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82 スライズ流の騎士

「んぁ? もう報告会は終わった? ふわぁあ、ねむ」

 微かに重苦しい空気、自分に注目してくる視線に寝ぼけ眼でキョロキョロと全員を見回していく。

 八の剣セイバーエイトリーリエ。

「……え、なに? なんでみんなリーリを見てるわけ? 注目されるの嫌いなんだけどな」

 サンダールが確認するように問う。

「リーリエ。お前、確かスライズ流の師範クラス以上の技量はあったはず
だね?」

 首を傾げて状況が呑み込めないリーリエだったが直感的にサンダールの様子から何かを察して冷や汗を額から流して目を逸らした。

「え、だから、なになに? 突然何なの? 何の話? スライズ流? なにかなーそれおいしいの、かなー? それともこの世に新しいドラゴンでも誕生したのかなー??」

 サンダールが更にリーリエに問う。
「リーリエ、君はスライズ流の剣を指導することは可能なのか?」

 ここまで全く話についていけてなかったリーリエ。サンダールは彼女の返答を意に介さず、淡々と話をし続ける。

 このままではまずい。彼女は今の今まで爆睡と共に夢の中へご案内されていたのだが、尋常でなく勘は鋭かった。
 特に面倒ごとに対する彼女の嗅覚はことさら異常であった。

「はぇ? 剣の指導? だから、何だってそんな話に? いや、剣とか重たいものは持ったことないからー」

「その腰に下げてるものは剣でしょ、真面目に答えてくださいリーリエさん」

 遂に横からディアナが眉間に皺を寄せて睨んでくる。リーリエは思い切りその視線から首を反転させて避ける。

 何となく全員が察してはいたが、やはりダメかというようにため息を吐いた。
 何度も繰り返されている事なのだろう。誰もリーリエの態度に注意をすることもなくサンダールの話が続く。

「お前、ここまでの話、全然聞いていなかったのだな」
「まぁ、うん、難しい話は苦手で。寝てた」
「はっきり言うものだ。他の者達には届かないまでも君も一応は武闘派の九剣騎士としてこの場にいるはずだろう? 全く、普段のスタンスは真面目なディアナと正反対だな」

 そのサンダールの言葉にディアナはほっぺをぷくりと膨らませる。どうやら思う所があるらしく、溜まった鬱憤も相まって思わず悪態をついていた。
 
「どうせ、私は真面目ちゃんですよ。不真面目なリーリエさんにも一度も勝てませんけどね」

 ツンとそっぽを向いて黙り込んだ。

「おい、ディアナどうした突然そのような冗談を、君の方が遥かに高い戦闘能力を有しているじゃないか。らしくもない発言だな」

 サンダールは困った様子でまごまごとし始める。

「はああ、なんかめんどくさいことになりそ、剣を教えるとかやだからね。やりたくない。めんどい。この場にもできれば来たくなかったのに……外、出たくない。はぁ、もう九剣騎士、やめちゃおかな、あ、でも収入、住むとこ……それにごはん……はないと困る。はぁ、ねぇ、皆、もうリーリ、働きたくないんだけどぉ……」

 リーリエは心底嫌そうな顔で不満を口にした。
 サンダールはどうしたものかと手を広げて降参といわんばかりにアレクサンドロに助けを求めた。

 アレクサンドロも大きくため息をつき、仕方がないとばかりに話題を整えていく。この辺りは流石、年の功という所で、全員の認識を共有しつつリーリエへの説明という体裁も保たれていた。

「今後の対策として剣が有用なのはわかったが、そもそもすぐに奴らが現れないという保証はどこにもない。長期的にはリーリエに剣の訓練を騎士団内で取り入れてもらうという事には出来るだろうが、短期的な対策を後日、考えねばな」

「とにかく、一般市民を守るのが最優先だわ。倒せはしないけど、蹴散らすこと自体は出来た。人々が逃げる時間を稼いだら撤退すればいいと思うわ」

「きいてー、みんな、きいーてー……ああ、うん、もはや抵抗すらめんどくさい。だみだこれ。諦めて最低限だけ働こ。教えるのは拒否……出来ないなこりゃ。ジジイには口で勝てない。詰んだ」

 そういうとふてくされたように万歳のポーズでテーブルに突っ伏したリーリエは即座に寝落ちた。耳元の髪をたくし上げていたのを見て、これ以上の面倒がないように話だけは聞き耳を立てる姿勢になったようだった。

「しかし、今回の件でも傷ついた騎士達が多くいる。このような事が何度も繰り返されれば、その内、騎士達の人数が足りなくなる。辺境まで手が届かない事態になれば、それこそ国民たちに被害が出る恐れがある」

 アレクサンドロは全員に向けて話を続ける、早朝からの報告会はいつの間にか日が空の真上に昇り、窓からの日差しが強くなってきていた。

「その時はそれぞれ現地で滞留している騎士達にまかせればいい。普段はまともに仕事もしていない者達が働けばいいだけよ」
 ディアナは変わらず不機嫌そうにそう言い放つ。

「そうね。最悪、王都さえ守れればどうにでもなる」
 クーリャは冷静に自分たちの役割の優先度をつけた意見をだすが、ディアナはその言い方に少しひっかかりを覚えて反論する。

