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132 はがれたかさぶた

「リーリエさん」
「ん? ディアナ君、どうしたのかな?」

 ディアナは槍を構えて厳しい表情で周囲を警戒し始める。自らの槍の穂先にも似た彼女の研ぎ澄まされた集中力、このスイッチが入る時は彼女が本気の時である事をリーリエも知っている。

「以前、国内の様々な場所に西部学園からの報告にもあったあの怪物達が現れた時の空気です。気を付けてください」
「……ほぉん、これがかい? さっきからどうにも息苦しさがあるなぁって思ったけど? なるほど、こりゃ異常な事態が起こる訳だ」

 九剣騎士の二人と全く同じ方角を眺めていた目の前の子供が目つきを鋭くする。
「おねえちゃんたち、ごめんねぇ。遊んでる時間、無くなっちゃった。トリオンすぐに戻らなきゃならなくなったから、また今度会えたらね、バイバーイ」

 そういうと目の前から少女は忽然と掻き消えた。

「ちょっ……え、消えた?」

 ディアナが周囲に意識を拡げるも既にこの場所には先ほどの子供の気配はない。リーリエはある一点を覗くように見つめたままで鼻の頭を掻いた。

「ぅうん。追えなくは無さそうだけど、ちょっとこれは骨が折れそうでめんどくさそうだからパスかにゃ~」

 怠惰なリーリエの発言ではあるが、今の時点においては追わない方が正解であるとディアナも認識していた。
 先ほどから何かの濃い嫌な気配がどんどん自分たちの居るエリアへ近づいてくる。

「ひとまず今は、こちらに向かうこの気配の主をどうにかしなければいけなくなりそうです」
「うむ、分かった。ではディアナ君に任せるよ~」
「いいえ、リーリエさん。もしまたあの時と同じ怪物達が現れたのだとしたら剣で攻撃する必要があるはず。報告書、読みましたよね?」
「うえええ、その情報ってマジもんなの? 信憑性ないんじゃないのかい。まぁ、最悪シュレぴっぴに任せるとする、、、よ……?」

 リーリエの言葉と共にふっと重苦しい気配が消える。

「なに? 怪物の気配が消えた? いなくなった?」

 ディアナが周囲を警戒しつつ僅かにふぅと息を吐き出した瞬間にリーリエが足元をバッと素早く視線を落として叫んだ。

「全員飛べっ!!!!!!!!!!!!!」

 その言葉に反応ができた者、出来なかった者の両方ともの視界に入り込んできたのは地面を割って飛び出してくる何かだった。

 割れる地面に呑み込まれていく負傷者達の姿も相まって、その光景は一気に周囲の体感温度を下げていく。

「チッ、めんど、学園から労働分、緊急危険対処の手当もらっからにゃ!!!」

 リーリエが自らの胸元前で腕を小さく交差させた後、ババッと素早く腕を大きく広げた。
 その直後に地割れに呑まれかけていた者達が全員宙へと浮いてこの場所から離されていく。

「シュレぴっぴ!!」

 言われる前にシュレイドは既に動き出していた。リーリエの行いたい事が目線を交わして理解できていた。

 地面から飛び出してきた大きな影に向かって、一足飛びに距離を詰める。鞘に入ったままの自らの剣を振りかぶり、怪物の大きな身体の側面をブッ叩く。その巨体がギイイイイと鳴き声を上げて吹き飛ばされる。

「ディアナ!! 負傷者は任せる!!」

 途端に見た事もないリーリエの眼光の鋭さ、そして自分を呼ぶ聞いたことのない声色が場を掌握して思わずディアナの背筋が伸びる。

「は、はい!! リーリエ様!!」

 思わずそう答えた事に意識を向ける暇もなく、負傷した生徒を保護する役割をシュレイドと自然と交代しての行動を開始していた。

「シュレぴっぴ!! それでいい。まずは生徒の密集地帯から距離を取れ、あれくらいの怪物一人でなんとかしてこい!」

「はい!!」

 シュレイドも目の前の人物が先ほどと同じ人物だとは思えなかった。だが、そこに意識を向けるのはほんの一瞬。しかし、その変わった空気はかつての自分の祖父をも彷彿とさせるような空気だった。

