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140 アナタヘトドカナイコトバ

「これからも、一緒にいようね」

 そう言ったのはいつの夜のことだったか。
 時の流れは早くて、あっという間に一年は過ぎていく。
 
 シュレイドが初めて人の命を奪ってしまったあの単騎模擬戦闘訓練オースリーの日。

 私もあの後に倒れたその日の夜、部屋で寝付けず屋上にいって、静かに夜空を眺めていた時を思い出す。

 シュレイドも偶然そこに来た。

 そう、これはただの偶然。
 
 でも、その時、やっぱり運命であると、思いたかった。
 
 だから言わなきゃいけないと、その時は言ってしまった。

「でも、その力で私の事ずっと守ってくれればいいんじゃない?」

 命を奪ったシュレイドの持つその力で、自分を守ってくれればいいなんて、そんな事を口にした。

 そう言ったのは本心だ。弱っていたシュレイドの心を助けたくて、どうにかしてあげたくて。

 こんな言葉で救われるわけがないって、そんなの誰でも分かる。
 
 そうなんだ。

 違うんだ。

 本当に救われたかったのは私。
 自分が自分でなくなっていくような何か。

 だからこそ、彼はそのあと苦笑いしていたんだ。

 笑顔には、ならなかった。

 出来なかった。


 ここしばらくは何も起きてない。

 あの夢も見ない。

 最後に見たのは異形が母の姿をしていたあの夢。

 怖いんだ。

 私は、怖いんだ。

 だから必死になって強くあろうとした。

 力は強くなくても、戦えなくても、一緒に居られるように。

 でも、不安を覚えないように忙しく過ごすようになればなるほど、シュレイドに会う時間は昔に比べてどんどん減っていった。

 あの言葉は、彼にとって呪縛になると分かっていたし、それでいいと思った。

 思っていた。

 はずだった。

 分かっていて。私はその言葉を彼に伝えたから。

 伝えてしまった。

 だから、彼が覚えていない事を強く願う。

 忘れていて欲しいと、今はそう願う。

 本当に?

 わからない。

 シュレイドの身の回りは私の知らないうちにどんどん賑やかになっていた。

 サリィちゃん、グリムさん、エルさん、最近では後輩の女の子が影からこっそりシュレイドを見つめているのも見かけたことがある。

 知らない間に、自分とミレディの二人しかいなかったシュレイドの隣に他の誰かがいることを見る機会が多くなった。

 ズキリ

 ズキリ

 ズキリ

 と何かが軋むような音が鳴る。

 その音は小さく胸の内に根を張るように拡がっていく。

 聞こえないように耳を塞いでも消えないその音は私の奥底にある部屋を叩く音。

 開けてはいけない。

 絶対に開けてはいけない。

 
「姿をこうして見せるに至ったことをお許し願います。メルティナ様」

 学園祭でシュレイドを庇った後の救護室で私は自分の過去を知る女性と出会った。

「メルティナ、さま???」

 その人は自らをスズネと名乗った。どうやら私の事を昔から見守り続けてくれていたらしい。

 昔の事は母の事以外はほとんど覚えていない。スズネさんは母の事も知っており、私自身の出自を教えてくれた。
 どうして今になってという気持ちがないでもないけど、それでも彼女の話は信じるに足る信憑性が強くあった。
 母の遺言によりスズネさんは私をずっと危険から守ってくれていた。

 でも今回、それが間に合わなかった。私の行動があまりにも衝動的だったからだ。
 それを目の当たりにした彼女は今後の事を鑑みて、姿を見せてくれたのだという。

 その時に私は初めて自分の出自を知った。

 どうして自分が名前を変えて学園に行くようにされていたのかの謎もここで解けた。

「ルーンフェル王家?」

「はい、貴女のお母さまはシュバルトメイオンに滅ぼされた国の再興を最後まで願っていました。メルティナ様、あなたはいつか再びルーンフェル国を再興させられるただ一人の希望なのです」

「突然そんな話をされても」

「この国、シュバルトメイオンはまもなく混乱の渦中と巻き込まれるでしょう。だからこそ、今話しておく必要があったのです。あの化け物に飛び込んでいった時はどうなることかと。本当に無事でよかった」

