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83 血塗られた七の剣

 クーリャとディアナがほぼ同時に立ち上がり、学園へと赴く準備に取り掛かる為に部屋を後にした。

 通路へと出たディアナはクーリャの様子が先ほどからおかしい事に気付き、声を掛けた。

「クーリャ、どうしたの? 大丈夫?」
「……ええ、大丈夫よディアナ」
「そう、西部学園都市の……調査。気を付けて」
「貴女もね。ディアナ」

 そういうとクーリャとディアナはそれぞれ別の方向へと歩いて行った。




 風という風を感じない。

 動く者から起こる微細な空気振動のみがこの空間に広がり、また静まってゆく。

 一歩、また一歩とその場所を足音もなく進む男は視線を辺りへと向ける。

 不思議な場所だ。話には聞いていた。だが、にわかには信じられなかった。

 しかし、今、この場において目の当たりにした光景に信じざるを得ない。

「……まさか、本当に存在しているとは……」

 透き通るような地面はまるで水面のようにも見えるが波は立っていない。

 遠く景色の中から切り取られたような空には、この時間帯にそぐわない星々の瞬きさえも見える。

 体内の時計がまるで意図的に狂わされているような感覚。

 男は咄嗟に視線を感じて振り向くとそこにはローブ姿の人影が現れていた。
 ついさっきまで誰も居なかったはずだが、その姿を視認して、聞いていた特徴と一致する事に男は口元を釣り上げる。

 目の前の人物は鋭い視線のままで口を開く。

「おや、お客さんかな? ふふ、ここまで辿りつけるとは只者ではないね。ここへ来る為には幾つも人では越えようのない難所があったと思うんだけども……こうして人に会うのは何百年ぶりだろうか」

「これは、お初にお目に掛かります。私の名は九剣騎士が一人、七の剣セイバーセブンヴェルゴ・ベインハルトと申します」

 男は姿勢を正し、最敬礼で頭を下げて挨拶をする。

「なるほど、ここへこれたのも偶然ではない、と。現在の九剣騎士にお会いできるとは光栄ですね」

 頭を上げてヴェルゴは真っすぐにその人物の瞳を捉える。

「……貴女のお力をお借りしたく、この地へ参りました」

 ローブの人物は小さく頭を傾げて、思案した直後その視線を鋭くした。

「力を借りたい、ということは私がどのような存在であるか知っているという事になりますね。国で起きた大体の事態は把握していますけど。あなたは、何をどの程度、ご存じなので?」

 ヴェルゴは大げさに手を広げて無駄といえるほどの動きを取りながら答える。

「正直、国内では、何も分からないままなのです。その為、幻の賢者様の知恵を賜りたく、俺の独断でここまで来ました」

 ヴェルゴはおどけた様子でニヤリと笑む。

「賢者の知恵、ね。今起きている事態に対処する力は、私にはありませんよ」 
 賢者と呼ばれた人物は値踏みしながらその男、を見つめて答える。だが、不思議と見えるべきものが見えなかったことで警戒心を高めていた。

「足りない力は俺達、九剣騎士で何とかします」
「残り6人となった貴方達で、ですか?」
「……6人? ほぉ」
「九剣騎士は此度の事態で3人の命の灯が消えたようだという声が王都付近から拾えましたからね」

 それを聞いてヴェルゴは心底楽しそうな顔をした。明らかにその反応は異常であった。直感的に悟る。やったのはこの男だとはっきり断定できるほどに。

 会話をしつつもヴェルゴへの警戒心はどんどん跳ね上がっていく。

「……事態は思った以上に深刻なようですね。しかし、ここまで訪ねてくるということは貴方は賢者が未だこの世界に存在するという事を知っていた。この場所も、手順を知らずしてたどり着くことなど到底出来はしない場所です。どこで知ったのです?」