「いや、むしろ逆でしょ? 国民がおらずして国が成り立ちはしないもの。国民を守る事が王都を守る事にも繋がるのよ」
「……」

 徹底した成果主義であるクーリャとディアナは根本は似てはいるが、そこへ至る考え方に双方大きな違いがあった。

 結果から逆算して途中の方針を事細かに計算高く遂行し、他者さえも忠実に行動させるクーリャ。

 現時点の過程を注視して、可能な限り折り合いをつけて最終的に辿り着ければ、結果が伴えばいいとするディアナ。

 仲が悪いわけではないが、その考え方だけはお互いに今でも相容れない所がある。
 
「……落ち着け、二人とも、今日は対策会議ではない。あくまでも報告会だ。起きたことを全て洗い出すのが目的」

アレクサンドロとサンダールが両者をたしなめる。

「そうだ。並べ挙げた情報から、対策は後々で考えればいいのだよ」

「悠長なことしている間にまた奴らが現れるかもしれないのですが?」
 どうやらディアナは今日は虫の居所が悪いらしく、サンダールはまた困った表情を浮かべるしかなかった。

 アレクサンドロは年の功というべきか、些細な事だと言わんばかりに話をどんどん変えて提示していく。考えても詮無き事、現時点で解消しない事は即座に切り替えていく場の回しは誰も気づかないが最も効率のいい報告会の情報整理だと言える。

「今回の首謀者であるリオルグは現生徒会長ティルス・ラティリア様が討ったと聞く。首謀者がどのような方法で今回の事態を行使したのかはわからんが、それを起こす者が居ないのであれば一応の事態は収束したと考えることも出来る。気を逸るな」

 大きく話題を変え、耳に入った双爵家ラティリアの名前に全員が反応する。

「……にしてもまさか双爵家の令嬢が学園にいってたなんてなぁ」
 サンダールもこの情報には苦笑いを浮かべるしかない。

「それについては学園内での決まり、公平の上で秘匿されていたらしい」
 アレクサンドロは淡々と資料に目を通しながら説明し、サンダールと会話を交わす。

「それが今回の事態で明るみに出たという事ですか」
「そう言う事だな」
「どのみち学園から調査の依頼も来ている。九剣騎士(シュバルトナイン)の誰かを東西の調査に向かわせる必要がある」

 この辺りの件はまだ全体でも把握が出来ていなかったようでディアナは確認するように呟く。

「調査?」

 アレクサンドロは大きく頷いた。

「ああ、特に今回は西部学園内がもっともモンスター達の出現密度が高かった。首謀者が現地に居たことも関係しているだろうが、そんな距離からどうやって他の地域にまでモンスターなる存在を出現させたのか、未だに分かっていないのだ」

 サンダールも頭を抱える。このような事態は比較的年齢が若い彼らが九剣騎士(シュバルトナイン)になってから起こったこともなく、その手段など含めて全く想像すらできなかった。

「確かに、今回一番離れていた地域だと、学園から3000Km(ケーム)以上は軽く離れてたようだしね」

「そんなに」

「ああ、そこで、ディアナには東部、クーリャには西部へと一度、調査に行ってもらいたい。すぐに発ってもらう事になると思う」

「分かったわ」
「了解しました」

 アレクサンドロはチラリとディアナに視線を気付かれないよう見て
「東部ではモンスターが出現してはいないのだが、カレンからの進言があった、念のため調査しておこうということだ。あいつもあの怪我さえなければ……」

「……カレン」
「……」

 クーリャはディアナの僅かな反応が気になった。話だけ知っていた元二の剣セイバーツーカレン・エストック。

 クーリャが九剣騎士に任命される前にいた人物。実質的にカレンが第一線を退いたことでクーリャは穴埋めのように当時、九剣騎士を任命された。
 彼女の中ではまだ記憶に新しい。

 誰もが羨望の眼差しを向けていた騎士。クーリャとて例外ではない。だからこそあの時の事は今でも覚えている。

 カレンに向けられていた期待の重さを自らのその身に受けたあの日から、常に比較され続けてきた人物だ。そして、今も尚その呪縛は消えない。
 

 カレンならこうした。こうできた。

 クーリャの胸の中に黒い靄のようなものがかかり、それを振り払うように頭を左右に振った。

「クーリャ? どうしかたの?」
「いいえ、何でもないわディアナ」

「しかし、今回の事態があるとはいえ、早々にギヴングとイウェストの中止が決まるとは、驚きだな」

 アレクサンドロは更に違う資料を確認しつつ、どんどん情報の周知を全員と一つずつ行う。個別に確認するよりもこの方が良いと判断したのだ。

「それだけ王族も事態を重く見ているという事だろう」

「その割にはやはりというか、外へ様子を見に来ることはない、のよね」

「ディアナ。不敬だぞ。王族はいついかなる時でも、座して事を運ぶもの。そのために手となり足となる我々が居るのだ」

 その時、城内に大きな音が響き渡る。
 時計塔からの鐘の音だ。
 正午を知らせる時報となる大きく澄んだ音が城内、そして城下の街へと鳴り注ぎ、弛緩した空気を王都に運んでくる。



「ひとまず、概ね一通りの情報は洗い出せているだろう。今日の報告会はここまでとしよう」

 アレクサンドロのセリフを合図に沈黙が場を包み込み、この度の報告会は終わりを告げた。


続く

作 新野創
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