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80 もう少し、あと少し

 リオルグ事変から、しばらく経った頃、洞窟の中で一人、瞑想を続ける人影があった。
 僅かな光源に照らされて、壁の一部が青く光っているのが見える。
 一般的に武器の素材などに用いられるような鉱石が密集している場所。
 その鉱床では潤沢な鉱石の数々が輝きを放っている。
 
 自然にできたその場所は人が生活しているとは決して言えないような質素かつただ空間がるだけの場所だった。
 暗がりの中で瞑想していた男はゆっくりと目を開ける。

「もう、少し、あと、少し。全ては来年の双月食の時に決する」

 双月食、男が呟いた言葉。
 1年ほどの周期で一度、訪れるこの世界の一つの自然現象。

 空に浮かぶ二つの月が共に重なり、まるで一つの月のようになる日。
 夜になり、その現象は訪れる。1年の間で最も明るい夜がその日、世界を照らす。

 そして、次の年の双月食というのは1000年に一度の円環双月食の日。
 沈んだ太陽の光を重なった二つの月が反射し、虹色の輪を伴って輝く日であった。

 耳に入ってくるコツコツコツと洞窟内を反響する足音。
 音と共に4人の人影が男の前に現れる。
 室内で各々の定位置であると思われる場所へと腰を落ち着ける。

 細身の女性が背中の剣を鞘ごと外し、壁に背を預け、自らの脇に剣を立て掛けて腕を組んだ。
 美しい赤茶色の髪がさらりと彼女の動きに合わせて靡く。決して若いとはいえないものの、年齢相応の積み重ねを感じさせない容姿であった。
 彼女の脇に置かれた剣は一目で普通の剣ではないということが見て取れるほどの意匠の見事な鞘に納められている。

 その赤茶色の髪の女性の横をとてとてと歩いていたのは、この場に最も似つかわしくない小柄で無邪気そうな少女。
 ストンと椅子に見立てた出っ張った岩に座り込んで、地面に届かない足をぶらぶらとして飴を舐めている。微かに辺りに甘い香りが漂う。

「来たか、ネクロニア、トリオン、カバネウス、シュレイナ」

 大きな斧を両手に持ったカバネウスと呼ばれる大男が瞑想していた男へ向けて口を開く。

「九剣騎士(シュバルトナイン)のやつらをこれから時間をかけて誘導する段取りは済んだぞ」

 入り口付近で微動だにせず怪しげに笑みを浮かべていたウェーブ掛かった黒髪の女がニタリと笑みを浮かべる。

「そもそも戦力としてアテにできるのかしらァ? ま、死んだら死んだで私には都合がいいんけど、んふふっ」

 この場の中心らしきその男は僅かに思案した後、ネクロニアに鋭い視線を向ける。

「ネクロニア、余計な事はするなよ。九剣騎士(シュバルトナイン)達には俺達が奴を討ち滅ぼすまで、学園の外で起きる状況に対処してもらう必要がある」

「んふ、分かってるわよぉ。大丈夫。しばらく新しい人形は必要ないもの」
 ネクロニアは妖しげな笑みを浮かべながら満足そうに頷いた。

「双月食の時期にはうまく王都から引き離しておく必要がある。カバネウス。出来る限り広範囲で別々の場所に配置できるようにしておいてくれ」

「まぁ、そこはまだ時間もあるしな、この俺が何とかしておこう。だが、それでも手が届かないような場所は出てくるぞ」

 カバネウスは不安な点を挙げて、少しでも不測の事態が起きないようにと細かいところまで確認をしたいというようだ。
 出来る限り懸念点は洗って排していきたいようだった。

「心配性だなカバネウス……その点は理解している。どう対処しても死ぬ奴は死ぬ。まぁ今回はユーフォルビア聖騎士団もこの戦いに巻き込むつもりでいるからこれ以上の事は逆に言えば不可能だ。俺達がこの国に対しての義理は十分に果たしていると言える」

 鉱床の輝きは変わらず、5人を取り囲むように煌めいている。

「すなわち、ユーフォルビア領付近には九剣騎士(シュバルトナイン)を誘導配置する必要はない」

「ほぉ、確か国の直轄ではない双爵家の一つ、ユーフォルビア家の為だけに存在する家のお抱え騎士団だったか? 全く情報が得られないらしいが、そいつらは本当に役に立つのか? 役に立つならかなりの範囲でカバーしてもらえそうだが」