 その瞬間、既にバレている事を悟ったヴェルゴは顔面に辛うじて貼り付けていた薄皮の仮面を剥ぎ取っていく。

「……言えませんよ」

「賢者の存在は遠い昔に消えた存在。今の世界には必要ない存在。監視はすれど干渉する事はない。なのになぜ?」

「そうですね、かもしれません。だから、来たんですよ」

「……賢者が未だ尚、生き続けているという事を知るのは何者か。それを開示していただけない限りあなた達に協力など不可能です」

 そういうとわざとらしく困った顔をしながらヴェルゴはこのやり取りを心底遊んでいるかのように振舞う。

「悠長なことは言っていられないんですよねぇ。例え……力づくであっても手を貸してもらわなくてはなりません。いや、手を貸すというより、、、その手を無くして欲しいと言う方が首を縦に振りやすかったか?」

 瞬間、ヴェルゴの表情が汚れた油にまみれた焦げクズのように不快なモノへと変わる。

「……力づくで、手を無くす。ですか随分と物騒なのですね」

 賢者は彼の悪意を感じていなかったわけではない。だが、ここに姿を現してしまうことは必然であり、相手がこの空間に来た以上、隠れる事は出来ない。
 どうあってもこの空間から賢者と呼ばれる存在は出る事が叶わない。出るわけにはいかないのだ。この世界の秩序の為に。
 
 古来、神コーモスより任せられたその役割から逃れる事は決して出来ない。

「ご無理を言って、申し訳ありません。とはいえ手を借りると言っても先ほど言ったように簡単な事です。ただ、手を消してもらうだけ。そこで、じっとしていてくれればいい。すぐに終わりますから」

 少しでも情報を得る為、賢者は思考を巡らせる。情報が足りない。精度の低い俗物的な情報は多く見聞き出来るが、自分達、賢者のように役割を持つ特別な者達の存在には賢者の千里眼は干渉できない。

「では、貴方に指示をした者を勝手に予想してみましょう。まず私達賢者が知覚が出来ないということは、その人物は普通の人間ではありませんね。賢者の力の及ばない超越的な存在か、もしくは本来この世界には存在していなかった者」

 ピクリとヴェルゴの方がわずかに揺れる。

「……」

「なぜ九剣騎士であるはずの貴方が関わっているのかは不明ですが……まさか、九剣騎士は自分達のその存在理由。役割を忘れた?」

 頭をポリポリと掻いたヴェルゴは正していた姿勢を崩して心底だるそうに脱力すると途端にその目つきは醜悪なモノへと変わる。

「……はぁ、協力する気なしか。こっちの言うとおりにしてくれれば御の字だったのによぉ。めんどくせぇな、おい」

「そちらが貴方の本性、という訳ですか」

「ああ、そうだぜ。ま、冥途の土産に一つだけ教えてやる。お前を、賢者を消すよう命令したのは、大教会にいる。といっても、表向きはただの一人の信者らしいけどな」

「……ケイヴン教、ですか。なるほど、確かに新たに生まれた神、その力に加護されし信徒、かの者達は普通の人間では、ない、ともいえますでしょうか」

「そういうのはどうでもいいんだ俺はよ。そろそろ話すのも飽きてきた。さっさと仕事を終えて帰りてぇんだ。あんま抵抗すんな。他の賢者の居場所も割っていかないといけないんでなぁ。素直に吐いてくれるなら楽に殺してやるんだが……」

「……残念ですが、ご期待には添えられそうにありません」

 そういうとヴェルゴの周囲を覆うように膜が生まれ、その姿を包み込んだ。結界である。封じ込めた中からヴェルゴの声だけが聞こえる。

「ッッ!? なんだこりゃ」

「あなたがここに来ることは分かっていましたので、準備させていただきました。明らかに悪意、殺意を滲ませる者への警戒を怠るほど、賢者という肩書きを持つ者は愚かではありませんからね」