「それだけ?」

「はい?」

「私の真実は本当にそれだけ?」

 心のわだかまりを抱え続けていた私は、自分の過去を知るこの人に問いました。
 目を逸らさずに真っすぐ見つめて。

 
「……ええ」

 スズネさんは静かに首を縦に振りました。

「そうですか」

「近いうちにこの国の情勢は大きく変わるでしょう。これは避けようのないことです」

「私にどうしろと?」

「出来ればこの学園を去り、国の再興への行動をすぐにでも開始できればと考えています。それとなく、カレン殿には話は通していますので」

「……先生ともお知り合いなのですか」

「ええ、旧知です」

「……少し、時間をください」

「問題ありません。仮にメルティナ様が学園を卒業するまで、と決めたとしても。私は側で見守り続けることには変わりありません」

「どうしてそこまで」

「ただの、約束です」

 
 話が大きすぎて何も呑み込めなかった。

 自分が滅びた王家の血を引くこと。

 その国はシュバルトメイオンに滅ぼされたということ。

 母の意思を受け継ぎ、国を再び興すための旗頭となってほしいということ。

 そんなことを言われても、その時の私にどうすればいいかなんて、分かるはずもなく。

 朧げなまま、自分の部屋に戻る事しか出来なかった。

 
 当然その日の夜もやはり眠れず、屋上へと私は向かう。

 以前と同じようにどうやらシュレイドが屋上にいるらしい気配があった。

 これも偶然?

 自分の心が落ち着かない時に彼の存在が目の前に現れる。

 これは、やっぱり運命なんじゃないのかな。
 単騎模擬戦闘訓練オースリーの日の夜は彼が屋上に先に居た所に後から現れた。

 シュレイドは私だと気づいてくれた。

 今日も気づいて、くれるかな。

 でも

「シュ……」

 言いかけてすぐに自分で気配を殺した。

 こちらは顔なんてみなくてもすぐにシュレイドだと分かった。

 声を掛けちゃダメ。

 シュレイドはようやく少しずつ元に戻りつつある。まだ剣は抜けないけど、以前と同じような笑顔を見せるようになっている。

 ここ最近の情報が多すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 だけど、理性でそれを抑えつける。

 頼りたい気持ちを。

 縋りたい気持ちを。

 助けて欲しい気持ちを押し殺しつづける。

 (シュレイドを困らせたくなんかない。迷惑なんかかけたくない。これは自分の事なんだから、自分でなんとかしなきゃ)

 下唇を噛んで開けたドアを静かに締めて戻ろうとした時に聞こえたシュレイドのクスクス笑う声。
 それに合わせてクスクスと小さく笑う声が複数聞こえてきた。

 一人、二人、三人? いや、四人いる気がする。

 最近よくいる人たちである事は容易に想像がついた。
 
 それに気付いた途端に胸の辺りがカッと熱くなりその場にしゃがみ込む。

「ッッ」

(たすけて、また、だ)

「ダメ」

(助けて、シュレイド)

「ッッッダメ……」

(彼の重荷になりたくない)

「フーッ、フーッ」

 よろよろとその場を離れていく。

 自分は一体どうしてしまったというのだろう。

 いや、本当は分かっている。

 もう知っている。

 自分の気持ちはハッキリしている。

(私は、シュレイドの事が……)

 遠いあの日の出来事。

 私の心を救ってくれた彼の存在の大きさは、自分でも思っている以上に大きかったのかもしれない。

「私は、そう、シュレイドの事が……」

 そこから先の言葉に思考はいらない。

 ただただ、心の中から零れ出る想いだけが言葉を成す。

 他の女の子と楽しそうにしているのを見るのが嫌だ。

 でも、それで彼が笑顔に戻ってくれていたことを知っているから。

 その過程を否定が出来ない。

 彼にこれまでの自分の姿を取り戻させたのは、私じゃない。

 だとしても、その方がいいと思い込もうとしている。

 事実を自分の心に押し付ける。

 だから、その言葉は温かな何かではなく。

 冷たく爛れた治らない凍傷のように。

 はたまた永遠に続く呪詛のように。

 じわじわと自らを無限に苦しめる毒のように。

「……すき……だいすき」

 その言葉は本当に届けるべき相手が目の前に存在しないまま。

 ただただ、小さく、闇の中に溶けて消えてゆくのだった。




東部学園都市コスモシュトリカ編
第2部 アナタヘトドケルコトバ 完


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