベルク家、フェリオン家、そして我がフリューゲル家。騎士の家柄の中でも四盾騎士(コフス)の身分を与えられ、国内の東西南北の国境付近の地域を代々防衛してきた血筋だぞ」

 血管を浮き上がらせながら苛立ちを露わにする男をウェルジアは冷ややかな視線で見つめる。

「……」

 ウェルジアは一瞬考えるような素振りをしたあと

「……くだらん」

 そう吐き捨てたが、目の前の男は偉そうに捲し立てて喋り続ける。

「俺様の話を聞いてたか?……ふん、いいか? 知らないのならば優しい俺様が同室のよしみで教えてやろう。貴族としての頂点である国内に2つの家しかない双爵(メイヴン)、王族の血筋である公爵(デュキエ)、侯爵(マルキュイ)、伯爵(イエリル)、子爵(ビスコント)、男爵(ベイロン)、準男爵(ベイロネト)、士爵(ナイト)という貴族の身分がこの国には存在する」

「……身分」

 ウェルジアもその話には思う所があるらしく苛立ちを隠さず顔に出す。
 身分という言葉にはいい思い出がない。ぺらぺらと目の前で喋る男に対して怒りを募らせる。

「一般的な騎士の家柄、家系は通常は士爵(ナイト)だ。その中で俺の家は騎士でありながら伯爵(イエリル)と同等の地位である四盾騎士(コフス)を与えられている。九剣騎士(シュバルトナイン)と呼ばれる方々は家柄ではなく個人の地位、称号であり、変動するということを考えれば騎士の中では最も権力のある家柄、血筋であると言えるだろう。ほぉら!! ここまで説明すれば、その地位の凄さがお前のような無知な者にでも分かるだろう」

「……で、その身分を振りかざすしか能のない人間が学園に何をしに来た?」

「あぁ?」

「ここまで黙って話を聞いてやったが、お前の話はつまらん」

「お前……俺様に喧嘩売ってんのか!?」

「……この学園内は身分や出自など関係ない場所だと聞いている。そんな場所で自らの家柄をかざしたところで一体なんになる?」

 ミハエルはわなわなと身体を震わせる。

「……そうか、俺はお前の事が今日で嫌いになりそうだ。本当に無知もいいとこだな」

 ウェルジアは思わず手が出そうになるが、初日に問題を起こすという面倒は避けたいと思い、ぐっと堪えた。

「……用は済んだのか? 次は聞かんぞ」

「てめぇ、俺様を侮辱したこと絶対に許さんからな」

 背中からそんな言葉を投げられながらウェルジアは自室へと扉を開けて入っていった。

「ち……面倒だな」

 ゆっくりとウェルジアはベッドへと向かう。
 室内の奥にあるベッドまではとても殺風景でほとんど物はない。
 元々持っているものなどほとんどなかったのだから当然と言えば当然である。
 あるのは途中の机の上にある一冊の分厚い写本。
 何度も読み返したためか古書のようにボロボロになっている。

 そして、一束の髪の毛。

 この学園に来る際に何も持たせてあげられないと嘆く妹がその場で思い付き髪を自らナイフで切り落として渡してくれたものだ。綺麗な髪だった。
植物の乾燥したツタで縛ってまとめてある。
 彼にとっては大切なものだ。だからこそ、この場で一番見える場所に置いてある。

「リニア」

 大切な妹の名前を呟いてウェルジアはわずかに口元を和らげる。

 彼には遠い地にある診療所のような施設へ預けてきた妹がいる。
 妹の為にウェルジアはここ、学園へと赴いた。
 治療を続ける妹の費用もここに来る以外には支払う事が出来なかった。

 勿論、それだけが目的ではない。だが、ここに来たお陰で妹が安心して診療所で過ごせているのだと思えばこれからの苦労など大したことはない。

  腰をゆっくりと下ろした柔らかなベッド。こんな感触は生まれて初めてでウェルジアは戸惑った。どのように使うものなのかは説明は聞いているが、にわかには信じがたい。

「こんな柔らかな場所で本当に眠れるものなのか?」

 ウェルジアは所在なさげにシーツを撫でたり、枕を手で押したり、座ったまま少し上下に揺れ跳ねてみたりしたあと
立ち上がり、足元の床に寝ころんだ。

「こっちの方が落ち着く」

 彼はそのまま寝息を立てて眠りについた。
 随分と気が張っていたせいだろう。安心して室内で眠るという事がいつぶりか分からない位だった。
 遠い昔、家族と共に固い布で肩を寄せ合って暖を取り、眠りについていた幼い頃以来であったかもしれない。

 あの出来事があってからウェルジアはずっと野宿をしていた。来る日も来る日も妹の為だけに自分の時間を注いできた。大切な妹の為に。

 
 笑い声が聞こえる。父と母とそして元気な妹。そして自分。
 幸せだったあの頃。

 身分の話に触れたからだろうか。長らく考える暇もなかった家族との思い出を夢に見る時間、きっと翌朝起きる頃には覚えてなどいないだろう。

 星の瞬く夜、流れる星が空で零れる中、眠るウェルジアの目には一筋の輝きが頬を伝っていくのだった。


 続く


作 新野創
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