「ハハッ、いいぜ、そうこなくっちゃなぁ!!!」

「何をしても無駄です」

「……と、普通なら思うだろぉ? ヒャハハ」

 バキリと瞬間的に砕ける結界が視界に入り身構える賢者の額からは汗が流れ落ちる。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 この空間に音が響き渡るはずがない。賢者は息を吞んでヴェルゴを驚愕の眼差しで見つめる。

「この脈動は、そんな……まさか、聖脈の心悸(せいみゃくのしんき)? 神話の時代の九剣騎士ならいざ知らず、今の時代に生きる一介の騎士に扱える力ではないはず」

 結界の中からのそりとヴェルゴが姿を現した。ゾクリと背筋を悪寒が走る。感情というものがとりわけ薄いはずの賢者の感覚をもってして目の前の人物の異常さは規格外だと伝わっていく。

「カカカ、あれだ、魔女がみーんな死んだから、じゃねぇの? もしくは俺が才能の塊すぎたかな? どちらにせよ封印は解けた。魔女達が封印の為に使っていたはずの世界の魔力は人々の中に、元々あったその場所に既に還っているというだけのこった」

 魔女が全員死んだと聞いた賢者の顔から血の気が引いていく。蒼白な顔でこれまでで最も感情的な声で叫ぶ。

「魔女が死んだ? 何と、何という事をしたのですか貴方達は!!」

「そうか、今の反応だとやはり賢者ってのは魔女の存在もまた知覚できないはずという仮説は正しかったか。埒外の存在には自慢の千里眼も働かないということなのか? だが一つ訂正しておく。殺したのは俺じゃねぇぞ」

 賢者はじりじりと後ずさる。状況が把握できない。世界から隔離された賢者達は本来表にその存在を知られることなくただ役目を全うする。
 だが、これまでのその当たり前はヴェルゴの来訪で既に崩壊している。

 世界が、音を立てて変わっていく。賢者はそう確信した。このままではまずい。どうにかして他の賢者に知らせなくてはならない。いや、そもそも賢者たちも接点がそれぞれにある訳ではない。

 だが残念なことにそれは当然のことである。このような事態になる事など、ありえなかったのだ。ありえない事だったのだ。

 そのありえない事が、目の前で初めて起こってしまっている。

 この空間の結界が何の足止めにもならないとなると最早、術はない。

「……貴方、本当は何者なのです?」

「最初に名乗ったろぉ? 七の剣セイバーセブンヴェルゴ・ベインハルト」

「何が目的なのです?」

「それは答えても問題ないから答えてやる。簡単な事だ。歴史の裏に存在する七賢者を全員葬る。それが俺の最初の役割だ。それ以外の目的など俺にはどうでもいい事だ。なんか聞いたかもしれねぇが、イチイチ覚えてねぇ。これが終わったらありとあらゆる強者を殺す。クハハ、楽しみだなぁオイ」

 どうにか隙を見つけようとするが目の前の男は役割の一つ九剣騎士を仮にも持つ者。戦闘において騎士という存在に勝る役割は世界に本来は存在していない。
 
「歪んでいますね。国の騎士の頂点ともいうべき称号を得ながら……」

 皮肉を込めてそう言うが相手はその言葉に恍惚な表情を浮かべて高笑う。

「ヒィハハハ!!! なぁに、より強い者と命を懸けて戦うこと。そして、強い相手を蹂躙し、圧倒的な勝利に酔う事、俺の望みはそれだけだかんな。動機と行動は何もブレちゃいないんだぜ!!」

「魔女がコントロールしていた世界の魔力が人々に還るということは、混沌と秩序がぶつかり合う戦乱の時代が再び訪れてしまうということ。神話級のゴジェヌス達も、きっと、目覚めてしまう」

「さっきも言ったろ? 大いに結構、寧ろ俺好みの良い時代になりそうじゃねぇか、なぁ? むちゃくちゃつええ何かが現れてくれるならそれでいい。昂る話じゃねぇか!!」

 ヴェルゴは興奮して呼吸を荒げながらただただ声の響かないこの場所で笑い続けた。



続く

作 新野創
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