 ユーフォルビアの名前が出た途端に苦いものを噛んだような表情でトリオンが舌をベーッと出した。

「ユーフォルビア家の領地だけはトリオン入りにくいの~、何だかあぶっねぇやつがいるの。常に監視の目を光らせているみたいなやつ? あんまり関わりたくないかなぁ」

「あら、貴女が気配を無くしていても入りにくいなんて、にわかには信じられないわね。そんな者がいるなら是非、私のコレクションにしたいわぁ」

「こちらから直接ユーフォルビア家に何かをする必要はない。自分たちの領地が脅かされる事態となれば当然、無視も出来ないだろう。それに自治の為に双校制度と異なる騎士育成を独自で行っているようだ。眷属くらいならば十分相手に出来るだろう力はあると考えて問題ないだろう」

 ネクロニアが思い出した様に手を打つ。4人の視線が集まる。

「ねぇ話を戻すけど、九剣騎士(シュバルトナイン)のディアナ・シュテルゲンはあの魔女オスタラを討ったような強者でしょう? こちら側へ引き込んでおかなくていいのかしら?」

「呼んだところで協力してもらえるように彼女を説得する事は難しいだろう。もう彼女一人に割く時間は存在しない。ここにいる五人のみで、イグジスタの討滅は行う」

 子供のような小さな身体で無邪気な少女がケラケラと笑っていた。
 
「ねぇねぇ、ならミーシャの事はどうするの? 今でも東西の学園を行き来してくれてるけどぉ?」
「あいつはそのままにしておけ、東部にいるエルと合わせて、まだあいつら二人の力は直前まで必要になる」
「そっか、あの二人が居ないと学園内の生徒達を戦力として、無理やりまとめる事が難しいんだもんね」

 ここまで沈黙を保っていた女性がぽつりと呟く。
 
「そこに私達が気を割く必要がないのは助かりますね……神殺しに専念できる」
「ああ、最後には絶対にお前の剣と技が必要となる、頼むぞシュレイナ」
「……ええ、任せて。バルフォード」

 そう答えるとまた静かにシュレイナは俯いた。
 
「まぁ、結構たくさん死んじゃうだろうけど、全部終わったら私の元に人形として迎えてあげればいいものね」
「それは終わった後ならお前の好きにしろ。ところで……教会の様子はどうなんだネクロニア」
「ええ、教皇マリィ・ルチア・ケイヴン十四世はいつも通り。こちらの動きに気付くことはないわ」

その時、全員の視線が鉱床の入り口から先へと向いた。

「ね、誰か、ここに来たのかな? 学園の生徒? それともミーシャ?」

 トリオンが首を傾げて気配を消していく。
 赤茶色の髪が揺らめく。シュレイナは自らの脇にあった剣を掴み背中へと背負う。
 
「そんなはずはない。このマルベイユ渓谷は学園では通常訪れる事が禁止されている場所では?」

 カバネウスも突然の出来事に僅かに動揺する。

「ならなぜ、人の気配がする? それも複数人いるぞ」
「どうするの~、バルフォード~?」

 トリオンに問われ、この場の中心人物、バルフォードが考える間もなく判断、即答する。
「この場所は今後の動きを取りやすい位置にあったんだが仕方ない。放棄だ」

「単に来た奴を消せば、いいんじゃねぇのか?」
 カバネウスが大きな二本の斧を掴んで、顎をしゃくっている。
 
「消すことに問題はないが、もし相手が学園の生徒であった場合に後の処理が面倒だ」
 
「……居なくなった場合に、何かあったと学園に判断されやすい。今は特に……」
 シュレイナはチラリとネクロニアを睨み、トリオンはハッとした顔で反応していた。
「ねぇねぇ、ネクロニアがオースリーでリオルグ担当のこの区域にいた生徒達を眷属共とまとめて全員消したのが、そもそもまずかったんじゃないの??」

この場の4人は否定もせず、やや肯定気味の面持ちでネクロニアを見つめる。

「ええ、私のせい? まだイグジスタ相手にする時の切り札とか試してない力の実験っていうのは、しておかないと本番で上手く制御できないとか困るじゃないの。私にぶっつけ本番の無茶させるつもりぃ?」

「もういい。静かにしろ。話はあとだ。いくぞ」

 バルフォードの声に全員小さく頷くと、5人は小さな場所の僅かな明かりを消し、暗い闇の中へと消えていった。


西部学園都市ディナカメオス編
第一部完



作 新野創
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