 ギイイイイイイ

 吹き飛ばされて興奮しているのか怪物は自分に向かってくる二人を標的にしたようで細長い鼻をヒクヒクさせた。

「一体どこから来たんだにゃ?」

 リーリエがシュレイドの後方から首を傾げる。見た事もない怪物の姿に戸惑いはある。
 異様なほどに肥大化した身体がなおも蠢くように悶えながら地を揺らしている。

「分かりません、けど、こいつ、山によくいるモグモルに似てます!!」

 シュレイドの記憶にある存在に思い当たる部位があった。特徴的な細く長い鼻。そして、前足から伸びる鋭い爪。本来であれば手のひらに収まるようなサイズのモグモルの特徴だが明らかに目の前の怪物はその特徴を備えている。

「モグモル? 土の中にいるやつよね? あんなデカい事ある?」
「はい、こんなサイズは見たこともありませんがおそらく」

「手早く片付けろよ!! やべぇ時はサポるけど周りに被害とばねぇようにするからなんとかしろ!! リーリちゃんを疲れさせないでおくれよ!」

「はい師匠!」

 そう言うとリーリエは左の手のひらを握り込み、右頬の付近で構えると相手にかざしたままで横一線に薙ぎ払うように手のひらを開いて虚空に腕を振り切った。
 何をしたのかシュレイドには分からなかったがそれによって起こる現象だけは知覚できた。しかし、今はリーリエの不思議な戦法に意識を向けている状況ではなく、意識を切り替える。

 次の瞬間には大きなモグモルの鋭い爪の長くついている足から血が噴き出ていた。

 ブィイイイイイイイイ

 巨大なモグモルが甲高い鳴き声を上げて暴れると地面が大きく揺れる

「はぁああああああああ!!」

 相手が人でない事で、シュレイドの躊躇はかなり薄らいでいた。モグモルの脳天に躊躇なく鞘ごと剣を叩きつける。ゴボンッと表皮に打撃が加わる音がこだまするが手ごたえがさほどないばかりか先ほどと違って巨体が吹き飛ばない。

 見ると後ろ脚を踏ん張り衝撃を堪え切っている。

 ギィイイイイイイイ

 打撃では衝撃が足りないらしく致命傷とはいかない。シュレイドはその質量と強靭な踏ん張りに一瞬驚いて隙が出来る。

「しまっ」
「シュレぴっぴ!!!! 」

 微かな重心のズレを見逃さなかった巨大なモグモルがシュレイドに向かってその鋭く分厚い爪を振り下ろす。
 リーリエも何かをしようとするもモグモルの動作が想定以上に速く舌打ちをする。

「危ない!!」

 その直後、横っ飛びにシュレイドの腰元に体当たりのようにぶつかって来る者が居た。シュレイドの身体は爪の射程範囲から辛うじて退避する。

 見るとシュレイドが居た場所の地面が抉れて土が隆起している。

 目の前で起きた事を整理できていない。
 見たことを受け入れられない自分がいる。

 ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち、鞘ごと剣を取り零す。
 ガランガランと地面と剣がぶつかり合う音が響き渡る。

 ガタガタと震え出すその手のままに自分を突き飛ばした人物へと叫ぶ。

「メルティナ!!!」

 瞼を閉じたままぐったりとして動かない彼女の背中を慌てて抱きかかえるとその手に、温かいものが触れてしまう。
 じんわりと手のひらに残る感触。目の前に拡げた手のひらにはあの時と同じ赤い血がべったりとシュレイドの手を染めていた。

 その瞬間、目の前で起きた事を悟り、シュレイドの顔からはみるみる血の気が引いていく。

 青白くなっていく自分の表情とは対を成すように地面に染み込み始める赤黒い血を見つめ、シュレイドの視界はその感情負荷に耐え切れず視界は情報を遮断するように目の前を白飛びさせる。

「うわぁああああああああああああああああ」

 半狂乱になりそうになったシュレイドの頭をリーリエが即座に蹴り飛ばした。

「くっそ、おやすみなさいキック!!!!!!」

 シュレイドはプツリと糸が切れた人形のように地面にくたりと崩れ落ちた。


つづく


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